カルテ33:中継点
「もしもし、こちらデア・サブマ診療所の佐野と申しますが、マリア先生ですか?わぁあお久しぶりです!お元気ですか?え?用件?・・・何だだっけ・・・・・・・思い出したら掛け直します」
『ピッ――』
電話を切って目をパチクリさせながらクルトと向き合う。
「で、何でしたっけ?」
「阿呆・・」
・・・・
・・・
・・
「あ、そうだ!あのですね――――――」
杏里は快活な表情で上空に浮かぶ飛行船の利用許可をインホスから促してもらえるように頼んでいた。
確かに上からなら規制をされる心配も無く、大勢の人間を一気に搬送できる。
「え~?飛行船を着陸させるために止めれそうなスペースですか?」
辺りをキョロキョロと見回すが、細い路地裏に合わせて商店街の店はほとんどが個人商店のサイズなので巨大な飛行船を止められるような広大な敷地は無い。
「クルト君、さっきのイリュージョンで建物消して」
「出来ねぇよ・・そもそもさっきの水もマジックじゃねぇし」
こそこそ声で電話先から喋るものの、クルトは呆れた声で応えた。それでも杏里は諦めずに辺りを見回して覚悟を決めたように表情を固める。
「わかりました。近場のビルのヘリポートを借りられようにします」
そういうと一礼して電話を切り兵士たちの方を振り返った。
「この中で歩行が困難な方はいらっしゃいますか?」
皆顔を見合わせて特に苦痛を歪ませる表情は無い。しかし、クラウだけが輪の外れで下腹部を押さえて居た。
「……大丈夫だ……俺に構わず早く皆を……」
波に呑まれた時の衝撃で傷口が開き徐々に衰弱が始まっている。このまま本人の意思を尊重して置いていけば確実に取り返しのつかない緊急事態へと陥るだろう。
「肩を貸そうか?」
クルトが上腕二頭筋を見せて手伝う事をアピールする。マッチョとまではいかないが日頃から商店街の中で様々なミッションを経験していて頼もしいものだ。
「この筋肉超特急なら安心安全だね♪」
杏里もグッドジョブのポージングで喜ぶ。しかしクラウの表情は晴れ無かった。
「…気持ちはありがたいが足に力を入れようとすると頭がふらついて上手くいかねぇ」
これでは肩周りを支えたとしても移動は不可能なのは言うまでもない。
「交代で背負うか?」
「…それだと兵達にも個人的な負担がかかっちまう……折角薬屋の嬢ちゃんが傷口を塞ぎかけてくれたのによう………」
先輩からの心遣いは部下である兵士たちにとってはとても心痛いものだった。自分たちは乱心して大人数で致命傷を負わせてしまったのに、クラウは誰にも深い切込みを負わせることなく争いを収束させている。心身ともに未熟な現実を叩きつけられて俯いた。
・・・・・・・・・・・・・
無力な沈黙は続き、裏路地は諦める空気が漂い始める。しかし一人だけ、白衣を着た女が上げた手に日の光は射し込んだ。
「ちょっと待っててください!」
杏里は急いで図書BARへ戻ると水に濡れた家具の中からガスコンロと密閉された袋を探し始める。
その予測不明な奇行に一抹の不安を覚えたクルトが顔を覗かせた。
「おい、今度は何をしようってんだよ!?」
「あ、ちょうど良い所に!火をつけてお湯を沸かしてもらっても良いかな?」
「あ?・・あぁ」
納得いってないが取り敢えずコンロの機能は生きていた様でお湯を沸かし始める。
「何だ?この火で消毒して傷口でも縫うのか?」
「う~ん、でもお酒だとちょっと麻酔効果が弱いかな?それに麻酔科の先生居ないし」
「・・・?じゃあ何で火をつけてんだよ!?」
「あ、あった!あった!!」
杏里が戸棚の奥から密封されているココアの袋を取り出した。
「アンタ、こんな時に・・みんなに振舞うためのか?」
