31.「処分の必要性」
少しだけ、間があった。
「……それは、状況を確認してから考える」
即答ではなかった。
ほんのわずか、彼が思考を巡らせたのが分かった。
「だが、処分の必要性については……」
「ある、わよね。分かっているわ」
私は小さく、吐き出すように息をついた。
彼が『状況を確認』と付け加えたのは、彼なりの、最大限の配慮だったのかもしれない。少なくとも、問答無用で『首をはねる』と断定しなかった。
レオが頷き、扉へと向かう。
だが、彼は扉を開ける直前で一度だけ止まり、振り返った。
「一応言っておくが」
「何?」
「確認が済む前に、その人たちのところへ行くなよ」
私は思わず、目を開いた。
「……それは、どういう意味かしら」
「お前が行けば、証拠が隠滅される可能性がある」
「私が知らせに行くとでも思っているの?」
「いや」
レオは、射抜くような視線を私に向けた。
「だが、お前の顔を見れば、気づく人間がいる。お前は、感情を隠せるほど器用じゃない」
……ぐうの音も出なかった。
この男は、私のことをある程度『理解』して言っているのだ。私の顔が、私の心が、ガラスのように透けて見えてしまうことを。
「……分かったわ」
廊下に足音が遠ざかり、再び静寂が訪れる。
机の上には、数字のズレが記された書類。
そこにあるエドモンドの名前を見つめながら、私は窓の外を眺めた。
白く、平らな朝の光。その光の下で、今日も人々は必死に生きている。
不安が、いくつかの形になって胸で渦巻く。裏切られたかもしれないという恐怖。
それ以上に、もし本当だとしたら、『なぜ、あの人たちが』という絶望。
(理由があるはずだわ。……絶対に。きっと)
理由もなくそんなことをする人間を、私は知りたくなかった。
その答えが、数時間後には暴かれる。
私は書類を引き出しに仕舞い込んだ。見つめていれば、思考の迷路に迷い込んでしまう。
午後まで待つと決めたのなら、今は別の仕事を片付けるべきだ。
窓を少しだけ開けると、鋭い冷気が忍び込んできた。一度だけ深く、その空気を吸い込む。
――午後まで、待つ。
そう自分に言い聞かせて。
☆
午後の倉庫は、朝の冷気をそのまま閉じ込めたように暗かった。
建物の構造上、この時間は陽光が一切届かない。
外はあんなに晴れているというのに、一歩中へ踏み込めば、そこには停滞した薄暗がりが広がっていた。
わずかな隙間から差し込む光の筋の中で、埃の粒が静かに、所在なげに漂っている。
私とレオ、そしてカルの三人で足を踏み入れた。
先頭を行くレオの背中を、私は最後尾から見つめる。
石造りの壁が外気の影響を遮断し、肌を刺すような冷たさが体を包み込んだ。
それと同時に、濃密な食料の匂いが鼻を突く。
穀物の乾いた香り、貯蔵用の塩の匂い、そして古びた木箱の匂いが混じり合い、この場所が領地の生命線であることを物語っていた。
「カル、数えるぞ」
カルが手元の帳簿を開く。
それを合図に、レオが棚の確認を始めた。
無言のまま、大きな手で箱に触れ、中身の重さを確かめ、一つずつ記録された数字と照合していく。
無駄のない、けれど残酷なほど丁寧な作業。
私は少し離れた場所に立ち、ただそれを見ていることしかできなかった。
彼の聖域とも言える精密な作業に、口を挟む余地はない。
ただ冷え切った空気の中に立ち尽くし、宣告を待つ死刑囚のような心地で、結果を待っていた。
やがて、レオが一つの棚の前で動きを止めた。




