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没落令嬢と冷徹騎士の契約結婚 ~正しさを捨てて、あなたを選びます~  作者: 猫燕


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25. 「認めたわね」

 運ばれてきた白い陶器のカップから、細い湯気が立ち上る。

 小皿には、たっぷりの砂糖がまぶされたシナモンの焼き菓子。カップを両手で包み込むと、指先からじわりと熱が伝わってきた。

 一日中冷え切っていた感覚が、ゆっくりと体に戻ってくる。


「……領地のことで、奔走していたの。今日も、方々を回って」

「領地って……あの、没落しかけてるって噂の?」

「……噂になっているのね」

「なってるわよ。あなたの家のことは、みんなわりと知ってるわ。悪い意味じゃなくて、ただの周知の事実としてね」


 そうか。

 自分一人で、誰にも悟られぬよう抱え込んでいるつもりだった絶望は、とっくに街の噂にまで成り下がっていたのだ。


「今日、支援を求めて三つの家を当たったけれど、全部断られたわ」


 マリエがカップを手に持ったまま、一瞬だけ沈黙した。


「そっか……」

「条件が合わないか、時間が足りないか。結局は同じこと」

「それで、他の方法を考えていたのね」

「……ええ。でも、なかったわ」


 カチャリ、とマリエがカップをソーサーに置いた。


「ねえ、一つ聞いていい?」

「ええ」

「なんでそこまでやるの?」

「え……?」

「だから、なんでそこまで背負うのよ」


 責めるような響きはなかった。

 けれど、その問いはあまりに鋭く核心を抉ってきた。


「あの領地って、もともとあなたのものだった?お父様が遺したものかもしれないけれど、もうお父様はいないのよ。あなたがそこまでボロボロになる必要、ある?」

「……私の、領地だから」

「それ、誰が決めたのよ?」

「それは……」

「こう言っちゃなんだけどさ」


 マリエは淡々と続けた。


「もうヘインフォード家なんて、誰も本気で期待してないわよ。あなたが独りで苦しむ必要なんて、本当はないんじゃない?」


 言葉を失った。

 マリエの口調は柔らかい。

 けれど、それがかえって容赦なく私の内側を抉る。

『誰も本気で期待していない』。

 今日出会った人々の、あの冷ややかな値踏みの目。閉ざされた扉。『間に合わない』という無機質な宣告。

 彼らは誰も、私たちの再起を信じていなかった。

 私だけが。

 私だけが、まだ信じているフリをしていたのか。


「あんた、昔から真面目すぎるのよ」


 マリエがシナモン菓子を頬張りながら呆れたように言う。


「学院のときだってそう。誰かが困ってたら全部引き受けちゃって、自分がいっぱいっぱいになっても平気な顔して。……覚えてるでしょ?」

「……覚えているわ」

「あたし、そのたびに呆れてたんだから。でも――」


 マリエがふっと、照れ隠しのような笑みを浮かべた。


「どこか羨ましくもあったわよ。あたしにはできないもの。人のために自分を削るなんて、絶対に無理だわ」

「マリエは……そのままでいいと思う。マリエの生き方を、変える必要なんてない」


 彼女は目を細め、私を見つめた。


「……あんたって本当にそういうところあるわよね。自分が一番きついくせに、人のことを考える」

「きついなんて……思っていないわ」

「嘘つき」


 即座の否定。

 私は、言い返す言葉を飲み込んだ。


「今日、三軒回って全部断られて。それで疲れてないなんて、真っ赤な嘘でしょ。きついに決まってるじゃない」

「……そうね」

「認めたわね」

「認めるわ……」


 マリエが笑った。

 さっきまでの軽薄な笑いではなく、春の陽だまりのような、柔らかな笑みだった。


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