「え?私が飲むんだよ」
鼻歌を歌いながら粉末をコップに居れる杏里にの様子を眺めながらクルトは握りこぶしにどんどん力が入って行く。
「うん、おいしそう♪」
その能天気そうな一言と香りを楽しんでいる表情でついにクルトの我慢線が切れた。
「おいっ!!外では怪我人が痛みに堪えながら俺等を待ってんだぞ!?あんたさぁ、こんな状態でココアなんて飲んで看護婦としての誇りは無いのかよ!!!?」
「・・・・・え?だから怪我人のために・・」
激しい剣幕をぶつけられて目は泳ぐもココアをすする作業を止めはしない。
「おい!何が怪我人のためなんだよ!説明しろ」
「・・・・・多分ポリフェノールが生きて届く所がみそだと思うんだけど・・」
『ダンッ―――』
「ふざけんなっ!!・・もういい、アンタには頼まない!!!俺一人でおぶって行く!!!!」
「いや私は真面目に」
「真面目にココアを飲むってどういう状況なんだよ!!?」
クルトは荒い鼻息吐き出しながらズカズカと建物の外へと歩き出した。
「あんなクソ詰んでる看護婦とこれ以上一緒に居られるかってんだ!」
図書BARに向けて舌打ちをしながらクラウの元へ近づくと意を決したような顔でしゃがみ込む。
「安心しろ、俺があんたをヘリポートまで連れてく」
「…どうした?呼吸が荒いぞ」
クルトの頭に血管が浮き出ている。只の親切心では無いという不穏な感情を悟ったクラウは全然乗り気では無かった。
「アンタのその体は早くインホスで診てもらった方が良い。あんな訳のわかんねぇ看護婦の傍に居ても拉致が空かねぇって」
「……つってもこの甲冑も合わせれば一人じゃ無理だ…」
成人男性の平均である60㎏に合わせて甲冑の重さが約30㎏。となると単純計算でクルトは一人で90㎏の重さを抱える事となる。
「俺はやるってったらやるんだ!」
グイッと力ずくで背に乗せると、ふんばり前を向く。
「ぐぅぬぬぬぬううぅうううううう」
『ドォオオン――』
歯を食いしばり顔を赤らめるも虚しくうつ伏せのまま倒れ込んだ。
「あらぁ~っ!患者さんをむやみに動かしちゃだめだよ!」
コップを片手に持った杏里が慌てて駆け付けると、クルトは申し訳なさそうに項垂れている。
「・・くそぉ・・」
「…だから置いてけって……」
クラウもこれ以上足手まといになる事は兵士としてのプライドが許さないようだ。
「大丈夫です!ココアをもう一杯飲みます!」
「いやだからもう飲むの止めろって!!」
『・・・????』
急に何かに憑依された様な飲みっぷりに周りは動揺している。
「おいっ!!!」
「落ち着いてください。私はココアを飲んで一息つく事で情報を整理しているんです」
温かいココアを飲み干して目を瞑った。目の中に映る情報の束で必要な物をどんどん集約させていく。
『歩行不可能な怪我人』
『甲冑の重み』
『魔法の様な勢いで店から溢れ出て来た水』
「――――なるほど!」
絡み合うパーツに導かれて目を開けると辺りを見回し入り口の脇へと走った。
「何か思いついたのか!?」
「はいっ!・・やっぱりそうでしたか!」
目の前の映るのは番が外れて地面に倒れたままの厚い木の戸。
「ドア?」
「この戸はあれだけの水圧を受けながらも元の形を保ったままの頑丈な造りで出来ているみたいです」
水圧を数字で表すと圧の大きさは速度の2乗に比例する。あの時、勢いよく吹き出した水は時速数十キロの速さだった。単純な話その2乗の水圧を受け止めても原形を留めたままの扉。
「これを担架の代用品ににして四方から持つ事で重さを分散させましょう」
「・・・・・・・・・」
「クルト君!私だって助けたい気持ちは一緒です。力を貸してください!」
