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没落令嬢と冷徹騎士の契約結婚 ~正しさを捨てて、あなたを選びます~  作者: 猫燕


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24.「外が見えるもの」

 マリエが私を見つけた瞬間の顔を、どう表現すればいいのか分からない。

 驚きとも、歓喜とも少し違う。

 ただ、視線がぶつかった瞬間に、私の心の奥底をすべて読み取ってしまったような――そんな顔をして、彼女は大きく手を振った。

 ランドルフに頼んで、馬車を止めてもらう。

 ステップを降りる頃には、マリエはすでにこちらへ駆け寄ってきていた。

 夕暮れの光を浴びながら、片手に荷物を抱え、もう片方の手をちぎれんばかりに振って。


「クラリス!久しぶりじゃない!」


 街角に響き渡るような大声。

 この声量で周囲を気にせず笑えるのは、昔からマリエくらいのものだ。

 案の定、通りすがりの人々が一瞬だけ足を止めてこちらを見た。


「マリエ。……ええ、本当に久しぶりね」


 近づいてきた彼女は、私の顔を間近で見るなり、ふっと足取りを緩めた。

 何かを悟ったのだと思う。

 今日の、あるいはこれまでの積み重なった疲労が、私の顔に隠しきれない影を落としていたのだろう。


「……ねえ。今から、ちょっと時間ある?」

「ええ、少しなら」

「決まり。そこの店に入りましょ。足も疲れたし、何か温かいものが飲みたいわ」


 有無を言わせぬ誘い。断る理由など、どこにもなかった。

 馬車の側で控えていたランドルフに


「少しだけ時間を」


 と告げると、彼はすべてを理解したように、静かに、深く頷いた。

 マリエが選んだのは、街角にあるこぢんまりとした喫茶店だった。扉を押し開けると、焼き菓子の甘い香りが温かな空気とともに溢れ出してくる。

 蜂蜜、バター、そして微かなシナモン。

 今日初めて、体の芯から強張っていた力が抜けていくのを感じた。

 店内は六つほどのテーブルと、窓際に小さな席が二つ。


「ここがいいわ。外が見えるもの」


 マリエは迷わず窓際の席を選んだ。

 向かい合って座ると、窓の向こうには夕暮れの街並みが広がっていた。

 重い荷物を運ぶ男、子供の小さな手を引く母親、家路を急ぐ若者たち。

 それぞれの人生、それぞれの日常が、硝子一枚隔てた向こう側を流れていく。


「ホットミルクティーを二つ。それと、あのシナモンのお菓子を二人分お願い」


 マリエが手慣れた様子で注文を通し、私に向き直る。


「いいでしょ?疲れてるときは甘いものが一番なんだから」

「……ありがとう」


 給仕が下がると、マリエは改めて私を見た。今度は、誤魔化しようのないほど真っ直ぐに。


「やつれてるわよ」

「……そう見える?」

「見えるわよ。会った瞬間に分かったわ。目の下のクマ、ひどいわよ」


 隠しても無駄だと思い、


「最近、あまり眠れていなくて」


 と白状した。


「何かあったの?」

「色々と……」

「『色々』なんて言葉で誤魔化すときは、大抵ひどいことが一つはあるのよね」


 昔からそうだ。この人は、軽やかな言葉の端で正確に急所を突いてくる。


「……ひどいことが、いくつかあったわ」

「いくつか!」


 マリエが声を上げ、慌てて口を押さえた。


「ごめん、大きかったわね」


 彼女は身を乗り出し、声を潜める。


「話せる?」

「どこまで話すべきか、自分でもまだ整理がついていないのだけれど」

「なら決めなくていいわよ。話したいところまで話して、止まりたくなったら止めればいいじゃない」

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