38.「あたしの勘よ」
沈黙が流れた。暖炉の薪が爆ぜる音だけが、やけに鮮明に聞こえる。
そうだ。
私は、沈黙という手段で『崩壊』を選んでいたのだ。
「……分かってるわ」
「分かってるなら、書きなさいよ。あんたがこれだけ悩んで出す答えなら、きっと最悪にはならないから」
「その根拠は?」
「ない!あたしの勘よ。ワハハ」
マリエは豪快に笑い、私に無理やり菓子を突き出した。
「ほら、食べて。脳みそに砂糖を送り込みなさい。……決めた後は、自分を少し褒めてあげなよ。決めるってことは、それだけで大変なんだから」
☆
言いたいことを何のてらいも無く言い放ち、持参した菓子とワインをほぼ全て自分で消化し、嵐のように去っていった友人の背中を見送り、私は再び一人になった。
部屋に残されたのは、暖炉の火照りと、微かな甘い香りと、そして――『覚悟』だった。
窓の外は、すでに深い夜に沈んでいる。
そこへ、カルが報告を持って入ってきた。
「南区域の方で何やら不穏な噂が。人が集まっているとか……」
もう、一刻の猶予もない。
私は窓辺を離れ、執務机へと向かった。真っ白な紙を広げ、震える手でペンを握る。
エドモンドへの処分方針。
一文字ずつ、石に刻むような思いでペン先を動かした。これが正しいのか、誰をどれだけ傷つけるのか、まだ分からない。でも、私はもう『選ばない自分』を捨てる。
書き終えた書類を、机の上に置いた。
明日の朝、これをレオに渡す。
窓の外で、夜風が獣のように唸り声を上げた。遠くから、領民たちの微かな叫び声が混じっている気がして、心臓が跳ねる。
☆
翌朝、私は誰よりも早く目を覚ました。
昨夜、書き上げた『裁定書』を、白々とした光の下でもう一度読み返す。
深夜の熱に浮かされて書いたものは、翌朝になるとひどく幼く見えたり、逆に冷酷すぎたりすることがある。
けれど、今朝の私の目に映ったそれは、昨夜の決意そのままだった。
――横領したエドモンドへの処分。
流用した資金を給与から天引きし、担当区域を剥奪する。
同時に、彼が滞らせていた南区域への配給ルートを即時、正常化させる。
厳罰ではない。しかし、決して甘くもない。
これが、今の私が導き出した精一杯の答えだ。
レオがこれを見てどう反応するか、予想もつかなかったけれど。
☆
朝食前、屋敷の中を歩き、レオを探し出した。
台所近くの廊下。
部下と何やら密談していたレオは、私の姿を見つけるなり、顎で部下を下がらせた。
「……これを」
私は、折りたたんだ紙を彼に差し出した。
受け取ったレオは、その場で視線を滑らせる。
私は、彼の瞳が文字を追うリズムを、固唾をのんで見守っていた。
「……」
沈黙が流れる。
「どう、思いますか?」
「――軽いな」
予想通りの答えに、小さく肩を落とす。
「……そうですか」
けれどレオは、紙を雑に折り返して私に突きつけると、追い打ちをかけるように言った。
「だが、それを議論している暇はなくなった。今朝は別の問題がある」
「別の……?」
「昨夜、南区域で衝突があった。小規模だが、倉庫の前に群衆が集まり、物資の強奪未遂が起きている。今朝もまだ、連中は解散していないという報告だ」




