47.「やり方を真似」
その書状が届いたのは、慌ただしい朝食の前のことだった。
運んできたランドルフの手には、王宮の紋章が刻印された重厚な封蝋。手に取れば、ずっしりとした重みが伝わってくる。
単なる挨拶状ではない――それだけの『厚み』があった。
私はそれを受け取ったものの、すぐには封を切らなかった。
指先でなぞる、王宮の紋章。あの日、使者が持っていたものを思い出す、権威の象徴だ。
「レオに、先に見せた方がいいかもしれません」
私は隣に立つランドルフに告げた。
「お呼びしましょうか、クラリス様」
「いいえ、私が持っていきます。彼はもう執務室でしょう?」
執務室の重い扉を開けると、予想通り、レオは大きな机に地図を広げていた。
今日の視察ルートを書き込んでいたのだろう。
「王宮から、書状が届いたわ」
差し出した封筒を、レオが無造作に受け取る。彼は封蝋を一瞬だけ凝視し、それから躊躇なく中身を取り出した。
彼が書面に目を走らせる間、私は窓の外を眺めていた。今日も空は低く、どんよりとした曇り空だ。
光が薄いせいで影は柔らかく、領地の輪郭が淡い水彩画のようにぼやけて見える。
「――詳細を確認してから動くことにしよう」
レオの低い声が部屋に響いた。
「……何が書いてあったの?」
「定期報告の要請、および管理体制の監査だ。来月、再び使者が来る」
「問題がありそう?」
「現時点ではない。だが、来月までに仕上げておかなくてはならない『実績』がいくつかある」
レオは淡々と、整えるべき項目を並べた。
水路修復の進捗、配給ルートの運用実績。そして、領民の生活が安定していることを示す、具体的な記録。
「記録に関しては、私が担当するわ」
「頼む」
会話はそれだけで終わった。
来月、再び審判の時が来る。二人とも、なすべきことは一つだった。
「では、お互い今日の仕事を」
「ああ、もう出る。お前も励め」
北区域の視察を終えたのは、太陽が雲の向こうで一番高くなった頃だった。
その帰り道、私は少しだけ予定を外れて、南区域の路地へと足を向けた。昨日見かけた少年、トーマが気になったからだ。
届いた食料がちゃんと行き渡っているか、それを確かめる名目もあった。
路地の入り口に差し掛かったとき、重なるような子どもたちの声が聞こえてきた。
真剣で、けれどどこか弾んだ声。奥を覗くと、数人の子どもたちが輪になって、何事か議論を交わしている。
その中心に、トーマがいた。
「だからさ、水路の詰まりを取るとき、大人がやってたやり方を真似すれば、ここだって直せるはずだよ!」
「でもそれ、大人に怒られない?」
「大丈夫だよ。前に騎士様がやってるの、ちゃんと見てたんだから」
「トーマ、また無茶言って……」
思わず足が止まる。
子どもたちが私の気配に気づき、一斉に振り返った。トーマの目が私を捉える。昨日のような鋭い警戒心は消え、その表情には年相応の柔らかさが戻っていた。
「クラリス様」
「こんにちは。みんなで何をしていたの?」
「ここ、雨が降るとすぐ水が溜まって困るんです。だから、自分たちで直そうかなって」
「大人の方にお願いしないの?」
「みんな忙しそうだから。自分たちでできることは、自分たちでやった方がいいって思ったんです」
他の子が少し気圧されて後ろに下がる中、トーマだけは一歩も引かなかった。
まっすぐに私を見つめるその瞳。
「……レオのやり方を見ていたのね」
「はい。詰まりを取るところ、ずっと端っこから見てました。やり方さえ分かれば、僕らにもできるって」
「レオのことが、気になっているの?」




