43.「小食堂に」
私たちはしばらく、同じ景色を眺めていた。
重なり合う部分がある。全く違う場所に立っているようで、実は同じ崖っぷちを支え合っている。
「……同じではないけれど、似ているのかもしれません」
私の言葉に、レオは何かを言いかけて口を閉ざした。
「行くぞ。午後の作業の段取りを組む」
「私も戻ります。まだ説明が必要な区域が残っていますから」
「カルに任せろ。優先順位の高い場所からだ」
レオが背を向けて歩き出し、私も反対方向へと歩き出す。
昨日までとは違う、確かな手応えがあった。
別々の方向へ向かっていても、今は行き先を確認し合っている。
振り返ると、水路には人々が集まり始めていた。
小さいけれど確実な変化。
霜の降りた土を踏みしめながら、私は自分のやるべきことを見据えた。
☆
屋敷に戻る頃には、夜の帳が降り始めていた。
空は深い藍色に染まり、西の地平にだけわずかな橙色が滲んでいる。
それも、瞬きをする間に吸い込まれるように消えていった。
一歩踏み出すごとに、体がひどく重く感じられた。今日一日、領地中を歩き詰めだったせいだろう。
三つの区域を回り、住民の声を聞き、配給の段取りを整え、副官のカルと絶え間なく連携を取り……。
やるべきことがすべて片付いたわけではないけれど、今日という日に悔いはない。
玄関の扉を開けると、柔らかな蝋燭の光が廊下を揺らしていた。
「お帰りなさいませ、クラリス様」
出迎えたランドルフに、私は真っ先に問いかけた。
「レオは?」
「先ほどお戻りになり、小食堂におられます。夕食の用意もできておりますが」
「……少しだけ待ってもらえる?着替えてから行くわ」
自室に戻り、外出着を脱ぎ捨てる。
冷え切った外気を吸い込み続けた服は、驚くほど冷たく、重かった。身軽な室内着に着替えると、ようやく強張っていた肩の力が抜けた。
ふと鏡を覗き込むと、そこには疲れきった顔の私がいた。
目の下に落ちた影は、昨日までのような『悩み』の色ではない。今日一日を戦い抜いた末の、確かな『証』としての影だ。
食堂の扉を開けると、椅子に深く座り、テーブルに投げ出した両腕に上体を預けているレオがいた。
初めて見る、彼の『疲れ』を隠さない姿だった。
私の気配に、彼は重たげに顔を上げた。
「……遅かったな」
「三つの区域を回ってきました。残りはカルが引き受けてくれています」
「ああ、聞いた」
向かい合わせに座ると、すぐに食事が運ばれてきた。
温かなスープにパン、そして塩漬けの魚。昨日より少しだけ豪華なのは、老執事の密かな気遣いだろう。
テーブルの上で揺れる二本の蝋燭。
しばらくの間、私たちは無言で食事を進めた。
出会った頃の沈黙は、互いを探り合うための、針のムシロのような時間だった。
でも今の沈黙は、ただ静けさを共有するためのもの。
言葉が必要ないのなら、無理に紡がなくてもいい――そんな妙な安心感が、そこにはあった。
「……今日の水路、どうでした?」
私が沈黙を破ると、レオは短く答えた。
「詰まりは取れた。半日がかりだったがな」
「住民の方たちが協力してくれたのね」
「上流と下流、両方の連中がな。最初は睨み合っていたが、泥にまみれれば関係なくなった」
「同じ問題に立ち向かえば、人は変わるものね」
「『共通の敵』がいれば団結する。それを利用したまでだ」
利用、という言葉がいかにも彼らしい。
「あなたらしい言い方ですね。でも私は、『共通の課題』があれば対話ができると言いたいわ」
「……同じことだ」
「少し違うわ。でも、今夜はそれでいいことにしましょう」
レオがスープを口に運ぶ。
立ち上る湯気が、彼の険しい表情をわずかに和らげた。
「区域への説明……連中の反応はどうだった」
「場所によります。すぐに受け入れてくれたところもあれば、まだ様子見のところも」
「だろうな」
「ええ。言葉よりも、これからの私たちの行動を見せていくしかありません。近道なんてないんですから」




