4. メイドさんとお手紙
サリスモニカの日は落ち、お屋敷が闇の帳に包まれました。
コンコン、と応接室がノックされます。
「入りなさい」――そうご主人様が告げると、「先輩」メイドの瑠璃さんが、お夕飯ができたことを報告しました。
わたしたち三人は、ホールを通って食堂へと向かいました。
食堂は一階にあって、真ん中にテーブルクロスが掛けられた机と椅子がありました。
すでに本日のディナー――シチュー・パン・サラダが配膳されていました。
応接室の二倍ほど広い空間なのですが、本当に真ん中のテーブルしかないので、少しばかり物寂しい印象を受けました。
ご主人様が奥の席に座り、ご主人様から見て左手に瑠璃さん、その向かいにわたしが座りました。
「いただきます」をしてから、まずわたしはシチューをいただきます。
ご主人様の前評判通り、濃厚でおいしくて、なんだか故郷で食べたときの味を思い出します。
ところで――食事中で気になったことが、二点ありました。
一つは、ご主人様とメイドさんが一緒に食事を取るということです。
小説の中のメイドさんたちとご主人様の間には絶対的な階級差というものがあって、同じ場で食事を取るなんてありえないことだからです。
でも考えてみれば、昔と違って今は階級というものは時代錯誤とも言えますし、なんとなく、これはなんとなくですが、ご主人様はメイドと一緒に過ごす時間というものを大切にしているようでした。
気がついた二つ目は、瑠璃さんは食事中ほとんど言葉を発しなかった、ということです。
ご主人様は、わたしにいろいろな質問を投げかけて、わたしはそれに答えていたのですが、瑠璃さんはその会話に参加せず、淡々と食事を取っていました。
そして誰よりも早く食事を終えると、瞳を軽く閉じて、わたしたちが食べ終わるのを静かに待っていました。
「ごちそうさまでした」の後、瑠璃さんは食器の片付けを、ご主人様は二階にある使用人室にわたしを案内してくれました。
このお屋敷は、食堂や応接室、書斎に執務室がある本館とは別に、厨房・配膳室など「メイドさんにおける戦場」とも言える別館があって、使用人室はこちらにありました。
ご主人様が、部屋の電灯をつけると、内装が明らかになります。
「わぁ……素敵です!」
小説の中の使用人室は屋根裏や地下にあって、狭くてみすぼらしい感じといったのが相場でしたが、ここはそうではありませんでした。
えんじ色をした絨毯敷きの部屋で、部屋の右手に大きなベッドが二つ横に並んでいました。それぞれのベッドの脇には机と椅子も用意されていました。
「瑠璃はいま、奥のベッドを使っているわ。使うのなら、手前のベッドね。荷物は、空いている戸棚に好きに入れて頂戴。それから――そうだわ、お風呂ね。使用人用のお風呂は別館の一階にあるから、好きな時に入って頂戴。具体的な場所や注意は瑠璃から聞いてくれるかしら?」
新しい環境を前に感動してぼんやりしているわたしに、ご主人様は矢継ぎ早に説明してくれます。
そして、「長旅だったから疲れたでしょう。今日はもうお休みなさい」と言って、部屋を出て行きました。……まるで旅路のお客さん気分です。
でもそれじゃあいけません。わたしはメイドさんで、ご主人様はご主人様。わたしはお金をいただく立場で、ご主人様はお金を払う立場。
明日から、わたしはしっかりとご主人様のために働くのです!
