50.「ここで合流だ」
昨日は傾いている程度だった石組みに、今朝は明確な亀裂が走っていた。
重い石が、内側からの圧力に耐えかねて外側へとせり出している。
「……進行が速いわね」
「昨夜、一気に気温が下がったからな」
レオが土台の周りを確認しながら、冷静に分析する。
「土に含まれた水分が凍って膨張した。その力が石を押し出したんだ」
「今夜また凍れば、どうなるの?」
「さらに広がる。この様子じゃ、週末まですら持たないだろうな」
「三日で崩れる、ということ……?」
私はその亀裂を凝視した。
石組みの目地に沿って、黒々とした線が縦に伸びている。指先で触れると、巨大な石がわずかに、けれど確実に動いた。
崩壊へのカウントダウンは、もう始まっている。
「修復には何が必要?」
「石材、石灰、人手。それと、今夜の凍結をしのぐための仮補強用木材だ」
「今夜から始めるのね」
「ああ。今夜手を打たなければ、明朝には手遅れになる」
レオが立ち上がり、衣服についた土を払いながら水路を見渡した。
「石材は倉庫にある分で凌ぐ。石灰は……在庫じゃ全然足りないな。だが一番の問題は、やはり人手だ。この規模の修復には最低でも十五人はいる」
「今は、カルを入れても八人……倍近く足りないわ」
「住民に協力を求めるしかないが、昨日の段階では何人だった?」
「確約してくれたのは七人よ。でも、まだ回れていない区域があるわ。今日中に全部回る」
「無理だ、時間がない。お前が住民を説得している間に、誰が資材の手配をする?仮補強の木材を調達する人間はどうする」
人手、時間、資材。
すべてが絶対的に足りなかった。
「……全部を同時にやろうとすれば、すべてが中途半端になるわね。優先順位をつけましょう」
私の言葉に、レオがわずかに眉を動かした。
「俺も同感だ。だが、今夜の仮補強だけは外せない。これをしなければ、明日にはもう『判断』する余地さえなくなる」
「なら、今日の最優先は木材の確保ね。農家に心当たりがあるわ。昨日話した人の中に、廃材を持っていると言っていた人がいたはずよ」
「今から行けるか」
「ええ、すぐに行くわ」
「よし。俺は石灰の在庫を確認してくる。昼にここで合流だ」
午前中、私は夢中で三軒の農家を回った。
一軒目で五本の木材を確保し、二軒目からは夕方までの追加搬入を約束してもらった。
三軒目では資材こそなかったが、『明日なら息子を出せる』という貴重な人手を勝ち取った。
一つ一つは小さな成果だ。けれど、それが集まれば『形』になる。
昼、約束通り水路へ戻ると、レオが手帳を広げて計算に没頭していた。
「どうだった」
「木材が五本。夕方には追加が届くわ。それと明日から一人、人手が増える」
「木材は最低でも八本は要る」
「足りなければ屋敷の裏にある廃材をランドルフに確認させる。石灰はどうだった?」
「……最悪だ。在庫は必要量の三分の一。残りは明後日にしか届かない」
「修復に間に合うの?」
「今夜の仮補強が成功すれば、明後日まで持たせられる『可能性』はある。持たなければ、そこまでだ」
レオが顔を上げ、私を値踏みするように見た。
「……できると思うか」
「持たせるわ。今夜の仮補強さえ、完璧にこなせば」
「それが問題なんだ。暗い中、八人きりで作業することになる。明かりを支える人手さえ惜しい」
「トーマが手伝いたいと言っていたわ」
「子供は使えない」
「危ない場所には立たせない。ただ明かりを持って、端に立ってもらうだけでも助かるはずよ」
レオは少し沈黙し、やがて短く息を吐いた。
「……本人がやりたいと言うなら、判断は本人に任せる」




