69.「話を聞く」
叩きつけられた問いに、私の唇が震えた。
「……私には、保証できない。そんな権利も、力も、もうないから」
「……」
「私も……本当は、腹が立っているから」
私の告白に、青年の瞳が微かに揺れた。
「それでも、受け入れるのか?」
「ええ。でも、ただ受け入れるだけじゃない。今のこの領地の状態を、あなたたちのことを、正確に、一文字も漏らさずに記録して次の管理者に叩きつけるわ。何もしないよりは、その方がよっぽどマシだから」
青年はしばらく私を凝視していたが、やがて、
「……そうか」
とだけ呟いて、背を向けて去っていった。
私はその場に立ち尽くし、肺に溜まった熱い息を吐き出した。
☆
一時間後、約束通りレオが現れた。
彼は私の隣に並び、周囲の気配を伺うように目を細める。
「状況はどうだ」
「最悪ではないけれど、不安が限界に近いわ。情報は出すべきだと思う。不確かさが、彼らを追い詰めているから」
「情報を出せば不満は減るが、同時に突っ込まれる隙も作るぞ」
「それでも、確かなことを伝えるべきよ」
レオはカルの整理したメモを捲った。
「中心人物は五人。この五人を抑えれば、周辺は霧散する」
「そのうちの一人とはさっき話したわ。残りの四人も顔は知っている」
私が
「今日中に会える」
と答えるとレオは淡々と、だがどこか私を試すように問いを重ねてきた。
「元使用人と繋がっている連中もいる。エドモンドの処分を逆恨みしている層だ。そいつらは言葉じゃ動かない。どう対処する?」
「……話を聞いて、それでも変わらない人間なら、排除するのではなく『距離を置く』わ」
「距離を置く?」
「暴動の火種にならないよう、別の仕事を振って物理的に引き離す。中心から外れてもらうように、人を動かすわ」
私の口から出た『人を動かす』という言葉。
かつての私なら、そんな合理的な響きを嫌っていただろう。
けれど今は、それが最善だと確信していた。
「……合理的だな」
レオが呟く。
「あなたのやり方に、似てきてしまったかしら?」
「いや。お前のやり方のまま、お前が選んだだけだ」
「どこが私のまま?」
「『話を聞く』という手順を、最後まで捨てていない」
冷たい冬の終わりを感じさせる風が、二人の間を吹き抜けていった。
それから三日間、私は南東区域に張り付いた。
一人ずつ話し、一軒ずつ回り、状況を丁寧に解きほぐしていく。
四日目の夜。
私は執務室で、カルから上がってきた最新の報告書を眺めていた。地図は三色に塗り分けられている。
落ち着いた場所、変わらない場所、そして――悪化した場所。
予期せぬ場所で問題が噴出していた。
隣接する区域同士で、配給の優先順位を巡る対立が起きていたのだ。
一つを救えば、一つが沈む。
(守れる分を、守る……)
レオが最初に言ったあの残酷な言葉が、今さら重くのしかかる。
全体を維持するためには、崩落の中心を叩かなければならない。そのためには、どちらかを選び、どちらかを切り捨てなければ。
私は、震える手でペンを握った。地図の上に、無慈悲な印を書き込む。
優先する区域に、丸。
後回しにする区域に、三角。
三角をつけた指先が、痛いほどに冷えていた。
「全部は守れないなら……せめて、救える場所を」
翌朝、私はレオを呼び、迷いなく地図を指し示した。
「この区域を今週優先し、こちらは来週以降に回します」




