63.「困難だった判断」
「応接室へご案内して」
「承知いたしました。ただ……」
ランドルフが珍しく言葉を濁した。
「どうかしたの?」
「いえ……もうお一方が、お若い貴族の令嬢とお見受けするのですが。ご用心を……」
「?」
それ以上を語らずに下がったため、私は不思議に思いながら応接室の扉を開けた。
中にいたのは、二人。
一人は書類の束を抱えた中年の官吏。そしてもう一人が――あまりにも『独特』な存在感を放っていた。
二十代前半だろうか。
黒に近い濃い茶色の髪を、一切の乱れなく結い上げている。身に纏うのは上質でありながら装飾を極限まで排した潔い仕立てのドレス。
私が室内に入ると、その女性は静かに振り返った。
視線が、重なる。驚きも、好奇心も、蔑みもない。
ただ、目の前の対象を機械的に分析する――帳簿の数字でも読むかのような瞳。
「エリシア・ヴァルクレイン」
挨拶ではない。
それはただの『名前というデータの提示』だった。
「クラリス・ヘインフォードです。本日はご足労いただき――」
「形式的な社交辞令は結構です。時間が惜しい」
ピシャリと、言葉の刃で遮られた。
私は思わず言葉を失い、立ち尽くす。
「……では、本題から入りましょうか」
「ええ。その方が効率的です」
官吏が
「エリシア様、少し……」
と慌てて口を挟もうとしたが、彼女はそれを一瞥で黙らせた。
そこへ、私の後ろからレオが入ってきた。
エリシアの視線がレオを、レオの視線がエリシアを射抜く。
一秒。火花が散るような沈黙。
「グランツ殿ですね」
「そうだ」
「今回の再建において、実質的な指揮を執ったと聞いています」
「俺とクラリス、二人で担当した」
「……記録上は、あなたの独断による成果となっていますが?」
「……そうか」
「事実の確認です。誤りがあれば修正しますが」
「俺が確認する」
「結構です。速やかに願います」
やり取りは短く、そして速い。
感情が入り込む余地など一分もなかった。
私とエリシア、官吏が席につき、レオだけが壁際で仁王立ちになる。
「引き継ぎの件ですが、まずは現状の記録を……」
官吏が説明を始めようとしたが、エリシアの細い指がそれを制した。
「その前に。クラリス様に確認したいことがあります」
「……何でしょうか」
「今回の再建で、あなたが下した『最も困難だった判断』は何ですか?」
予想だにしない問いだった。私は少し考え、正直に答えた。
「人の処分です。配給の横流しが発覚し、長く仕えていた使用人がその不正に関わっていました。その処遇を決めるのが、一番苦しかった」
「どう決めたのですか」
「軽い処分に留め、同時に仕組みを改善しました」
「なぜ、厳罰ではなく軽い処分を?」
「生活苦が動機であり、悪意がなかったこと。そして、長年の信頼関係を保持することが領地の安定に繋がると考えたからです」
「感情的な判断ですね」
断言され、私は息を呑んだ。
「……事情を考慮した、現実的な判断です」




