40.「向こうの四軒」
レオが、静かに言い放った。
「同時に喚いても、お前たちの問題は一つも解決しない」
場に、奇妙な沈黙が訪れた。
「……配給が、来てないんだ」
さっきの男が、少しだけ落ち着いた声で漏らした。
「南の端の方は、三日も届いていない」
「何日前から滞っていた」
レオが問い返す。
「五日ほど前から量が減って、三日前からは完全に止まった」
「区域は」
「水路の向こうの四軒だ」
レオが手帳を取り出し、迷いなく書き込んでいく。
「他に届いていない場所は」
次々に上がる声を、レオはすべて拾い上げていった。
不思議な光景だった。彼が問い、人々が答える。その過程で、爆発寸前だった熱が、少しずつ『対話』へと形を変えていく。
レオが私の隣で、小さく呟いた。
「……ほら見ろ」
「……え?」
「『まだ』抑えられるうちに動かなければ、こうなるんだ」
冷たい灰色の目が、私を射抜く。
「次は、もう抑えきれないぞ」
「……分かっています。次は、こうなる前に……」
「またなるかもしれない。だが、今は収める」
レオが再び前へ出た。
「今日の午後から、配給ルートを再編する。届いていない区域から順次回す。三日以内に全域に届くよう、俺が動かす」
「……本当か?」
「俺が言ったことが嘘だったことがあるか」
沈黙。
レオはこの領地に来てまだ日が浅く、領民との関係も薄い。信じる根拠などどこにもない。
しかし、彼の声に微塵の迷いもなかったからか、誰も言葉を返せなかった。
「俺を信じろ。三日で変える」
重苦しい沈黙の後、ようやく一人、また一人と人々が背を向け始めた。
完全に解決したわけではないけれど、今朝の嵐はひとまず、彼の剛腕によって押し戻された。
「カル、部下に伝えろ」
レオが即座に指示を飛ばす。
「午後からの配給ルートの再編。指定した区域から優先的に動かせ」
「了解です!」
レオが私を振り返る。
「お前は住民への説明を担当しろ。今日中に、懸念のある区域をすべて回れ」
「……分かりました」
「一人で行くな。部下を一伴わせろ。それから――」
「?」
「昨夜書いた紙を持っていけ。エドモンドへの処分を、直接お前の口から説明するんだ。本人の言葉の方が信頼される」
私は、目を見開いた。
効率だけを重んじる彼が、『直接説明しろ』などと言うとは思わなかった。
(この人は……分かっているんだわ)
『ほら見ろ』と言った冷めた視線。同時に、人間が何を求めているのかを、彼は理解している。
「また、声が上がるでしょうね。きっと今日だけで、すべては収まらない。それでも、今日動かなければ」
「明日にはもっと広がっている。……お前も、分かっているだろ?」
「……はい」
「なら行け」
私は部下を一人伴い、歩き出した。
振り返ると、倉庫の前でレオがまだ住民と話し込んでいるのが見えた。ぶっきらぼうな声だが、相手は納得したように頷いている。
今日は長い一日になる。
昨日の私が選ばなかった『不作為』が、今朝の騒乱を招いた。
なら、今日選ぶ『行動』が、明日の領地を作る。
「水路側でも小競り合いが起きているようです!」
カルの声が響く。
「行け!」
レオがこちらを見ずに叫ぶ。
「区域の説明を続けろ。そっちは俺が行く」
「でも――」
「二手に分かれるんだ。一人でやれることと、二人でやれることは違う!」
「……分かりました!」
私は前を向いた。背後で、レオの重い足音が別の方向へと遠ざかっていく。
同じ領地の空の下、別々の問題へ立ち向かう。背中を預けるにはあまりに不器用な関係。




