5. メイドさんと初めてのお料理 -前編-
コットンのなめらかな触り心地がとても心地よくって、黒の発色が上品で艶やかなロングドレス。
ドレスをふんわりと広げる、縁の下の力持ちのパニエ。
天使の羽根を想起させる大きなフリルのついた背中のひもはもちろんですが、袖周りの細かなレースや、裾に施された草花を模したコットンレースなどなど、あらゆるところに装飾が施されたエプロン。
大きな白いひだひだの付いたカチューシャ。
脚をすっぽりと覆うレースのハイソックス。
かつて雑誌の中でだけ見たことのあった、無駄にセクシーな黒いガーターベルト。
そう――素敵で可憐なメイド服。
女の子なら誰だって、メイド服を身につければ、メイドさんに変身できちゃいます!
*
ご主人様と契約を交わして、サリスモニカ郊外のお屋敷に住み込みで働くことになったわたしは、メイドとして様々な家事を、先輩メイドの瑠璃さんと協力して行っています。
もちろんまだ「見習い」ですから、働きながらいろいろな事を教わるという段階ですけれど。
でもやっぱり、わたしにはそういう「実際にやりながら体で覚えていく」というのが向いている性格のようでした。
たとえば――お掃除。
はたきと雑巾を手にした瑠璃さんは、「見えないところを掃除する」ことが、掃除の秘訣だと教えてくれました。
というのも、見えるところは「仕事」である以上、誰だってとりあえずやります。
一方、見えないところは、やらなくてもバレない部分ではありますけれども、そこに溜まったほこりやカビやゴミが、部屋全体を汚していくから、とのことでした。
言われてみると、そうでした。
昔、学校や家で行っていた掃除は、確かにそういう見えるところだけやる、いわば一種のパフォーマンスのような掃除だったと反省します。
でも今や、わたしはメイドさん。
完璧なプロのお掃除が求められるのです。
ですから、棚の上、窓と窓枠の隙間、ソファの下、家具と家具の隙間、置物の陰――そのような死角を逃さずに、わたしは熱心にお掃除をするようになりました。
まだまだ、瑠璃さんのチェックが入って、小指についたほこりを突き付けられ、「やり直し」と言われる毎日ですが、日々成長を感じていました。
そんな風にしてメイドさんとしてのお仕事がはじまり、まだ間もないですけれども、ここの生活に慣れつつありました。
朝は早いですが、故郷で早起きして畑の様子を見に行っていたわたしにとっては、それはなんともありませんし、衣食住の環境だって快適です。
そうです。メイドとして順風満帆なスタートを切っていたのでした。
――ただ、一点を除いて。
それはわたしの最大の懸念事項であった「お料理」でした。
何せ、キッチンに立ったことすらなかったのですから!
ある朝、わたしは瑠璃さんに言われて、朝食を作るチャンスをいただきました。
キッチンは別館の一番奥にあって、窓際に流しと発火箱が並び、左右の壁際には食器をしまった戸棚や冷蔵庫・発熱箱が、そして部屋の中央に様々な作業ができる大きな机があるという造りになっていました。
ところで、発火箱や冷蔵庫、発熱箱を実際に備えていたのには驚きました。
わたしが生まれる少し前に、魔法の力を結晶化させることに成功したらしいのですが、これらはその魔法結晶を用いた最新鋭の調理器具なのでした。
いわば、魔法が使えない人にも魔法の恩恵を与えることに成功した一種の産業革命で、これがあったからこそ、魔法使いの地位が、現在では大きく向上したと聞いていました。
発火箱は平べったい金属の箱で、手元についたつまみを回すだけで、勢いよく火が出る優れものです。ガスコンロと比べると、火力が段違いらしいです。
冷蔵庫も氷を使ったものと比べて、やはり性能が段違いですし、発熱箱は石窯でしかできなかった調理を、家庭でも簡単にできるようにしました。
……まあ、とても一般庶民では手が出ないほど高価なんですけどね。
機器も、魔法結晶も高くて、まだお金持ちの間にしか広まってはいないようです。
さて。瑠璃さんから、調理器具の使用法などの注意を受けて、さっそく作業開始です。
普段は瑠璃さん一人で作って、わたしはその間お掃除、できた料理を二人で配膳するという流れなのですが、今日は特別!
ここは頑張っていいところを見せるしかありません!
