52.「農地の柵」
「……あの、騎士さまに会えるかな?話しかけてもいいかな?」
「ええ。礼儀を尽くして、自分の名前と用件をはっきり言えば、きっと聞いてくれるわ」
「分かった!練習してみる!」
走って帰っていく少年の後ろ姿を見送りながら、私は手の中の曲がった蝋燭を見つめた。
古くて、頼りない。でも、これは今夜、暗闇の中の水路を照らす大切な光になる。
この子が持ってきたのは、ただの蝋燭じゃない。この地で生きる人たちの『意志』が、ようやく動き出した証。
☆
夕食を終えると、私たちはすぐに動いた。
日が完全に落ちる前に、現場へ人を集めたかったからだ。
夜の帳が下りてからの作業は、たとえ明かりがあっても困難を極める。せめて準備だけでも、薄明るいうちに済ませておきたかった。
水路の前に集まったのは、総勢八人。
カルと二人の若い部下、住民から志願してくれた男性が四人、それから――トーマだ。
レオはすでに現場に立っていた。
私たちが到着すると、彼は亀裂を凝視していた背中をこちらに向けた。
集まった面々を一人ずつ値踏みするように見渡し、最後にトーマのところで視線を止める。
トーマが、弾かれたように背筋を伸ばした。
「……グランツさん、ですよね」
レオがわずかに目を細める。
「そうだ」
「ぼくはトーマです。手伝いに来ました!」
「聞いている」
「蝋燭、持ってきました。使ってください」
トーマが差し出したのは、私にくれたものと同じ、使い古しの蝋燭だった。
レオはその小さな塊をじっと見つめ、やがて大きな手で受け取った。
「使う」
短く、それだけ。
けれどトーマの顔には、喜びとも照れともつかない色がぱあっと広がった。口を固く結んだまま、誇らしげに頬を上気させている。
「危ない場所には近づくな」
レオが、釘を刺すように言った。
「明かりを持って、そこに立っていろ」
彼が指し示したのは、水路から少し離れた高台だった。そこなら作業の全容が見渡せる。
「上から照らせば影ができにくい。お前はそれだけをやっていろ」
「わかりました!」
「……よく来たな」
最後の一言は、消え入りそうなほど小さかった。
トーマが驚いたように目を見開く。
「ありがとうございます!」
元気すぎる声が響き、住民たちが何事かと振り返った。
レオは無言のまま、再び水路の亀裂へと意識を戻した。私はその隣で、そっと安堵の息を吐く。
作業が始まった。
橙色の残滓が空を縁取る下で、まずは仮補強の位置を確認していく。
「木材をここに沿わせ、石組みの外側を支える。目的はあくまで応急処置だ。今夜、崩れないようにすればいい」
レオの指示は的確だった。
住民の一人が
「固定はどうする?」
と尋ねる。
「くさびを打ち込む。木材と石の間に差し込んで、遊びをなくすんだ」
「くさびなら、ここにあります!」
と、カルが袋から取り出した。
「やったことはあるか?」
レオが住民たちに問う。
「似たようなことなら。農地の柵を直すときに」
「要領は同じだ。やってみろ」




