53.「もう一本要る」
木材を運び、位置を合わせ、くさびを打ち込む。
単純な作業の繰り返しだ。だが、石組みが微妙に傾いているため、ミリ単位の慎重さが求められる。
「トーマ、良い感じよ」
私は邪魔にならない場所からその光景を見守っていた。
頭上からは、トーマが掲げる蝋燭の光が降り注いでいる。
レオの言う通り、高い場所からの明かりは作業場を均一に照らし出し、不気味な影を消し去っていた。
やがて、日は完全に落ちた。雲に覆われた空には星ひとつなく、ただ蝋燭の光だけが水路の輪郭を浮き上がらせている。
作業の渦中には、常にレオがいた。的確な指示を飛ばしながら、自らも木材を抱え、くさびを打つ。
一人でこなす何倍もの速度で現場が動いていく。
住民たちも、それに必死についていった。最初はぎこちなかった動きが、一つ、また一つと工程を終えるたびに、見違えるほど滑らかになっていく。
「次はこっちか?」
「そうだ。そこを頼む」
「木材がもう一本要るぞ!」
「ここにある、持っていけ!」
暗闇の中、威勢のいい声が飛び交う。
私はその光景を眺めながら、胸の内に『名前のつかない感情』が芽生えるのを感じていた。
昨日まで、お互いに遠巻きに様子を伺っていた住民たちが、今夜は同じ泥にまみれ、レオの旗振りのもとに結束している。
不満や警戒心など、今の彼らのどこにも見当たらなかった。
共通の困難を前にしたとき、人はこれほどまでに変われるのか。あるいは、それが彼の持つ『騎士』としての資質なのだろうか。
一時間ほどして、第一区画の仮補強が完了した。
レオが体重をかけて木材を力強く押し、ビクともしないことを確認する。
「持つな」
その一言で、現場に安堵の溜息が漏れた。
「……助かった」
住民の一人が呟く。
「ああ。だが明日の朝、もう一度確認が必要だ」
レオが応じた。
「日が出てから状態を見て、変化がなければ本修復の計画に入る」
「明日もまた、来てくれるのか?」
「ああ、来る」
「なら、俺たちも集まるよ」
別の男性が声を弾ませた。
「明日の朝、うちの息子も連れてきていいか?何か手伝いたいってうるさくてな」
「危ない場所には近づかせるな」
「分かってるって」
「……それなら、連れてこい」
男が嬉しそうに頷く。
高台から、トーマが身を乗り出して叫んだ。
「ぼくも明日、絶対来ます!」
「来てもいい」
レオは上を向かずに答えたが、トーマは
「やった!」
と小さくガッツポーズをしていた。私はそれを見て、思わず口元を綻ばせる。
作業が終わり、住民たちが帰路につく。
互いに労いの言葉をかけ合いながら、闇の中へと散っていく背中は、来た時よりもずっと軽やかで、どこか達成感に満ちていた。
現場に残ったのは、私とレオ、それにトーマだけだ。
カルたちが後片付けをする中、トーマが高台から駆け寄ってきた。
「ぼく、役に立てましたか?」
レオが振り返り、真っ直ぐに少年を見つめた。
「明かりがあったおかげで、作業が捗った。助かったぞ」
「本当ですか!?やったあ……!」
トーマが噛み締めるように喜ぶ。
「……明日も来るか」




