36.「俺の言い方」
平行線だった。
レオの言葉は冷酷なまでに正しい。
そして私の言葉も、きっと間違ってはいない。だが二つの正義は、決して交わることなく火花を散らしていた。
「……処分の最終決定権は、どちらにありますか」
私が問うと、レオは少しだけ目を細めた。
「お前だ」
「え……?」
「この領地の主はお前だ。俺はあくまで補佐。最終的な判断を下すのはお前の役目だ」
「……あなたが決めるものだと思っていました。慣れているでしょうから」
「慣れていることと、責任の所在地は別だ」
沈黙が落ちる。
最終決定権。
その言葉の重みが、ずしりと両肩にのしかかる。
レオに従うことも、彼に抗うこともできる。
しかし、その後に訪れるすべての結果を、私は背負わなければならない。
「今夜、決めなければなりませんか」
「長引けば噂になる。早い方がいい」
「……少しだけ、時間をください。明日の朝、答えを出します」
レオは無造作に書類を閉じた。
「分かった。待とう」
「……一つ、聞いていいですか。あなたは、私がどんな決断を下しても従いますか?」
「従わない場合もある」
「正直ですね」
「嘘をつく必要がないからな」
「どういう決定なら、拒絶しますか」
「『処分なし』だ。それでは統治が崩壊する。俺がそう判断すれば、お前の意見は却下する」
「……では、従える範囲は?」
「妥当な処分と、抜本的な仕組みの改善。これをセットにするなら、従おう」
妥協点。
レオが提示した、彼なりの譲歩。
私は机の上の、エドモンドの名をもう一度見つめた。
「分かりました。明日の朝、お伝えします」
「ああ」
レオが立ち上がり、椅子が床と擦れる乾いた音が響く。
彼は扉へと向かい、その手前でふと足を止めた。
「もう一度言う。答えを出す時は、感情と現実、その両方を直視しろ。どちらか一方に逃げるな」
「……分かっています」
「それとな、……俺の言い方が、常に正しいとは限らん。それも含めて、自分で考えろ」
予想外の言葉に、思わず目を見開いた。
あの合理性の塊のような男が、自らの不完全さを口にするなんて。
「……はい。おやすみなさい、レオ」
静かに扉が閉まる。
遠ざかっていく足音を聞きながら、私は閉ざされた書類を再び手元に引き寄せた。
エドモンドという一人の男の名前。
☆
翌朝になっても、結局私は答えを出せずにいた。
昨夜は、短くなる蝋燭を睨みつけながら、暗闇の中で考え続けた。
不正を働いたエドモンドの処分、領地の管理体制の不備、そして、冷徹に現実を突きつけるレオの言葉。
それらが頭の中で濁流のように渦巻き、どうしても一つの出口に辿り着かない。
明け方に数時間、浅い眠りに落ちた。
目が覚めたとき、窓の外は白々と明けていたが、私の心はまだ深い霧の中にあった。
朝食の席で、レオが短く問うた。
「決まったか」
「……もう少し、時間をください」
彼は食事の手を止めず、品定めをするような視線を一瞬だけ私に投げた。
「今日中には答えを出せるか?」
「はい」
「そうか、なら待つ」
それだけだった。
彼に責め立てられたわけではない。
けれど、その短い確認の裏には『これ以上は待てない』という、研ぎ澄まされた刃のような最後通牒が隠されていることを、私は痛いほどに理解していた。