「・・お、おうわかった!みんな手を貸してくれ!」
クルトの呼びかけに合わせて兵達が集まり戸を運び始めた。
「よし、1・2の3で乗せるぞ」
「「「せぇの、1・2の3!!」」」
頑丈な戸の上にベッドの様な状態になってクラウは乗せられ、クルトと比較的傷の浅い三人の兵がそれぞれ顔を見合わせ戸を持つ。
「では、不肖 佐野杏里が先導致します!ピッピ――」
手笛を拭きながら陽気に道案内を始めた。
「ピッピ、ピッピって・・。祭りは秋まで待ちなさい!」
兵士達にツッコまれながらも意外と順調に細道を進んでいく。
「あっ」
先頭の人間が目を丸くして止まった。
「ピッピ・・ぶっ!」
それに気づかないまま下がった杏里は壁に後頭部を打ち付けてうずくまる。
「痛ててて・・」
半分涙目で振り返るとその先は90°直角に曲がった道になっている。
「クランクか・・詰んでるな」
クルトが目を細めながらため息をついた。
クランクとは直角のカーブが二つ繋がった形状の道路の事で、目の前には細いクランクが何個も連なっている。
「これを担架で進むとなるとかなり時間が掛かるだろうし、最悪は幅の関係で通れなくなるかも」
「かと言って反対側の道に引き戻して大通りに戻るのもとてつもない回り道だ」
兵達が口々に不平を漏らしてがやつき始めて行動の浅はかさを責める声も出始めた。
「…おい、待て!この看護師も変態なりにも一生懸命考えてくれた結果だ」
事態の収拾をつけるためにクラウがその場をなだめて静かにはなったものの、この先の展望については誰もリードを取れずにいる。
「おい、姉さんどうすんだよ!?」
クルトが周りを刺激しないようにヒソヒソ話で杏里へと語りかけると、彼女はポケットから先程飲んだココアの粉末を取り出して飲み込み始めた。
「えぇ!?ココア飲む隙は無かったでしょ!!?そこまでして摂取したいの?」
「ゲホ、ゲホ・・だから言ったでしょ、私はココアを飲む事で情報を整理するんです」
『騎士団一行の前に現れたクランク』
『反対側の道は大幅な遠回りなので裏通りから表の大通りに出たい』
『水責めの衝撃にも耐えた丈夫なドア』
・・・・
・・・
・・
「…俺の事は気にすんな、壁にぶつかっても良いから先を急ごう」
オルグリオに遅れを取りたくはない焦りからか?クラウは自分の身を犠牲にしてでも進もうと傷口を手で押さえて先を見据える。
「待ってください!」
杏里が担架の前に立ちはだかり緊急停車させた。
「んだよっ!?危ねぇだろ!!?」
これにはクルトは勿論、他のメンバー達も怒鳴りを入れる。
「すいません。でも、この状況を打破する方法を思いついたんです」
「あぁ!?」
『――コンコン』
杏里はクランクの中の塀を軽くノックした。
「この材質の塀ならアスファルトよりも柔らかいので強い衝撃で破壊できると思います」
「・・とは言っても、体当たりは甲冑を着ていても危険だぞ?」
「はい、ですのでこの戸を使ってぶつかるんです」
均等な速度と圧力でぶつかる事により衝撃のベクトルを和らげる方法を提案している。
「……よし、やろう」
「隊長、相手は看護師。一般市民の思いつきですよ?」
「…それしかねぇよ。現に誰も打開策を思いつかねんだ。これに懸けてみるしかねぇだろ」
杏里も得意そうに咳払いをした。
「そうですよ!それにこの塀を壊した修繕費はどうせ税金で賄われるんだから、成功しようが失敗しようが私の給料から出るようなもんでしょ?」
痛いキャラと小馬鹿にしていた奴から逆に痛い所を突かれてしまった。ちなみに騎士団の作業は国のための公務に当たるので彼等は全員が国家公務員の扱いとなる。
