カルテ34:交渉
「取引とは何ぞや?」
「単刀直入に言いましょう・・単純な話、このままお引き取り頂きたい。ただそれだけです」
もっと複雑な事態を予測していた割に明快な要求で多少の拍子抜け感がマスターの耳をぐるぐると駆け巡る。
「・・本当にそれだけか?」
「えぇ、そうですよ。ちなみにこのガラスは防弾仕様で出来ているので貴方の持っている銃が通常の銃砲店の物だとするなら何の意味も持ちません」
朱异は満を持してコンタクトを取りに来ていた。半ば遊ばれているのかもしれない。
「完全に分が悪いのは俺達なのを知っていて交渉を取り付けようとしているのか?」
「この場では我々の方が優位ですが場所や状況が変われば貴方はいずれまた牙を剥く。私が言った『このまま』というのはこれから先を意味しているんです」
つまり、これからの日々で朱异の行動にギルドは関与しないという制約を求めてられていた。
「朱异先生、あんたはそんな条件を付けてまで一体何を企んでいる!?」
「企んでいるとは人聞きの悪い。私は今後のエレオスブルグの発展を願って医療開発に準じているだけですよ」
「だったら堂々と研究すれば良いじゃないかっ!」
「その度に我々は貴方たちギルドメンバーに干渉されては邪魔を受けなくてはならない。非効率的なんですよ」
これが初めてじゃないとでも言いたそうに電話先の朱异の声は荒々しくなって行く。
「いや待て俺達がいつ国のためになる医療行為を邪魔したというんだ!?」
「その研究のための逸材の確保を邪魔して医療の発展を妨げているではないですかっ!」
「逸材の確保?あれは誘拐と殺人以外の何物でもないだろう」
朱异は毎回身寄りのない子の中で魔力を持った子を引き取っては研究の被験体として価値を見い出していた。
「発展には多少の犠牲はつきものです。多くの国民の命と、放って置いてもいずれは消えゆく一つの命の重みの差は歴然でしょう」
「だからって金の力で罪の無い子供を葬るのは医者としての倫理に引っ掛からないのか!?あんたのモラルはどこに或る!!?」
「――モラルは結果で示しましょう。このまま神々の守護を受けた者達の力を最新医療に持ち込めれば奇跡の治癒が可能になり、エレオスブルグだけでは無く世界中の苦しむ患者を救える。夢まであと少しなんです・・」
最もらしい発言にマスターの心も苦しみ境地へと追いやられるが、それで死んでいった子達の魂は納得してくれるのだろうか?
「待て、死んだ子達に何の花向けが出来る?彼等は帰って来ない」
「じゃあ貴方はこの街の飢饉に苦しむ子達全員を救えたというのですか?」
「・・いや救えていない」
孤児院、教会など養護施設に送れる数には限りもあれば、ボランティアと募金の支えられている部分が多いので思い通りに事を運べていないのが現状だ。
「ほら見なさい!詭弁を重ねた所で何の解決も出来ていないまま物事の結論を遅延しているのは貴方達の方ではないのかね?」
掬い取ってあげられず終わった命がトリガーに重みとして圧し掛かり、マ一言放とうとする度に緊張が迸る。
残酷な事実をぶつけられて何も出来ずにいる姿は重病を告げられた家族の様だ。
「・・結果、結果と先生は言うが、その研究結果は明るい未来を約束出来るのか!?出来るというのならこの場は引き下がろう」
「では――!」
「しかし、先生の夢の様な医療では世界中の人は救えない」
「―――?どういう事だ!?」
「特殊な力を使った治癒は魅力的だが、いずれ応用して軍事目的に使う輩が現れる」
この国が行ってきた失敗、そして他国が今でもまだ繰り返している惨劇。
「そんな事を言ったら何を言っても話は進まないだろう!?それに、軍事目的に彼等が引き取られる前に私達が使った方が絶対ためになる」
「だから信用出来ないってんだ!『使う』ってなんだ!!?」
「・・・・・」
「精神論かもしれんが、医者に必要なのは知識や腕だけじゃない。人を救いたいと思う暖かい真心じゃないのか!?」
大学病院は矢沢先生が以前に皮肉を言った通り、VIPが患者様として来院している。きっと量産は簡単では無い以上、助かるのは一部の金持ちだけだ。
「ハハハハハハ――」
マスターの携帯に『キィイインッ』というノイズと小馬鹿にした高笑いがハウリングして耳を不快感で犯す。
「何がおかしい!!?」
「はっ?真心?それがどうデータに反映される!?」
「じゃあそのデータはどう反映される?金か!?VIPから得られた報酬と引き換えに誰か死ぬのか?」
「やはり貴方は何もわかってはいない。結果が出て収益を得られれば研究費用が増額され、いつか量産普及出来るくらいの製造に辿り着ける。単細胞の如く今だけを見ているだけじゃ何も進みやしないんですよ」
どちらかが一方的に間違っている訳では無いからこそ、平行線のまま合理的な終局へは結ばれない。
もしかしたら朱异の言分が人類の安息には速戦的な近道なのかもしれない。それでも、ギルドを立ち上げたからには街の信念を通す意地がある。
「――アンタ子供は居るか?」
「・・話をすり替える気ですか?」
「いや、先程の話は先生の意見も一理ある事は認めよう。しかし、自分の子供が同じ目に遭ってもそんな合理的な言葉で割り切れるものなのかい?」
「・・いえ、割り切れはしないでしょう。だからこそ私は此処までの地位を築いた・・周りのビルを御覧なさい」
言われた通りマスターは周りを眺めると天空まで届きそうな高層ビルが一面に立ち並び、改めて時代に沿った街の進歩が伺える。
「このビル群がどうした?」
「昔から続いていた魔法や剣士の社会も大分薄れて、今ではエレオスブルグも経済都市国家として近隣国を吸収しながら勢力を拡大しています。力や能力も扱うには資本が重要視される時代なのですから私は此処までの地位と財力を確保してきた。それが餓鬼や奴隷売買を回避して家族を養い民族を救う手立てになると確信しています」
今、朱异が立っているこの建物は彼にとっての真心の形、それが本人の言分だ。
「このビル群を再び瓦礫の山に変える気か?」
「時代は変わったんですよ。それに本題に戻りますが今の貴方達に断る権利はありません。彼等は既にエレベーターに乗っているのですからね」
「――っ!アイツらに手を出すなっ!」
「私だって手荒な事はしたくない。ただし時として大人というのは苦い悪役を演じなければならない時もあるという事です・・・さぁ、どうします?」
早急な結論が求められマスターは息を呑む。
・・・・・・
民族を殺すか?仲間を見捨てるか?