今日の朝食は、ベーコンエッグとトーストというシンプルなもの。
テーブルの上には、卵とベーコン、そして数日前に瑠璃さんが焼いた食パンのスライスがありました。
さすが発熱箱です。パン屋でもないのにパンが作れちゃうみたいです。
瑠璃さんからは、オーブンで時間と温度を設定し、出来合いのパンをカリッと焼くようにとの指示を受けていました。
……キッチンに立ったことがないわたしですが、昨今の技術の進歩というものは素晴らしいです。
どんなに料理音痴だって、手軽に気楽にそれなりのことができるようになっているのですから。
食パン三切れを発熱箱の金網に乗せて、それとなくつまみを回します。
すると内部で発熱を発熱が始まります。……すごいです!
さあ、これでトーストは大丈夫ですね。
次はベーコンエッグです!
ベーコンエッグはどのように作るのでしょうか?
実家でも何度か食べたことがありましたので、頭の中でイメージを浮かべます。
薄くこんがりと焼けたベーコンの上に乗っかった目玉焼き……。
おそらくですが、きっとフライパンで作るのでしょう。
わたしは卵とベーコンを手に、ココア用のミルクを鍋で温める瑠璃さんの隣に立ちます。
まずはスライスベーコンを、発火箱の上のフライパンに乗せました。
「…………」
何も起きません。
「……七菜、火はどうした?」
すっかり忘れていました。
えーっと、火は手元のつまみですよね。
でも時計回りと逆回り、どちらに回せばいいんでしょう……。
「反時計回りにぐるっと回すんだ。火力が強いから、一度限界まで回しきった後、時計回りに戻すんだ」
瑠璃さんの助け船。
言われるがままに、つまみを反時計回りに力強く回しました。
ボゥゥッ!
瞬間、青い炎がほとばしりました。
ベーコンからおいしそうな油がにじみ出てきます。
瑠璃さんは、それを見るやふぅと一息ついて、鍋のそばを離れました。
さぁて、お次は卵です。
ベーコンエッグを作るには、卵を落とす必要があります。
さすがのわたしでも、殻に入ったままの卵をフライパンの上に乗せないということは知っています。
知っているのですけど……
卵をつまみ、まじまじと見つめます。
どうやって割るんでしょうか……?
パンチする?――いいえ、卵の殻が刺さって痛そうです。
地面に落とす?――いいえ、汚いです。
「はっ!?」
ふと、わたしの中で電撃が走りました。
卵を割る秘策を思いついたのです。
まず殻に入ったままの卵を熱せられたフライパンの上に置き、左手で卵が転がらないように固定します。
ちょっと熱いけれど我慢です。
「ええいっ!!」
そしてすぐそばにあった麺棒で、勢いよく卵を叩きました。
パカッと割れて、中身をどろりと吐き出す卵。
卵の殻は手ですばやく回収します。
細かな破片がフライパンの中に残ってしまって、熱くて回収できないのですが……まあなんとかなるでしょう。
ふぅっ、これで無事ベーコンエッグが完成します!
初めてのキッチン。
初めてのお料理。
緊張しましたが、頑張りました。
わたしは人生初の作品である、ベーコンエッグができる様を、まじまじと眺めていて――
パァンッ!!
目の前で何かがはじける激しい音がしました。
「きゃぁっ!?」――突然の爆音に怯えたわたしは、本能的にその場で小さくなります。
続いて、ガラァァアアン、という金属の鈍く響く音。
何、なんですか? 何が起きたんですか?
床にはどういうわけか、つい先ほどまで発火箱の上にあったフライパンと、真っ黒焦げになった何かが落ちていました。
そして発火箱からほとばしっていた激しい炎は、今はもう消えてしまっています。
「どうしてたかがベーコンエッグでこうなるんだっ!!」
そしてキッチン中に響き渡る瑠璃さんの怒号。
「……へ?」
目が点になって、口はぽかんと開いてしまいます。
――状況を冷静に判断します。
爆発でしょうか?
お料理をしていたら、突然発火箱が爆発して、ベーコンエッグが黒焦げになって吹っ飛んだ……?
「ん、……なんだか焦げ臭いぞ……」
瑠璃さんがそう言うと、
ボンッ!
食パンを焼いていた発熱箱から黒い煙が漏れ出ました。
「「…………」」
そんな惨状に、わたしも瑠璃さんも言葉を失いました。
長いので二つに分割しました^^;




