58.「副産物」
レオは書状を机に戻し、少しの間、沈黙した。
「……わからん。だが、無視できない違和感だ」
「使者が来る前に、真意を確かめる術は?」
「現状では難しい。来月、直接問いただす機会を待つしかないだろう」
ある程度の評価の手応えを得た。しかし、その先に続くはずの『継続』という一言だけが、すっぽりと抜け落ちている。
官吏の書く定型文だから、という可能性もある。
けれど、私の胸のざわつきは、どうしても収まってはくれなかった。
「……気のせいだといいのですが」
「気のせいではないかもしれない」
レオが私の言葉を先回りするように言った。
「レオも、同じことを?」
「『書いていないこと』にこそ、何かを感じる」
「そう、ですよね……」
「だが、今は材料が少なすぎる。来月まで待つしかない」
私は書状を折り畳み、引き出しの奥へと仕舞い込んだ。
レオはすでに視線を切り替え、今日の準備のために地図を引き寄せている。
「あの、レオ」
呼びかけると、彼が顔を上げた。
「来月、使者が来るまでに……何か、しておくべきことはありますか?」
「記録の徹底だ。修復の進捗、配給の改善、住民の安定度。すべてを『数字』で突きつけられるようにしておく」
「わかりました。それは私が担当します」
「頼む。それから――」
「それから?」
「住民との関係を、もう一段、強固にしておきたい」
「……使者の評価を上げるために、ですか?」
「それも理由の一つだ」
私は少し考え、首を横に振った。
「それは、少し本末転倒な気がします」
「……ほう?」
「住民と向き合うのは、使者のためではなく、彼ら自身のためであるべきです」
「結果は同じだろう」
「いいえ、動機が違えば結果も変わります。使者のためなら、査察が終われば緩んでしまう。けれど住民のためなら、その後もずっと続く。そうでしょう?」
レオが、ふっと動きを止めた。
「……そうだな」
「ですから、私は住民のために続けます。それが結果として評価に繋がるなら、それはあくまで『副産物』です」
「わかった。好きにしろ」
「レオはどうするのですか?」
「……俺も、同じようにする。動機については、今後考えるとしよう」
不器用な彼の返しに、私の口元が少しだけ緩んだ。
「ええ、よく考えておいてくださいね」
「……言われなくてもそうする」
レオが地図に目を戻し、淡々と告げる。
「今日は東の区域だ」
窓の外には、今日も鈍色の雲が広がっている。
けれど昨日より、その雲の輪郭は光を帯びて明るい。
春の訪れはまだ遠いけれど、冬の厳しさが、ほんの少しだけ解け始めていた。
☆
使者が訪れたのは、それから二週間後のことだった。
私は前夜から不備がないか記録を洗い直し、レオもまた数字の整合性を完璧に整えた。
「……緊張、していますか?」
査察への出発直前、廊下でレオに尋ねた。
「見た目に出ているか?」
「少し、肩に力が入っています」
「……お前もな」




