42.「一体何者だ」
怒鳴っていないのに、驚くほどよく通る声だった。
怒りからではなく、確信から出る声。
それは暴力的な熱を冷ます、氷のような響きを持っていた。
「……お前、一体何者だ」
「グランツだ。この領地の管理を預かっている騎士だ。王宮から来た」
「騎士だと?なんで今更……」
「理由は後だ。今は水路を直したい。――俺と一緒に来い」
「どこへ」
「上流の端だ。詰まっているならそこしかない」
レオは迷いのない足取りで歩き出した。
反発していたはずの男たちが、毒気を抜かれたようにその後を追っていく。
私は、残された下流側の人々の前に立った。
「申し訳ありません、対応が遅れました」
深く頭を下げると、一人の女性が戸惑ったように私を見た。
「……領主様が、わざわざ来るなんて思わなかったわ」
「何かあれば、直接私に言ってください。これからは隠し事はしません」
「本当に……聞いてくれるのかい?」
「聞きます。すべてを解決できるとは言えない。けれど、必ず向き合います」
女性はため息をつき、私をじっと見つめた。
「……まだ信じられないけれど。あんたの目は、嘘を言ってるようには見えないね」
「今日、必ず動きます。時間をください」
できない約束はしない。それは、レオが初日から背中で示していた教訓だった。
一時間後。
レオが戻ってきた。
引き連れてきた男たちの顔からは、あの刺々しい殺気が消えていた。
「水路の屈曲部に土砂が堆積していた」
レオが私に報告する。
「秋の大雨で流れ込んだものが、冬の寒さで固まったんだろう。人災じゃない」
「どちらのせいでも、なかったのですね」
「ああ。双方が同じ被害者だ」
上流側の男と、下流側の女性が視線を交わした。
「……そういうことなら、悪かったな」
「こっちこそ。言い合ってたのが馬鹿みたいだね」
「情報がなかったんだ。人間は情報がなければ、見えている範囲だけで敵を作り出す。仕方のないことだ」
レオの言葉に、人々が少しだけ驚いた顔をした。
責められると思っていた彼らにとって、その無機質な分析は救いになったのかもしれない。
「午後から土砂を取り除く。両方の区域から手伝いを出せ。やるか?」
「……ああ、出すよ」
「うちも男手を用意するわ」
人々が散っていく様子を、私は少しだけ眺めていた。ついさっきまで怒鳴り合っていた者たちが、今は同じ目的のために肩を並べて歩いている。
「理想、だな」
隣に立ったレオが、低く言った。
「対話だけで収めようとして、失敗していただろ」
「……はい。間に合いませんでした」
「だから一度、力で切り離した。熱を下げるために。分かっているか?」
「分かっています。必要だったと思います、今日は」
私は彼を見上げ、言葉を継いだ。
「でも、あの方法を繰り返せば、反発が溜まります。次は、別の方法と組み合わせる必要があります」
「……ほう」
レオが少しだけ意外そうに眉を上げた。
「同意するのか」
「事実ですから。力だけで支配すれば、いつか人は離れます。それは、あなたも知っているはずです」
「そうだな。なら、次はどう組み合わせるか、お前が考えろ。住民との信頼構築は、お前の担当だ」
「……私への課題ですか?」
「お前の判断を聞いた上で、俺も動き方を変える。その方が効率的だ」