「…決まりだな」
クラウが仲間たちの肩を借りてドアから降りた。万が一このドアが壊れてしまえばクラウとしても一貫の終わりである。
大通りに出るといくつかの十字路を横切る姿は非常にシュールであるが流暢な事は言ってられないのだ。
「さぁ、さぁ、こちらのビルに話は通してあるらしいですよ」
杏里たちが目指すのはヘリポートを確保している高層ビル。
「げっ、此処は!!」
クルトが驚いて担架から手を放してしまった。
「おい、いきなりなんだよっ!?」
他の兵達によってギリギリの所で担架のバランスは保たれたが彼の様子は未だぎこちない。
「クルト君どうしたの?」
「すまない、ちょっと電話をしなくちゃいけないんだ!悪いけどここで待っててくれ!」
「あっ、クルト君!?」
制止を振り切りクルトはビルの蔭へと走り去ってしまった。
呆気に取られたままの一同に残された選択肢は取り敢えず待ってみる以外無い。
「…何だアイツ!?急に様子が変わりやがったな……」
「多分便意を催していたんだと思います」
「……あれか?恥かしくて…思春期か!!?」
向かい側のビルにはノルン達が張り込み、朱异の監視をしている。
「私の占いなんか無くても少しでもおかしなマネをすれば殺せるのにな」
「しかし、アイツも人間だよ。人権というものを保有していることを考えると我々が簡単に奪って良い物では無だろうノルン?」
『ルルルルル―――』
「ん?携帯か。もしもし?」
「あ、マスター?クルトですけど、今マスター達が監視しているビルの真向かいに来ているんですよ」
「はっ!?何でそんな事に!!?」
「『何で?』って聞かれると長いんだよ。ボランティアからの戦いからの水責めからのキチガイ看護婦からの―――」
「待て待て、キチガイなのはお前の方だろ!?大分話の脈絡がぶっ飛んでいるぞ!でもそれを察するに全部を聞くには長くなりそうだな・・今大丈夫なのか?」
クルトは隙間から杏里一行を眺めた。みんながじれったそうに自分の帰りを待っている姿を見る限り武勇伝に浸っている時間は無い。
「あぁ・・大丈夫じゃねぇわ・・・でも、こっちも一刻を争う事態なんだ。最悪の場合、通っちゃいけない場所とか会えばまずい奴ってのは居るのか?」
「・・うむ。よし、いいか?十階のフロアに居る朱异という男には絶対に会うな。そいつが今回の尾を引く黒幕だ」
「十階の朱异だな!了解した」
バレる前に早々に電話を切ると急いで輪の中へと戻って行った。
「悪りぃ、悪りぃ!急な電話に手間取らせちまったよ」
「クルト君そう言って本当は大きいのしてたんでしょう?」
「アンタ絶対彼氏いないだろ」
「”絶対”では無く、”超絶”いないんです!」
「・・いや、いないに変わり無いじゃねぇか。むしろ”超絶”の方が響きのイメージ悪いよ」
予想を上回る言葉のキャッチ力に矢沢先生や瑠唯に次ぐ良いツッコミ役にも適任しそうだが、こう言い合っている間にも疲弊した兵達の手はプルプルと震えている。勿論震えているのは一般兵だけでは無い・・。
「…おいお前たち、乗せてもらっている身分で言うのも恐縮だが此処での立往生はとてつもない辱めだぞ……」
普段こういう介助をされる経験が無いクラウにとってはまるで何かの罰ゲームの様な生き地獄だ。
「良し、取り敢えず善は急げだね♪あ、でも早食いはダメだよ!!・・ぶふぅっ!喉に引っ掛けるから・・ぶふぅっ!」
「アンタ、善と膳をかけての自爆とか?ヤバいよ、訂正しろ!」
冷めたクルトのツッコミですら通りかかる一般人達の目からすれば非常に異端な集団の一部にしか見えない。
「くそう、みんな痛い目で見て来る・・責任とれよ杏里」
・・・・・・・
