21.「久しぶりだね」
結局、零れ落ちたのはそれだけだった。
レオは一瞬だけ動きを止め、
「仕事だ」
とだけ言い残して扉へと向かった。
私は一人、静まり返った執務室に取り残された。机の上に並んだ数字を、もう一度見つめる。
『三週間』という期限は、相変わらずそこにある。
昨夜の彼を思った。一人で蝋燭の光を頼りに、この領地の未来を計算し続けていた背中を。
窓から差し込む白い光が、書類を平らに照らしている。
私は椅子に座り直し、彼が残した最初の一ページ目から、丁寧に読み始めた。
☆
翌日、私は一人で屋敷を出た。レオには用があるとだけ伝えて。
それ以上は、何も言わなかった。……いや、『言えなかった』という方が正しいのかもしれない。
どうしても、自分で動いてみたかったのだ。
レオが提示した書類が正しいことは、痛いほど理解している。数字は正確無比で、論理には一点の隙もない。
だが、すべてが数字だけで片付くはずがないという青い期待が、まだ胸のどこかで燻っていた。
直接当たってみれば、何か別の道が見えるかもしれない。
自分の足で稼ぎ、自分の目で確かめたかった。
ただ、それだけだった。
「おはよう、ランドルフ」
馬車を王都の外れまで走らせる。
御者台には、ランドルフが座っていた。
彼は何も聞かなかった。行き先を告げると、黙って手綱を取る。
長く仕えてくれている人間は、こういうとき、言葉よりも沈黙で寄り添ってくれる。
☆
最初に向かったのは、父の代から親交のあった貴族の屋敷だった。
通された応接室は、申し分なく暖かかった。暖炉には赤々と火が灯り、部屋の空気は柔らかい。整えられた調度品に、季節の花が活けられた花瓶。
それらを目にするたび、我が家の『空っぽの花瓶』が脳裏をよぎる。
出迎えてくれたのは、五十代の男性貴族。
父とは狩猟仲間だったと聞いている。
幼い頃に一度会ったきりで、記憶は霞んでいた。
「クラリス嬢か。久しぶりだね」
穏やかな声。
けれど、向けられた瞳は決して穏やかではなかった。
それは、値踏みをする目だ。
王宮の使者のような事務的なものではなく、目の前の獲物がいくらになるかを算盤で弾くような、特有の濁り。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
「いやいや、構わないよ。それで、用件というのは?」
まどろっこしい挨拶は不要だ。私は単刀直入に切り出した。
領地の窮状、差し迫った資金不足、そして支援の可能性。
言葉を選びながらも、現状を包み隠さず伝える。
相手は相槌を打ちながら、悠然とお茶を啜っていた。
話し終えると、短い沈黙が降りた。
「ん~なるほど。状況は分かった」
「……いかがでしょうか」
「援助は、可能だよ」
瞬間、胸の奥で何かがふわっと浮き上がった。
だが。
「ただし――」




