74. 「礼など言うな」
付き添っていた友達が、震えながら彼の名前を呼んでいる。
そこに、レオがいた。
暴徒を抑え込みながら私と目が合った彼の瞳には、かつて見たことのない色が宿っていた。
それは焦りなどではない。もっと、痛切で、深い場所にある『何か』。
「止まれっ!」
レオの咆哮が響き、大人たちの動きが止まる。
その隙に部下たちが割って入り、レオは迷わずトーマの元へ駆け寄った。
「トーマ!」
私も彼の傍らに膝をつく。
「あっという間に……人がなだれ込んできて」
友達の少年が、泣きそうな声で訴える。
「止めようとしたのに、止められなくて……」
「大丈夫よ、あなたは下がっていて」
私は少年を下がらせ、トーマの容態を確かめた。意識はある。
だけど、その顔は苦痛に歪んでいた。
「トーマ、どこが痛むの?」
「……あし。と、わき腹」
「倒れたときにぶつけたのね?動ける?」
「……ちょっと、待って」
隣に立つレオが、じっとトーマを見つめていた。
「……すまない」
それは、かき消されそうなほど小さな呟きだった。でも、確かに私の耳には届いた。
トーマが、不思議そうに顔を上げる。
「なんで、騎士さまが謝るの?」
「……止められなかった」
「ぼくが勝手に来たんだ」
「日が落ちたら戻れと言ったはずだ」
「それは……わかってたけど。ぼく、騎士さまみたいになりたかったから」
その言葉に、胸が締め付けられる。
「騎士になれば……ここで、生きていけると思ったんだ。だから……」
レオは、何も言い返さなかった。
トーマが続ける。
「揉め事が見えたから……なんとかしたくて……」
レオが視線を落とし、トーマの負傷箇所を慎重に確認する。
「動かせるか」
「……ゆっくりなら」
「俺が運ぶ」
「自分で歩けるよ」
「今は歩かせるわけにはいかない」
レオが、トーマを軽々と、けれど壊れ物を扱うような手つきで抱き上げた。
「……ありがとう、ございます」
「礼など言うな。……感謝されるような仕事は、していない」
レオの声には、いつもの無愛想さとは違う『熱』がこもっていた。
何かを必死に押し殺し、耐えているような、そんな声。
屋敷に担ぎ込み、布団に寝かせた。