振り返ると其処には誰も居なくなっている。
「クラウさん、体調に変化は有りませんか?」
「……あぁ、何とか大丈夫だ。先を急ごう!」
どさくさに紛れて杏里がクラウの方へと周った事でツッコんだままのクルトはショボイ離れ小島に取り残されてしまった。
「・・・・何なんだよ、俺がスベったみたいなこの空気」
ボソっと語る青年をよそに杏里は再び先頭に立ちビルのてっぺんを指さす。
「よぉし!皆さん、あともう少し。頑張りましょう!!」
「「「うぉおおおお!!!」」」
「いや、おかしいだろ!?その美味しい所だけ持ってく感じ・・お前絶対食パンの耳は飼い犬とかに押し付けるタイプだったな!!」
スベったままの生贄は犠牲となった自身のレッテルに対して『俺ならもっとやれる!!』と言いたそうに自分の持ち場へと戻った。しかし杏里にムキになっている時点で同レベルなのだ。
・・・・・・
・・・・
・・・
・
「あぁ、緊張するな・・」
大きなロビーのフロントを任されている美人受け付け嬢は一回ため息をついた。インホスの方から救急搬送に関する申請の連絡を受け、再度段取りの確認をしているところだ。
日々、大企業の接遇をこなしているわけだから案内自体はお手のものだが、わざわざ緊急を要してヘリポートを借りに来るくらいなのだから間違えなく患者の容態は深刻な状態なのだろうと。
(吐血とか、痙攣とかしてたら恐いなぁ・・)
気を落ち着かせるためにもう一度緊急マニュアルに触れた傍から何やら自動ドアの先で大勢の騒がしい声が聞こえてきた。
「わっしょい・ピッピ!わっしょいピッピ!!わっしょいピッピ!!!」
・・・・・・・・・・・
「・・・・え?」
白衣を着た先導の掛け声と共に半開きの自動ドアから担架に乗った病人が運ばれて来た。受付嬢が予想していた救急搬送の展開と全く違い、これはこれで予想だにしない緊急事態である。
「おいさのやぁああああああああ!!!!」
エッジの効いた方向転換をかけて担架を90°回す。
「すいません、エレベーターをお借りします」
「は、はいっ!どうぞ」
皆で一礼をすると一直線に進み出すがここに来て新たな問題が起きた。
「杏里・・」
「え?どうしたの?童貞のクルト君」
「っるせぇぞクソババァ!!・・って、そう言いう事じゃなくてこのエレベーターの面積に担架のサイズが合わねぇから入らないぞ?」
「あらら・・」
本物の担架なら上手く入ったかもしれないが、人ん家のドアとなると話は別で想定外のニアピンに一同の足が止まる。
「どうする?ここから担ぐか?」
「う~ん、でも出来ればクラウさんの身体への直接的な振動や刺激は少ない方が良いな」
「でも、それならドアをぶった切るくらいしか・・・」
此処まで来たからには今更後には引けない。役立ちそうな物が無いか杏里は辺りを見回すと他の来賓たちが一服しているエリアが目についた。
「あ、あんな所にドリンクバー!」
オフィスの端に置かれている来賓用のドリンクバーへと走って行く
「おい、こんな時にどこ行こうってんだよ!!?」
「ちょっとココアタイムです!皆さんは今の内にトイレによるトイレのためのトイレを済ませておいてください」
「そんな絞ったら脱水症状を起こすわ!」
・・・
・・
・
サラリーマンに混じってボタンを押している本人に地味なツッコミなど既に聞こえちゃいない。
『エレーベーターに入るサイズ』
『クラウさんが動かなくても良い状態』
『オフィス内で用意できる物』
喉を流れ行くココアと共にいつもの様に必要なデータをどんどん整理していった。
(そもそも此処に来る業者さん達はどうやって大きな荷物を上の階へと運搬しているのだろう?)