「どうだ、ここは気に入ったか?」
しばらくして瑠璃さんが戻ってきました。
「はいっ。お屋敷は綺麗で素敵で、ご主人様も優しくて……すごく気に入りました!」
「それは良かった。だがここでの仕事は、掃除洗濯炊事、お客様の応対、買い出しなどいろいろとある。それに朝だって早い。お前はこれまで、ろくに家事をしてこなかったんだろう? 明日からビシバシと鍛えてやるから覚悟しておけ」
まるで挑戦状でも突き付けるかのように、瑠璃さんはわたしを指差しました。
「う~……はい、頑張りますっ!」
「では私は失礼するぞ。まだ仕事が残っているから」
瑠璃さんはきびすを返して、部屋を出て行こうとして、
「あ、あのっ……何かわたしに手伝えることはないでしょうか?」
わたしは彼女を呼び止めてしまいました。
すると瑠璃さんは呆れたような表情をして、
「お前はまだここのメイドではない。ゆえにまだ仕事を覚える必要もない。先走りすぎだ」
「ご、ごめんなさい。つ、つい……」
「だがその心意気やよし。ただ……無理はするなよ。お前はここが初めての仕事場だと思うが、休めるときはしっかりと休む。それが鉄則だ」
「はいっ!」
「じゃあ、今度こそ失礼するぞ」
「あ、ま、待ってください!」
「……今度はどうした」
「自己紹介がまだだったかと思いまして!」
「そういえば――そうだったな」
瑠璃さんは漆黒のドレスの裾をつまみ上げて、深々と頭を下げると、
「私は、瑠璃。瑠璃・メルクレイリアだ」
簡単な自己紹介をしてくれました。
対するわたしは、
「わたしは七菜・レナルミカっていいます。ピロリアフィオナ出身で、働くためにサリスモニカにやってきました! よろしくお願いします!」
そう言って、ぺこりと頭を下げました。
「では、今度こそ――」
「ああ~っ、待ってくださ~い!」
振り返る瑠璃さんを再三とどめます。
「……今度はいったい何だ」
完全にあきれ顔です。
でもこれだけは聞いておきたかったのです。
「あのっ、ご主人様からお風呂があるって聞いたんです。案内してもらってもよろしいでしょうか?」
*
お風呂に浸かってゆっくりと体を癒やしたわたしは、部屋へと戻ってきていました。
浴槽は膝をかがめなければ入れないほどの大きさでしたが、そもそも実家のお風呂がそれくらいの大きさで、また石鹸やシャンプーも完備してあったので、贅沢は言っていられません。
瑠璃さんは部屋にはいませんでした。きっとまだお仕事中なのでしょう。
もう夜も遅いのですが、何をしているのでしょうか?
実家から持ってきたウサギのシルエットがプリントされたパジャマに着替えたわたしは、机へと向かいました。
故郷にいるお姉ちゃんへのお手紙を書くのです。
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六花お姉ちゃんへ
お元気ですか?
わたしは元気です!
無事首都・サリスモニカに到着し、さっそくお仕事を見つけることができました。
そのお仕事ってなんだと思いますか?
それは、なんと――メイドさんです!
驚きましたか? わたしも驚いてます。
メイドさんなんて、小説の中だけだと思っていたのに、このわたしがメイドさんになるなんて夢にも思ってなかったからです。
メイドさんって、とっても制服が可愛いんです。
色合いは白と黒で地味なんですが、フリルやレースがところどころに施されて、背中でばってんを描くひもはまるで天使の羽根のようで素敵です。
わたしが働くことになるお屋敷には、瑠璃さんっていう先輩メイドさんがいます。
かっこよくて美人で、しかもお料理も上手です。わたしも早くこんな風になりたいです。
それからお屋敷のご主人様は――
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手紙をしたためる手を止めます。
それからもう一つ。
気になっていることがありました。
ご主人様についてです。
十歳ほどと思しき女の子に瑠璃さんが仕えているのを見て、はじめはご主人様のことを「お嬢様」なのだと思っていました。
ご両親が出張か何かでしばらく屋敷を外しているのだと思いました。
――それが自然ですから。
でも――わたしが契約を交わしたのは彼女とであって、他の誰とでもありませんでした。
このお屋敷を所有しているご主人様は、年齢不相応な笑みを浮かべる玲櫻・ノルカワインデ・シャオズムレイネ様に違いないのでした。
ご主人様の不思議。
主とメイド、二人しかいないお屋敷の不思議。
わたしは――「魔法」の存在を思い浮かべずにはいられませんでした。
ご主人様は。
このお屋敷は。
「あなたにはなんだか不思議な力がある」、そうご主人様が口にしたのは――
魔法を捨てて、普通の女の子として生きると決めたはずなのに。
もしかして――
ちょっとだけイヤな予感がしました。
でも――それもある種の運命という奴なのかもしれません。
わたしは再び、ペンを動かします。
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――ご主人様は不思議な印象を受けますが、とても優しそうで、ここなら頑張れそうな気がします。
お姉ちゃん。
病気で病院にずっといるのは辛いと思いますけど、頑張ってください。
わたしはここで一生懸命頑張って働いて、お金を稼ぎます。
だからお金の心配はしないでください。
それからお姉ちゃんとの約束は絶対に守りますから、それも心配しないでください。
それではお元気で。
P.S. 今度、お屋敷とメイド服を着たわたしの写真を送ります。
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