62.「ちゃんとやった」
窓の向こうの景色が、滲んで見える。
今日だって、作業の続きをするはずだった。北区画の修復を。住民のトーマたちが手伝いに来ると笑っていた。
それなのに、二ヶ月後には他人のものになる。
「住民の方々に、なんて言えばいいのでしょう」
「……今すぐ言う必要はない」
「でも、いつかは」
「いつか、だ。今日ではない」
「トーマに……真実を……」
「今日は言うな」
レオの声が、少しだけ強くなった。
強いというより――硬い。
「……分かりました」
立ち上がろうとしたけれど、膝に力が入らない。
椅子の肘掛けを握りしめ、ようやく体を支えて立ち上がった。
「クラリス。お前は、ちゃんとやった」
その言葉に、思考が止まった。
「……でも、結果はこれです」
「結果は関係ない」
「あなたが……『結果がすべてだ』と言ったのではないですか」
「……今は、違う」
レオがこちらを向いた。灰色の瞳が、いつもとは違う光を宿している。
「なぜ、今は違うのですか?」
「……分からない」
一瞬だけ、唇の端が震えた。
笑いそうになったわけではない。
ただ、感情が限界だった。
「……今日は、引き続き作業をします。北の区画を終わらせなくては」
「ああ、俺も行く」
感謝するような状況ではないはずなのに、私は『ありがとうございます』と零していた。
レオは視線を逸らし、再び窓の外へ。
「……二ヶ月、ある。できることをやる。結果がどうなろうと、今日やるべきことは変わらない」
「……ええ。そうですね」
レオが扉へと歩き出す。
「用意ができたら来い」
背中が、廊下へと消えていく。
私は一人、しんとした応接室に残された。
『役目を終えれば、退場する』。
使者の言葉が、冷たく足元に絡みつく。
この三ヶ月間の苦闘は、顔も知らぬ誰かへの「引き継ぎ資料」に過ぎなかった。
それが、残酷な現実。一度だけ深く息を吸い込んだ。埃っぽく、冷え切った部屋の空気が、肺の奥まで入ってくる。
私は歩き出した。扉を開け、廊下に出る。先を行くレオの、重く静かな足音が聞こえる。
今日も、作業がある。トーマが来る。住民たちが来る。彼らが待つ場所に、私は立っていなければならない。
二ヶ月後のことは分からない。でも今はまだ、ここにいる。
☆
王宮からの通達があった三日後。
予定よりも早く、領地の引き継ぎを担当する実務者たちが屋敷を訪れた。
朝、ランドルフが私の部屋を訪れ、どこか戸惑ったような声で告げた。
「王宮の方がいらしています。二名です」




