57.「人のための記録」
窓から漏れるランドルフの灯りが見えてきた頃、今後の相談を始めた。
王宮への書状、成果の報告、そして――。
「名前のない人間がやったことは、記録されない。記録されなければ、なかったことになる。……そうなってはいけない」
合理主義を標榜する彼の口から出た言葉に、私は息を呑んだ。
「あなたが、そんな風に考えるなんて思いませんでした。成果のための記録ではなく、そこにいた人のための記録……」
「今夜は、そういう意味だ」
今夜は、そういう意味。
言葉の裏側にある彼の温度に触れた気がして、私は少しだけ笑った。
屋敷の扉が開くと、温かい空気が私たちを包み込む。
「お帰りなさいませ」
というランドルフの声。
「早く休め」
というレオの変わらないぶっきらぼうな労い。
自室に戻り、蝋燭に火を灯す。窓の外、闇の中に流れる水の音に耳を澄ます。
まだまだ、やるべきことは山積みだ。
☆
書状を出してから、十日が過ぎた。
その間、私たちは領地を駆けずり回っていた。
北、中央、そして南の端。優先順位に従って一つずつ、綻びを塞いでいく。
領民たちの顔つきに、少しずつ、前向きな光が帯びていた。
「まだ途中だ」
レオはそう断じたし、私も同じ思いだった。
それでも、私たちは間違いなく『途中』まで辿り着いたのだ。
王宮からの返信が届いたのは、十一日目の朝だった。
運んできたランドルフの手には、封蝋が二つ施された、ずっしりと重みのある書状があった。
「レオ、来てください」
私は彼を執務室に呼び、二人で封を切った。
レオが読み上げる文面を、私は横から食い入るように見つめる。
並んでいたのは、驚くほど丁寧な言葉の羅列だった。
修復の進捗を称え、配給の改善を認め、水路の機能回復を確認した――。
そうした賞賛の末尾に、来月、改めて使者を送ると記されていた。
「……高く評価されていますね」
「ああ、されているな」
私はもう一度、最初から文面を読み返した。一文字ずつ、行間をなぞるように。
評価、是認、確認。ポジティブに捉えられる単語が躍っている。
それなのに――なぜだろう、読み進めるほどに指先が冷えていく。感情の体温が、どこにも感じられないのだ。単なる事務的な文章だからだろうか。
……いや、違う。
「レオ」
「なんだ」
「この中に……『領地の管理を継続させる』という一言は、ありますか?」
レオが再び書状を手に取り、眉間に皺を寄せて凝視した。
「……ないな」
「これだけ褒めておきながら、私たちの続投については一言も触れていない」
「……確かに、その通りだ」
「これ、どういう意味だと思います?」




