44.「答えにくい」
レオがパンを無造作にちぎり、不意に問いかけてきた。
「エドモンドの件は、伝えたか」
「ええ、三つの区域で。直接話してよかったわ。書面を配るだけじゃ、彼らの本当の反応は分からなかったもの」
「驚いていたか」
「ええ。もっと厳しい処分を予想していた人が多かったみたい。今回の方針を聞いて、安堵しているようだったわ。……中には、甘すぎるって声もあったけれど」
「安堵の方が多かったのなら、今回の判断は間違いじゃなかったということだ」
レオの視線が私を捉えた。
「昨夜……あれを書き上げるのに、どれだけかかった」
「……夜中の、二時過ぎくらいまでかしら」
「眠れたのか」
「少しだけ」
レオはそれ以上、何も言わなかった。
ただ視線を皿に戻した。問いかけが『何時間眠ったか』ではなく『眠れたのか』だったことに、胸の奥がわずかにくすぐったくなる。
彼は量ではなく、私の『状態』を案じてくれたのだ。
食事が終わり、ランドルフが下がると、食堂には二本の蝋燭だけが残された。
「現状についてだが……」
レオが背筋を正した。
「今日の状況を整理したが、食料、水路、治安……すべてが同時に崩れかけている。一人では到底、手が足りない。二人でもギリギリだ」
「分かってます。それでも、今の私たちでやるしかない」
「そうだ。だから、役割分担を徹底し直したい」
彼は手帳を取り出し、テーブルに広げた。
びっしりと書き込まれた文字は、彼が今日歩いた軌跡だ。
「俺のやり方だけでは、住民の心はついてこない。だが、お前のやり方だけでは、力不足で収まらない場面も出てくるはずだ」
「今日が、まさにそうでしたね」
「ああ。だから、基準を決める」
基準。
感情ではなく論理で世界を測る、彼らしい言葉だ。
「緊急性が高く、衝突のリスクがある場面は俺が前に出る。住民との信頼構築や対話が必要な場面は、お前の担当だ。判断に迷うときは、その場でお前に確認を取る」
「……逆もある、ということ?」
「お前が『ここは話し合いでいける』と判断したなら、俺に伝えろ。その時は、俺もやり方を変える」
私は驚きを隠せなかった。
この男が、自分の判断を保留し、私の感覚を『信用する』と言ったのだ。
「私の判断を、信じてくれるの?」
「現場にいる人間の目が、一番正しいこともある。……俺の判断が、間違いの元になることだってあるからな」
自分の正しさを疑える。
それが、この人の持つ本当の強さなのだと初めて知った気がした。
「なら、私からも提案があります」
「言え」
「あなたは『秩序』を担当して。物資の管理や衝突の抑制、今日のような物理的な解決を。私は『信頼』を担当する。住民と対話し、あなたが力で道を作った後に、私が絆を繋ぎ直す。どうでしょう?」
「……悪くない」
「今日、私たちはうまくいったわ」
レオは少しだけ沈黙し、手帳に何かを書きつけた。
そして、ぶっきらぼうに顔を上げた。
「足、引っ張るなよ」
「そちらこそ」
即座に口を返した自分に、私が一番驚いた。レオは一瞬虚を突かれたような顔をしたが、それ以上は何も言わず、また手帳に視線を落とした。
「今週中に優先区域を決める。人手を集中させる場所と、後回しにする場所を分ける」
「……それ、最初に言っていた『切り捨て』とは違うのですか?」
「順番の問題だ。今週手が届かない場所を、来週には届くようにするための布石だ」
私はふっと微笑んだ。
「変わりましたね。最初は切り捨てるって言っていたのに」
「……そうかもしれないな。全体が見えた。それだけの話だ」
「私が言い続けたから、少しは響いたかしら?」
「……聞くな。答えにくい」
レオは気まずそうに視線を逸らした。




