72.「三割から四割」
彼の言葉が、冷たい風に乗って私の胸にすとんと落ちた。
後悔に足を止める暇などない。
優先順位を書き換え、今日、またこの足で動く。レオの背中を追って、私は再び歩き出す。
足音は、雪を踏みしめる音と同じリズムで、力強く冬の地面に刻まれていった。
☆
その日の午後から、レオは電光石火の勢いで動いた。
彼が最優先したのは『全体統制』だ。
封鎖区域を抜けて移動した者たちの経路を特定し、その急所に部下を配置していく。
倉庫の前には人員を増強し、昨夜のような諍いが物理的に起こり得ない状況を力技で作り上げた。
強引だ、とは思う。
しかし、今夜また同じ衝突が起きれば、事態は取り返しのつかない火種になる。今夜だけでも、何としてでも抑え込む必要があった。
対照的に、私は住民への説明に奔走した。
後回しにしてしまった区域を優先的に回り、昨夜の非礼を詫び、今日の対応を丁寧に説いて回る。
すべての問題を解決するという無責任な約束はしなかった。ただ、今この瞬間、事態を動かしているという事実だけを伝えた。
三時間ほど走り回り、ようやくレオと合流した。
「今夜は、持ちそう?」
私の問いに、レオは視線を巡らせたまま答える。
「経路は押さえた。だが――」
「だが?」
「全員が大人しく従うとは限らない。一部が予測不能な動きをする可能性がある。確率は三割から四割」
「……それは、無視できない数字ね」
「高いな。だから、今夜は部下を全員投入する」
「人手は足りるの?」
「足りない。だが、やるしかない」
彼の横顔を見つめ、私は決意を込めて告げた。
「私も現場に出るわ」
「お前が出れば、住民が混乱する可能性がある」
「管理者として現場に立つべき局面もあるはずよ」
「状況による」
「……なら、あなたが判断して」
「――そうしよう」
夕刻が迫る。
傾いた日が影を長く引き、冬の夕闇が急速に街を飲み込んでいく。
光が橙から深い青へと溶け込み、夜の帳が下りるその時――。
「今日は何をすればいいですか!」
いつものように、トーマがやってきた。
「今日は、特別な仕事だ」
レオが短く応じる。
「特別な仕事?」
「いつもの作業じゃない。今夜は区域を巡回し、住民の様子を確認する仕事がある」
「ぼくも、できる?」
「できる仕事と、できない仕事がある」
レオは手帳を取り出し、迷いのない筆致で印をつけた。
「この区域の、この路地を回れ。人がいるかを確認して、俺かカルに報告しろ。……それだけだ」
「危なくない?」
私の懸念を、レオが遮る。
「今の時間帯なら問題ない。だが、日が完全に落ちる前に必ず戻れ。一人で行くな、同年代の仲間を二人以上連れていけ」
「わかった!友達に声をかけてくるよ」
「速く戻れ。日が落ちたら、もう来なくていい」
「はい!」
脱兎のごとく走っていくトーマの後ろ姿を、私は見送った。
「友達を連れていけ、と言ったのは……一人ではなく集団で動かせることを計算に入れていたの?」
「……入っていた」
「どこまでも合理的ですね、あなたは」




