56.「評価しているだけ」
トーマは手元の石を転がしながら、ふと声を低くした。
「クラリス様。……騎士様は、ぼくのこと覚えてるかな」
「覚えているわ。毎日、頑張っていたもの」
「ちゃんと見てるかなあ。あんまり、こっちを見てくれないから」
「レオは、見ていない人のことは覚えないわ。覚えているということは、見ているということよ」
「……そういうものですか?」
「そういうものよ」
トーマは地面に石を置くと、
「また明日!」
という活気ある声とともに、帰っていく。
☆
水路の前には、私とレオだけが残された。レオは修復した箇所を一つずつ、自らの手で確かめていた。
石の噛み合わせ、石灰の固まり具合、水の引き込み。
その背中を、私は少し離れた場所から見つめる。
三日前には無残な亀裂が入っていた場所が、今は白く、新しく繋ぎ止められていた。
「……本当に、持ち直しましたね」
誰にともなく零した独り言に、
「まだ完全じゃない」
と低い声が返ってきた。
「分かっています。でも、今日の分は……よかったです」
「ああ」
「あなたも、そう思いますか?」
「……思う」
驚いた。
彼が『思う』という言葉を使ったことに。分析や評価ではなく、実感としての言葉。
「今日の分は積み重なります」
と私が言うと、彼は
「明日また試されるだけだ」
と素っ気なく返した。だけど、その声に棘はない。
レオは立ち上がり、私の方へ歩み寄ってきた。
「住民の協力を引き出したのは、お前だ」
「あなたの指示が的確だったからです」
「……また言う必要があった」
彼は少しだけ視線を泳がせ、不器用な肯定を繰り返した。そして不意に、トーマの話を切り出した。
「あの子は、毎日来たな」
「ええ、三日連続で」
「言ったことを、ちゃんとやった。……悪くない」
「褒めているのですか?」
「……評価しているだけだ」
「ふふ、認めたのですね」
「黙れ」
暗闇の中、残された蝋燭の炎が静かに揺れる。
「クラリス」
「はい」
「……ありがとう」
不意を突かれ、私は足を止めた。レオもまた、足を止めていた。
「……え?」
「住民を集めた。作業を進めた。お前がいなければ、今夜ここまで来なかった。……それだけだ」
前を向いたまま、彼は決してこちらを見ようとはしなかった。
けれど、その横顔を照らす蝋燭の光が、彼の不器用な誠実さを物語っていた。
「……どういたしまして」
私の声が少し上ずったのは、夜の寒さのせいだけではないだろう。
二人は並んで、屋敷への道を歩き出す。