・・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「・・・・・わかった、この場所から引こう。だから彼等には何の危害も加えるな」
「ご協力感謝致します」
静かに電話は切られたのだった・・・
「・・ふぅ」
マスターは表情筋が強張ったまま無機質なロボットの様に携帯電話ををポケットにしまう。
「どうした?カチコミに行くのか!?」
鼻息を荒くして立ち上がるノルンを余所に大人しく銃の弾を抜き、ケースへとしまう。
「お、おいっ!」
ノルンが賛同できない表情で慌ててマスターの肩を触る。
「アンタ、大人しく引き下がるって言うのかよ!?」
「あのビルには人質が居る。此処は一旦引き上げるぞ」
状況がイマイチ掴めないまま、淡々とほぐした銃をケースに入れて出口へと歩き出す背中を見せられて渋々と重い腰を上げた時の事だった。
『ドクン―――』
「―――っ!?・・何だこの胸騒ぎは」
「どうした?」
鼓動の示す方角 ノルンは急いで所定の位置へと戻りギリギリの所から朱异の部屋を覗く。
「追いノルン。もう、交渉は終了したんだぞ?」
「マスター、銃は未だしまわない方が良い気がするんだ」
「どうした、先生の罠にでもハマったか?」
「いや、逆だ・・先生の安否に胸騒ぎがする」
目先のビルでは朱异が満足そうに高級そうな椅子に座り何やら電話で別の人間と話を始めていた。
「見た感じ何ともないが・・セキュリティーも完璧だしな」
「けど・・こんくらいアンテナが働くという事はきっと何かが起こる前兆だ!」
首を傾げて半信半疑でビルを眺めるマスターを残して猫の様に逆毛だったノルンはギターを手に取って演奏を始める。
『♪♪♯――』
(頼むノエ、早く出てこい!)
朝一でノエを召喚した分、残された精神エネルギーはブレてノエの意識に中々コンタクトを出来ずにいた。何かが起きる前兆の焦りに苛立ちは増すばかりである。
『――パチンッ』
精神統一が空回り、緊張の糸と共に玄が切れるという嫌な音となって屋上に響いた。
「くそうっ、何だってこんな大事な時に・・」
これは決して玄のメンテナンス不足では無く、ノルンの能力に玄の耐久力がついて行けなかった結果である。
「落ち着けノルン、様子を見よう」
爪を噛みながら運命の流れを傍観する事にした。
「なぁマスター、アンタ等さっきから大分熱弁してたみたいだけど、朱异とかいう野郎は本気でこの国を変えるつもりなのか?」
「あぁ・・研究とやらが成功すれば劇的に変化するだろう。問題はそれが繁栄なのか破滅なのか?という事だ」
「・・きっと破滅だろうな・・占わなくてもわかるっての」
・・・
・・
・
『チン――』
一階にて台車に乗ったシュールなクラウ一行を待たせていたエレベーターは全員を乗せようと口を大きく開ける。
「あっ!」
エレベータに負けじと杏里も突然大きく口を開けた。
「どうしたんだよ!?」
「私としたことが、路地裏に救急箱を置いて来てしまいました」
ココアによるインスピレーション作業から先導に至るまでの過程で完全に頭から抜けていた事に今更気付く。
「私取って来ますので先に行ってて下さい」
「お、おい」
「話は通って有りますので大丈―――」
中途半端な所でエレベーターのドアが閉まった。再度開かずに上へ動いた所を見ると、杏里の意見を了承してくれている。
「――さ、私も早く取って来ないとっ!」
急いでロビーを走る杏里の横を国王軍の軍服を着た男が横切った。
(クラウさんやプラクシスさんと同じ服装だ。しかも隊長さんのバッチをしてる・・きっとみんなの事を探しているのかな?)
直感的に伝わってくる人外なる気配、紅く染まった眼球・・今までの隊員と全く雰囲気が違い、話しかけずらい空気感を漂わせているものの知らんプリも出来ない。
「・・あ、あのっ・・・もしかして、人を探していますか?」
人を見かけて判断してはいけないと、恐る恐る話しかけた。
「……あぁ、そうだ・・知っているのか?」
振り返り、聞き取るのがやっとの声量で喋る男の質問に杏里は慌てて上を指さす。
「屋上で待ってますよ!」
「そうか、礼を言う」
男はぶっきらぼうに語るとエレベーターへと歩き出した。
「ふぅ・・」っと胸を撫で下ろすと杏里は急いで外へ出る。すれ違った男のバッチがオルグリオのIDであるとも知らずに・・。




