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【完結】契約結婚の相手は最悪の騎士でした。不正解な結婚のはずが彼は全てを捨てて任務より私を取りました  作者: 猫燕


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65/100

65.「正反対だな」

「厄介、ですか?」

「論理だけの相手なら論破できる。感情だけの相手なら無視できる。……あなたは、その両方を同じ器に入れている」


 彼女は困惑したように目を細め、『初めてのケースです』と溢した。

 その正直さに、私は少しだけ微笑んだ。

 三時間に及ぶ引き継ぎ作業が終わる頃、空は高く、昼を過ぎていた。

 エリシアは立ち上がり、私に向かって告げた。


「今日の話は、参考になりました。……採用はしませんが」

「ええ。ありがとうございます」


 彼女が扉へ向かおうとした時、壁際で黙っていたレオが声をかけた。


「エリシア・ヴァルクレイン」


 エリシアが足を止める。


「今回の再建記録。クラリスの名前を正式に含めるよう、修正を求める。あれは、彼女がいなければ成し得なかったことだ」


 一瞬の静寂。

 エリシアは『……検討します』とだけ言い、部屋を出て行った。

 応接室に、私とレオだけが残される。


「……レオ。記録の修正、頼んでくれたのね」

「事実が記録されるべきだ。それだけだ」

「あなたの評価が下がるかもしれないのに」

「……感謝されるようなことじゃない」


 ぶっきらぼうに視線を逸らす彼に、私はふふ、と笑いかけた。


「それでも。ありがとうございます」


 レオは少しだけ決まり悪そうに窓の外を見た。


「あいつとは正反対だな、お前は」

「でも、どこか嫌いになれませんでした。彼女も、きっと自分の正義で戦っているのだと分かったから」


 レオはしばらく何も言わなかった。

 やがて、彼はいつもの冷静な口調に戻って言った。


「北の区画の作業、今日中に終わらせるぞ。トーマたちが待っている」

「ええ、行きましょう。私があなたを連れて行ったら、みんな喜ぶわ」

「余計なことを言うな」

「ふふ、事実です」


 コートを羽織り、私たちは冷たい廊下へと出た。

 すべては終わりに向かっている。

 領地の支配権は移り、私はいつかここを去る。それでも、今日の午後はまだここにある。

 待っている人たちがいて、やるべき仕事がある。


 ☆


 その夜の作業は、予定を大幅に超過していた。

 北区画の修繕を終わらせるつもりだったが、土壇場で石材の劣化が発覚した。

 基礎から組み直す必要に迫られ、気がつけば陽はとっくに落ち、松明の火が揺れる時間になっていた。

 トーマは、今日も最後まで残ってくれていた。

 小さな手に蝋燭を掲げ、高い場所から私の手元を照らす。それが彼に与えられた、この現場での大事な役割。

 すべての作業に目処がついたのは、夜も深い頃だった。


「お疲れ様でした。気をつけて帰ってくださいね」

「うん!クラリス様も。……また来週も来るから。再来週も、その次も絶対に来るからね!」


 少年はそう言い残すと、暗い夜道へ元気よく駆けていった。

 その小さな背中が闇に溶けていくのを、私は黙って見送る。


(トーマ……。あなたはまだ、知るはずも無いものね)


 二ヶ月後にはここが他人の手に渡るということも。

 あなたが来ると約束してくれたその場所に、もう私がいられないということも。

 重い足取りで屋敷に戻ると、ランドルフが玄関で私を待っていた。


「遅くまで、ご苦労様でございます」

「ごめんなさい、遅くなって。……レオは?」

「執務室においでです。まだ書類に目を通しておられました」

「……そう。ありがとう。先に、彼と話をしてきます」


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