49.「とびきり無愛想」
現場に到着すると、水路の石組みが目に見えて歪み、今にも崩れ落ちそうなほど土台が緩んでいた。
「週末まで持つかどうか、だな」
レオの声は低い。事態は深刻だった。
「急ぎましょう。人手と資材が必要ね」
「どちらも、今の備蓄では到底足りない」
「領民に協力を求めましょう。私が話せば、立ち上がってくれる人はいるはずだわ」
「全員ではないだろう。まだ信頼が足りない」
「全員でなくていい。今日、今この瞬間から動ける人数がいればいいのよ!」
レオが足を止め、私を見た。
「……やってみるか。だが、失敗した場合の代替案を、動きながら考えておけ」
「任せて。あなたが問題を整理している間に、私がみんなを説得してくるわ。二手に分かれた方が早いでしょ?」
レオが前を向き、力強い歩調を再開した。
「よし、そうする。ただし――無理な約束はするな。できないことを口にすれば、後で信頼が根底から崩れる」
「分かっているわ。できることだけを伝える。いつもそうしているから」
「……そうだな」
一言、さらりと認められた。たったそれだけのことなのに、胸の奥に、名前のない小さな火が灯ったような感覚があった。
分担は決まった。レオが資材を洗い出し、私が人を集める。
かつては背中合わせだった私たちは、今、同じ目的地を向いて別々の方向へ走り出した。
☆
その夜、屋敷への帰り道。
暗くなった路地の入り口に、まだトーマの小さな人影があった。
「こんな時間に、どうしたの?」
「……騎士様が、水路を見に来るかなって思って」
「レオなら、もう屋敷に戻ったわよ」
「そっか……」
肩を落とす彼に、私はそっと語りかける。
「また明日も来るわよ、きっと。あなたも早く帰りなさい。暗くて危ないわ」
「うん。……でも、クラリス様」
「なあに?」
「騎士様って、本当は怖くないんでしょう?」
「ええ、怖くないわ。さっきも言ったけど、とびきり無愛想なだけ」
「やっぱり、今度話しかけてみようかな……」
少年の決意に、私は微笑んだ。
「ええ、そうしてみて。失礼なことさえしなければ、ちゃんと応えてくれる人だから」
「分かった。……やってみる!」
十歳の少年の口から出た言葉が、風に乗って私の心に深く刻まれる。
「応援しているわ、トーマ」
「クラリス様も頑張って。……あと、これだけ騎士様に伝えておいて」
トーマは少し照れくさそうに、けれどはっきりと言った。
「二人とも、ありがとう。食料、ちゃんと届いたから!」
胸が、きゅっと締め付けられるような熱さに包まれた。
トーマが暗闇の向こうへ走り去るのを見送り、私は一人、夜道に立つ。今夜の風は、昼間よりもずっと、柔らかく感じられた。
屋敷の窓に明かりが見える。あの中に、レオがいる。彼にトーマの言葉を伝えよう。
歩きながら、その光景を思い浮かべる。きっと彼はまた無愛想に「余計だ」と言うだろう。
☆
翌朝、私たちは朝食を終えるとすぐに水路の状態を再確認しに向かった。
空は相変わらずの曇天だったが、昨日よりは雲が薄い。冬の終わりの頼りない光が、わずかに地面を照らしていた。
水路に近づくにつれ、事態が悪化しているのが遠目にも分かった。
土台の緩みが一晩で広がっている。