・・・
・・
・
「あっ!」
杏里は目を見開くと急いで受付嬢の元へと走って行く。
「すいません、備品庫ってどこですか!?」
「はい?そこの角を右へ曲がったところですが・・」
「ありがとうごいざいます」
一礼すると一目散に角を左に曲がろうとする姿がクルトの視界に入った。
「いや、逆だし・・一体何すんの!?」
「フフン!すぐに戻りますので皆さんは今の内にトイレとか食事とか睡眠を取っておいてください」
「お前、備品庫まで何日がかりで行こうってんだよ・・?」
結論25秒で備品庫へたどり着きガラガラと音を立てながら戻ってくる。
「お待たせしました!」
「台車?」
杏里が押して来たのは什器やダンボールを運ぶ時に使うスタンダードな形の台車だ。
「これなら運ぶ方も運ばれる方も少ない負担で屋上まで行けます」
「でもこれって人間を運ぶ物では――」
「クルト君!」
何時に無くシリアスな視線に皆思わず息を呑む・・。
「担架の代わりに使っていたドア自体が既に人間を運ぶ物じゃないよ・・」
「「「た、確かに!」」」
兵士達は納得して頷いている合理的な場面だが、事情を知らない周りの人間達からしてみれば、ドアに人を乗せナースが台車を押しながら熱弁しているシュールな光景だ。
「大事なのは患者の負担を最小限に抑えて運ぶ事だとすれば、形に捕らわれてはいけません!」
『そういう言葉を待ってました』と言わんばかりに珍しくクルトが食らい付く。
「アンタにしてはたまにはいい事言うじゃねぇか」
「どうも・・取り敢えず善は急げです、行きましょう」
「おう、早食いには気を付けないとな!!ハハハ――」
「・・・・・・・・・・・え?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「――――そのココアを喉に詰まらせてしまえ!」
まさかのスカしに鯉の様に口をパクパクさせて唖然とした。
・・・
・・
エレベーターに乗り込み数十階上の屋上を目指す姿を朱异が知りえない訳がない。
「ふふ、此処は私の経営しているビルなのですよ?」
・・・・・
・・・
『RURURUURURUR♪』
向かい側のビルでライフルを向けて監視を続ける二人、再びマスターの元へ携帯電話がかかった。
「今度は誰だ?おや、登録該当者無しだな・・はい、もしもし」
「貴方が裏ギルドの立役者ですか?」
聞き覚えの無い声にマスターは首を傾げる。
「さて、失礼ですがどなた様でしょうか?今少々取り込んでいる所なんですよ」
「勿論知っていますよ。向かいのビルを御覧なさい」
――――嫌な予感がした。予想が的中しない事を願いながら恐る恐る高層ビルを眺めると携帯電話を片手に握りしめてこちらを見ている朱异の姿がった。
「この電話はまさかアンタ」
「お初にお目にかかります、朱异と申します」
「・・・気付いていたのか!?」
「えぇ。最初から皆さんの情報は流出していました・・フフフ」
隙だらけのなのにどこやら余裕さえ感じさせる流暢な発音が鼻に突く。
「好きな事を喋り倒しやがって!!」
マスターは携帯を握ったまま急いでライフル銃を構えると朱异は逆にそれすらを食い殺すような眼つきで二人を睨みつけた。
「私を撃ってもよろしいのでしょうか?このビルに商店街で出た怪我人を乗せたエレベーターが在るのですが・・」
間違いなく今クルト達が乗っているやつだ。横でノルンが異変に気付くもマスターは携帯を放せないまま黙って話を聞くしかない。
「このエレーベーターを動かすのも止めるのも全て私に権限があるのです」
「一体何故・・目的は?」
「私と取引をしませんか?」
ガラス一枚の仕切りで映るのは白衣を着た悪魔、捩じらせた笑みがくすんで反射した。




