29. 「変な奴だ」
彼は足を止め、肩越しにこちらを振り返る。
「……なんだ」
「後悔するかもしれません。あなたが言った通り。でも、後悔したとしても、それでも自分で選んだという事実は変わりません。それで十分だと思っています」
レオはしばし沈黙した。
窓の外は、青から白へと色彩を変え始めていた。遠くで、夜明けを告げる鳥の声が響く。
「……変な奴だ」
吐き捨てるようにそう言って、彼は扉を開けた。
「一時間後だぞ」
「わかっています」
バタン、と扉が閉まる。
遠ざかっていく足音を聞きながら、私は一人、揺れる蝋燭を見つめていた。
窓の外では、新しい太陽が昇ろうとしている。
昨夜の私が決めた通り、物語が動き出す。
☆
あれから毎朝、レオが執務室へやってきてはその日の予定を淡々と告げる。
私が領民との調整を担い、彼が物資と人手の手配を完遂する。
役割の境界線は初めから明確に引かれ、互いにそこに踏み込むことはなかった。
――効率的。
そう表現するのが一番正しかった。
そこに甘い感情はひとかけらもなかったけれど、組織としてはこの上なく機能していた。
そして、事態は少しずつ動き出していた。
滞っていた配給ルートが整理され、孤立していた南区域へ物資が届き始める。崩落寸前だった水路の修繕にも、ようやく着工の目処が立った。
何より、領民たちの顔つきが変わった。
絶望に塗りつぶされていた瞳に、『様子見』という名の、わずかな理性が戻りつつあった。
まだ、崖っぷちであることに変わりはない。けれど彼がやってくる前に絶望とともに眺めていた数字に比べれば、景色は確実に色を変え始めていた。
その朝も、私はいつものように早く目を覚ました。
朝食を済ませてすぐ、部下のカルが執務室を訪ねてきた。
二十代の若い彼は、父の代から実直に領地の管理を支えてくれている。
真面目で几帳面、何より報告の正確さには定評があった。
「……少し、確認していただきたいことがありまして」
扉を閉めるカルの声が、いつもより低い。
「どうぞ。何かしら?」
「配給の記録なのですが……」
カルが机の上に広げた書類には、整然と数字の列が並んでいた。
「先週から妙な違和感がありまして、昨日改めて精査し直したのです」
「違和感?」
「食料の出納記録に、不自然なズレがあります」
彼が指差したのは、二つの項目だった。
倉庫から払い出された量と、各区域に届いたはずの量。
単純な引き算が、合っていない。
「……確かに。数パーセントほど、足りないわね」
「はい。最初は単なる記録ミスかと思いましたが、三日分のデータを洗うと同じ傾向が出ています。特定の区域への配給だけが、出荷量よりも明らかに少ないのです」
「どこかで、止まっているということ?」
私の問いに、カルは少しだけ間を置いた。
「……内部の人間の仕業である可能性が高いです」




