73. 「混乱の中」
「子供を使いたかったわけじゃない」
「でも、使った」
「できる仕事を、任せただけだ」
レオはどこまでも『能力』で人を分ける。
感情ではなく適性。だからトーマに仕事を任せ、同時に危険な場所からは遠ざけた。
日が落ちる前に戻れ。落ちたら来るな。
それは計算ずくの采配だったかもしれない。けれど、冷徹な理屈の奥に、私はそれ以上の『何か』を感じずにはいられなかった。
☆
夜が来た。
最初の一時間は、不気味なほどに静かだった。レオの部下たちが要所を固め、住民は息を潜めて家の中にいた。
倉庫の前に人だかりができる気配もない。
(うまく、いくかもしれない)
そう希望を抱きかけた、その時だった。
「東側の路地で揉め事です!」
部下の叫び声が夜気を切り裂いた。
レオが弾かれたように駆け出す。
「お前はここにいろ。住民が混乱する。俺が行くから、お前はカルと南側を見に行け!」
「……わかったわ!」
暗闇の中へ、レオの足音が消えていく。
私はカルと共に南側へ回った。
そこは静かだった。だが、それは安らかな静寂ではない。人々が扉の向こう側で気配を押し殺しているような、重苦しい沈黙。
しばらく巡回し、合流地点へ戻ったが、レオの姿はない。
「東側の状況は?」
「まだ全容が掴めません」
カルが焦燥を滲ませる。
「一度収束したとの報告がありましたが、それ以降の連絡が……」
「もう一度確認してきて。急いで!」
カルが走り去り、私は一人、合流地点に立ち尽くした。
夜風が、芯まで凍えるほどに冷たい。ふと、胸の奥をざわつかせる『違和感』があった。
(……トーマが、戻っていない)
日が落ちる前に戻ると言っていたはずだ。
だが、もう一時間以上も過ぎている。
「……トーマ」
名前を呼んでみるが、闇が声を吸い込むだけ。手帳を開き、レオが彼に指示した場所を確認する。
東側にほど近い路地。
――今まさに、騒動が起きている場所のすぐ近くだ。
そこへ、カルが息を切らして戻ってきた。
「東側、一度は収まりましたが再燃しているようです!レオ様が引き続き対応に当たっています」
「カル、トーマの居場所を確認できる!?」
「トーマですか?」
「レオが指示した場所は東側に近すぎるわ。もう一時間以上も戻っていないの!」
カルの顔色が、一瞬で土気色に変わった。
「……すぐに確認します!」
彼が再び走り出し、私もその後を追おうとしたその時――別の部下が悲鳴のような声を上げた。
「混乱の中に子供も数名巻き込まれたようです!」
心臓が跳ねた。
私は走った。東側の、闇が渦巻く路地へと。
そこで複数の怒声と、制止する叫び、荒い足音が重なり合っていた。
その喧騒の隙間から、か細い声が漏れた。
「……痛っ」
路地の突き当たり。
数人の大人たちが激しく揉み合うそのすぐ傍らに、トーマが倒れていた。




