46. 「トーマ」
今日届いたから――。
その言葉が、胸にすとんと落ちた。
届かなかった過去を呪うより、届いた今日を肯定する。この子の清々しい生き方に、救われたような気がした。
少年の名前はトーマといった。
二人で荷物を運び、路地の奥にある小さな家を訪ねた。
出迎えたのは、杖をついた白髪の老女。
彼女は領主である私の訪問にひどく驚きながらも、深々と頭を下げた。
「食料が今日、初めて滞りなく届きました……。先月は本当に厳しかったものですから、助かりました」
「改善が遅れて申し訳ありません」
「いいえ、届いた。それでいいんです。それに、このトーマが本当によく働いてくれるから」
おばあちゃんに褒められ、トーマは真っ赤になって顔を伏せた。
「トーマ」
私が声をかけると、彼は照れくさそうに顔を上げた。
「ここで生まれたのですか?」
「はい。ずっとここです」
「ここのことが、好き?」
「……好きです。ここで生きるって、決めてるから」
ここで生きると、決めている。
わずか十歳の子供が口にした『覚悟』に、私の胸が熱くなった。
☆
屋敷に戻る頃には、夜の帳が完全に下りていた。
廊下の蝋燭に火が灯る中、ランドルフに迎えられる。
レオは食堂で待っているという。
食堂の扉を開けると、レオが書類の山と格闘していた。
並べられた夕食にはまだ手がつけられていない。
「今日も遅かったな」
「南区域の隅々まで確認していたので。……レオ、今日は全区域に食料が行き渡っていましたよ」
「そうか」
レオは短く応じると、ようやく書類を閉じた。
私は向かいの席に座り、スープを口にする。温もりが体の芯まで染み渡っていく。
「住民の反応はどうだ」
「落ち着きを取り戻しつつあります。一度崩れた信頼を戻すには時間がかかるでしょうけれど、以前とは明らかに表情が違います」
「倉庫の再配置も終わった。明日から新ルートを本格始動させる」
レオの報告はいつも簡潔だ。
それから、今日出会った少年の話を彼に聞かせた。かつて倉庫で食料を盗もうとしていたあの子たちが、今は自らの意志で、誰かのために働いていることを。
「わずかな時間でも、人は変わると思いますか?」
私の問いに、レオはしばし黙考した。
「……そういう事もあるかもしれないな」
窓の外で風が鳴り、古い屋敷が低く軋む。
食事を終えたレオが立ち上がり、書類を抱えて扉へと向かう。そのまま去るかと思われたが、彼は扉の取っ手に手をかけたまま、一度だけ足を止めた。
沈黙の間、蝋燭の炎がゆらりと踊る。
「……今日も、よく動いたな」
それだけを言い残し、彼は背中を向けて去っていった。
褒められたわけではない。ただ、事実として評価されただけ。それなのに、その言葉はどんな甘い賛辞よりも重く、温かく私の心に居座った。
暗い窓の外、凍てつく冬空に雲が流れていく。
明日もまた、困難が待ち受けているだろう。
――王宮からの書状が届いたのは、その翌朝のことだった。




