22. 「失うとは限らない」
その一言で、浮遊感は霧散した。
「担保として、領地の一部を差し出してもらいたい」
「領地の一部、ですか……?」
「南東の区域だ。水路に近い場所は使い勝手が悪いが、農地として転用できる平坦な場所なら、必要な額は即座に用意しよう」
南東の区域。
それは、レオの資料で『活用価値なし』とバツ印をつけられていた場所だった。
「それでは意味がありません。領地を守るための資金を得るために、土地を失うのでは……」
「失うとは限らない。返済できれば戻ってくる話だ」
「返済できなかった場合は?」
「んん~、まぁそのときは、そのときだ」
笑顔だった。声はどこまでも優しい。
しかし、その底にある内容はあまりに冷酷だ。
笑顔と中身の温度差が、じわりと皮膚の下に沁み込んできて、私は身震いした。
「……他の条件では、難しいでしょうか」
「ん~、難しいね。リスクが高すぎる。正直に言って、今のヘインフォード家に無担保で援助するのは、割に合わない」
――割に合わない。
父の友人が、その言葉を笑顔で吐いた。
「では、他を当たるしかありません」
相手は茶器を置くと、
「ん~、間に合えばいいけどね」
と、刺すような一言を付け加えた。
そこに明確な悪意はなかった。
ただの『事実』として。
それが、何よりも重く、私を打ちのめした。
☆
二軒目は、母方の遠い親戚を訪ねた。
だが、そこでは応接室にすら通されず、玄関先で立ち話となった。
「急な訪問で申し訳ありません。少しだけお時間を――」
「話は聞いているわ」
対応した四十代の女性は、氷のように冷たい声を出した。
「ヘインフォード家の不評は、社交界でも持ちきりよ。大変なのは分かるけれど、うちだって余裕があるわけじゃないの」
「少しだけでも、お力添えを……」
「できない」
ピシャリと、扉が閉じられようとする。
「待ってください!」
「クラリス嬢」
女性は扉を止めたまま、射すくめるような視線を私に投げた。その目には、怒りよりもむしろ『疲労』の色が濃い。
「あなたが必死なのは分かっているわ。でもね、ヘインフォード家はもう終わりよ。周囲の誰もが、それを止める術はないと思っている」
「私は、止めようとしています。諦めていません」
「ええ、知っているわ。だから言っているのよ」
扉の隙間から、最後通牒のような言葉が零れる。
「あなたが一人で足掻いても、もう間に合わない。それが現実。悪く思わないでね」
静かに、扉が閉まった。
冷え切った玄関先に、ぽつんと一人で取り残された。冬の風が、嘲笑うように首筋を撫でて通り過ぎていく。
☆
三軒目は、父が長年取引をしていた商会を頼った。
主は私を快く迎え、温かい茶と椅子を勧めてくれた。私の話を最後まで熱心に聞き、やがて一通の書類を取り出した。
「援助は、可能です」
「本当ですか……!」
「はい。……ただし」
また、この言葉だ。
「金利の方が、少々……。現状の貴家への融資は、経営上『極めてリスクが高い』と判断せざるを得ませんので」
示された数字を見た瞬間、指先が凍りついた。
あまりに法外な金利。頭の中で返済シミュレーションを立てるまでもない。これでは元本を返す前に、利子だけで家が沈む。
「もう少し、条件の緩和をお願いできませんか」
「これ以上はちょっと……。正直、担保なしでこの額を提示するだけでも、弊社としてはかなりの無理を通しての上なのです」
「……」
商会の主は、哀れむような声を出す。
「探せば手を貸してくれる所があるかもしれませんが……時間的に、少々難しいかもしれませんね」




