表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落令嬢と冷徹騎士の契約結婚 ~正しさを捨てて、あなたを選びます~  作者: 猫燕


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/35

26. 「最悪じゃない」

 しばらくの間、二人でミルクティーを啜った。

 窓の外では夕闇が深まり、空が燃えるような茜色から紫へと移り変わっていく。

 人々の影が長く伸び、街灯がぽつりぽつりと灯り始める。


「あのさ」

「なあに」

「あんた結婚したの?」

「……!どこで聞いたの?」

「噂よ。話題性は抜群だもの。『没落貴族の令嬢と騎士の契約結婚』なんて、みんなの大好物よ」

「……そう」

「どんな人なの?」

「無愛想で、血も涙もない合理主義者。感情で動くことを嫌う人よ」

「最悪じゃない」

「ええ。でも、仕事はできるわ」

「それだけ?」

「……今のところはね」


 マリエは肩をすくめた。


「まあ、あんたが決めたことならあたしが口出すことじゃないけど」

「ええ」

「――本当に、大丈夫なの?」


 声の色が変わった。

 冗談めかした軽やかさは消え、親友としての真摯な瞳が私を射抜く。


「……大丈夫、と言いたいところだけれど」

「言えない?」

「正直に言えば、まだ分からないわ」


 マリエはしばらく私を見つめていたが、やがて椅子の背もたれに深く体を預けた。


「あんたみたいに生きるの、あたしには絶対無理だわ。疲れるもの。人のために自分をすり潰すなんてさ」

「マリエの生き方の方が、ずっと賢いわ」

「賢いかどうかは知らない。でも、楽だとは思う。あたしは『楽』を選んで生きてるから」


 マリエは窓の外、暮れなずむ街並みに視線を投げた。


「でもね、あんたを見てるとたまに思うのよ。あたしは楽な方ばかり選んで、何かを本気で『選んだ』ことがあったかなって」

「……」

「まあ、あたしの話はいいわ!」


 彼女はすぐに快活な調子を取り戻し、カップを掲げた。


「とにかく!あんたが本当にやるって決めたなら、あたしは何も言わない。でも何かあったらいつでも連絡しなさいよ。愚痴でも、泣き言でも、いくらでも聞いてあげるから」

「ありがとう」

「あと、一つだけ」


 マリエが声を少し低くした。


「無理したら、すぐ顔に出るんだからね。今日みたいに」

「……気をつけるわ」

「気をつけてほしいのは『無理をしないこと』じゃなくて、『無理してるのを隠そうとすること』よ。分かった?」


 私は不意を突かれ、目を瞬かせた。


「……ちゃんと、見ていてくれているのね」

「当たり前でしょ。腐れ縁なんだから」


 立ち上がったマリエが、荷物をまとめて財布を取り出した。


「ここはあたしが払うわ。久しぶりなんだし」

「いいわ、私に――」

「いいの。あんたは今、少しでもお金を取っときなさい」


 真顔で、突き放すような優しさ。

 私は、今日初めて心から笑った気がした。


「……ありがとう」

「どういたしまして」


 扉を開けると、夜の冷気が流れ込んできた。


「クラリス」


 背中を向けたまま、マリエが言った。


「なあに?」

「……頑張りすぎるなよ」


 それだけ言い残して、彼女は人混みの中へと消えていった。

 カラン、と扉が閉まる。店内に残った温かな空気と、シナモンの残り香。

 私はテーブルに残された、二つの空のカップを見つめた。親友が置いていってくれた気遣いの痕跡。

『頑張りすぎるな』という言葉を、心の中でそっとなぞってみる。

 けれど、頑張らなければ守れない。それなのに、このままではいつか壊れてしまう気もする。どちらが正しいのか、答えは出なかった。

 外に出ると、街はすっかり夜の帳に包まれ、冷たい紺色の空が広がっている。

 馬車の傍らで待つランドルフが、私に気づいて静かに一礼した。


「お待たせしたわね」

「いいえ、滅相もございません」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