6. 「使用人は何人いる」
歩き出すと、すぐ背後に気配が続いた。
私の靴音よりも低く、重い足音。
廊下の床板が、彼の体重を受けてかすかに悲鳴を上げる。慣れ親しんだはずの屋敷の廊下が、今日はやけに長く、心細いものに感じられた。
彼は歩きながら、油断なく視線を走らせていた。
壁を、天井を、床を。
窓の外の距離感を確認し、また壁の厚みに戻る。まるで建物の構造を計算し、欠陥を探し出そうとする鑑定士のような目つき。
「使用人は何人いる」
「現在は三人です」
「この規模で三人か」
断定。
多いとも少ないとも言わない。
ただ、その『三』という数字を、頭の中の方程式に当てはめているだけのような言い方。
「財政状況は聞いている」
彼は前を向いたまま続けた。
「領地出納帳を後で見せろ。それと地図もだ」
「……用意してあります」
廊下の突き当たり、外が見える大窓の前で私は立ち止まった。
眼下には冬枯れた庭、そしてその先には荒れ果てた畑が広がっている。手入れの行き届かない土地が、白々とした朝の光に晒されていた。
彼も隣に立ち、無言で外を眺める。
しばしの沈黙が、重く、苦しく場を支配した。
「この規模を、今のまますべて守るのは不可能だ」
ぽつりと、彼が言った。
私は隣に立つ彼の横顔を盗み見る。そこに感情の揺らぎはない。
ただ淡々と、戦況を読み解く軍師のような冷ややかさがあるだけ。
「……最初から諦める、とおっしゃるのですか?」
反射的に、言葉が口を突いて出た。
彼がゆっくりと、私に視線を向ける。
「違う。守れる分だけ守る。それが現実だ」
「守れる分、とは?」
「今の人手で、最大限の効果が見込める部分だ。感情に流されてすべてを救おうとすれば、能力は分散し、すべてが中途半端に終わる。――結果、全滅だ」
淡々とした、正論。
怒っているわけでも、蔑んでいるわけでもない。
ただ最適解を並べているだけ。
だからこそ、どうしようもなく腹立たしかった。
「この領地には、人が住んでいます。数字ではないわ!」
「分かっている」
「では――」
「だから言っているんだ」
彼は体ごと私に向き直った。
灰色の瞳が、真っ直ぐに私を射すくめる。
「感情で全員を守ろうとするから、全員が死ぬ。守れる範囲を切り捨てなければ、生き残るべき者まで道連れになる。……それだけの話だ」
静まり返る廊下。
外で風が吹き、枯れ枝が窓ガラスを叩く音がやけに大きく響いた。
私は彼の言葉を、必死に頭の中で反芻した。
――間違っていない。
論理としては、ぐうの音も出ないほど正しい。もしこれが、商談の席で商人から告げられた言葉なら、私は納得していただろう。
けれど。
「……全部守れないとしても。最初から諦めて切り捨てるのと、足掻き続けるのは、同じではないはずです」
「諦めているんじゃない。優先順位をつけていると言ったはずだ」
「その優先順位から外れた人は……どうなるのですか」
「諦める」
一秒の躊躇もなかった。
そのあまりの速さに、私は言葉を失った。
喉の奥に、怒りとも悲しみともつかない、熱い塊がこみ上げてくる。
「……冷たい人ですね」




