カルテ32:搬送
爽やかな昼下がりに似合わない奇妙な光景に二人は出くわしていた。
「怪我人ですね、私にはわかります!」
「杏里さん、それは今こちらの方が仰ったんです!貴方に高性能レーダーの搭載は求めないので、せめて普通に生きてください」
「瑠唯君、これが私にとっての普通です!早く診察を!!」
「・・・・(ため息)・・はい」
二手に分かれて次々と店前に横たわる怪我人の身体を見て回る。最低限の救急キッドしか持ち合わせてない以上、十人を越える量の傷が重傷であれば手の施しようが無い環境に二人は祈るように患部を診てまわった。
「・・ん?これは――」
「どうした?」
瑠唯の食い入る目付きにプラクシスも毅然としては居られない。
「鋭利な刃物による深い切り傷の痕が見受けられますが、出血性ショックを起こす前にその傷口が既にある程度塞がっています。血も止まっているし・・一体誰がこんな的確な処置を・・?」
目の前の奇怪な異常現象に瑠唯は首を傾げていると、帽子を被り直したクルトが前へ出て来る。
「その傷は教会のリアンっていう薬剤師が診たんだ」
「え?リアンちゃんが!?」
友人の名前に杏里は興奮した表情のまま犬の様に聞き耳を立てて反応を示した。
「あぁ・・何だ?アンタは知り合いなのか?」
勢いに押されて社交辞令の質問に逃げたクルトに対し、杏里は得意そうに自身を指さす。
「知り合いも何もマブですよ!マブとマブで瞼友達ですね」
「杏里さんそれを言うならマブダチです。瞼友達って何か皮膚移植のドナーみたいじゃないですかっ」
「……取り敢えず、あの女も名ばかりじゃ無かったって事だな」
クラウは狐に抓まれたような顔で苦笑いを示した。片手には床を溶かす薬を持っていた女なのだから性が無い。
「でしょうっ?リアンちゃんは薬剤師総選挙があったら絶対一位に決まってんだから!!」
「……まぁ、今はあの女の事は良い…それよりも急がないと隊長が…痛てて……」
反射的に下腹部を押さえるクラウ。やはりあれだけ派手な脱出を行ったのだから相応のダメージは時間と共に拡がり、興奮による天然の痛み止めを分泌していたアドレナリンの消耗と同時に痛覚は敏感になってきた。
杏里は心配そうにクラウの額の熱量を調べたり、痛がっている部分に薬を塗り込む。
「”たいちょう”とは体調が優れないのでしょうか?」
「…違ぇよ…隊長が……」
「?????????」
ニュアンスの違いに頭が混乱している杏里を見兼ねたプラクシスが眼鏡を掛け直して振り向いた。
「クラウが言っている隊長とは我々の部隊を統括しているリーダーの事だ。この惨状はオルグリオ隊長が乱心を起こして招いた結果で在る以上、我々は彼を速やかに逮捕する義務がある」
説明もそこそこに彼は服のしわを伸ばすと路地裏の出口が見える方面へと足を動かしデア・サブマの二人を唖然とさせる。特に瑠唯は前へ出て制止した。
「無理です!皆さん深手を負っているんだ。そんな強敵を相手できる状態では無いですよ」
「大丈夫だ彼等に関してはインホスに連絡はしているから直に此処へ来るだろう」
「いや、貴方だって無傷とは言えない状況じゃないですか。医者として行かせるわけには・・」
「・・・・・・・・」
ピリピリした険悪な空気、患者たちの傷口を消毒していた杏里が二人の間に割って入り瑠唯に微笑む。
「瑠唯君、行ってください・・」
「え?」
「インホスが来るまでの対処は私がやります」
「杏里さん・・」
「ひとりでできるもん!」
笑顔でガッツポーズを決めた杏里をクルトは軽く引いた眼差しで見つめた。
「姉ちゃん、ホントに看護師なのか?」
「ほ、本当に美人看護師ですよっ!なんで!?」
「この時代にガッツポーズとか・・何て言うか、詰んでますよ?」
「待ってよ!じゃあ、どうしたら信じてくれるの!?」
「・・取り敢えず何か業界の”医療あるある”的な話とか」
いきなり大海原へ投げ出されるくらい大雑把な選択肢を迫られて慌てて思い出そうとすると、余計に変な記憶ばかり蘇る。
「う~んじゃあ、右隣の家のおじいちゃんにインプラントを造った時の逸話と、左隣の家のお婆ちゃんにインプラントを造った時の神話と、向かいの家の子のラジコンヘリを爆破しちゃった時の話、どれ聞く?」
「まず、すぐに向かいの家の子に謝れ!言っとくけど今のアンタ、あの薬剤師よりヤバいからっ!」
そもそもインプラントを造っている時点で看護師の域から脱していた。
「ほほう、も~うしょうがないな。これが目に入らぬか!!」
紋所風に名札の中に入れてあった看護師免許のコピーを差し出す。しかし何故か中心軸から左の顔が途切れてしまっている。
「いや・・何このアニソンのジャケットっぽい写真」
「まぁ、四武谷センター街の広告塔を意識したセンセーショナル演出だったんだけどね」
「馬鹿げてる・・」
「じゃあ、どれくらい馬鹿げてるのかをこのフリップボードで説明して見せて」
「あぁん?良いか、自然数に関する命題 P(n) が全ての n に対して成立することを示す場合、あんたの造ったインプラントが素因数で・・・って何やらせんだよ!!」
クルトは勢いよくフリップボードを地面に投げつけた。完全に杏里のペースに乗せられてしまっている恐怖、如来の掌で空飛ぶ孫悟空みたいな状態。
「ゴホン・・」
戯れの終了ブザーを知らせるためにプラクシスが咳払いをすると無音の威圧感で辺りが静まり返った。
「取り敢えず、こうしている間にもオルグリオ隊長がテロ行為をしでかすもしれない。俺はそれを阻止する義務があるので行かせてもらうぞ」
国家の維新の前で杏里の痺れを切らしたのかプラクシスが尚時間惜しそうに一人で歩き出す。
「待って、僕にも同行させて下さい!」
丁度治療が済んだ瑠唯が何時に無くシリアスな眼差しを向けながら急いで立ち上がった。
「悪いが賛成は出来ない。相手は武器を持たない民間人に斬りかかろうとした男だぞ?」
「だったら尚更一人では行かせられません。相手が通り魔の類なら尚更早急な治療を必要とする市民が出る可能性もあります」
「アンタ自身が治療出来ない状態になるリスクが十分にあるって言ってんだ」
「それは此処に居たって同じ事です。動くリスクと黙っているリスクなら差は歴然ではないのでしょうか?」
情熱的な瑠唯のアピールに心揺らぐプラクシス。答えの確認に兵達の山へ視線を流すと、その中でクラウはそっと頷いた。
「・・・わかった。だが無理はするな。隊長クラスが相手となるとアンタを庇っている余裕は無い」
「はい・・・」
瑠唯が杏里を見て頷くとすぐさまその背を付いて行った。
「・・杏里さん、後の事は」
「わかってます。お気を付けて!」
木綿のハンカチーフを握った手を振って見送る杏里の隣にクルトが鼻を擦りながら残っている。
「・・・あれ?君は行かないの?」
「・・あぁ、あんた一人残したままじゃ心配だからな」
「きゃっ♡」
片方の掌で赤らめた顔を覆いながら、もう片方の指でクルトの腕をツンツン突っつく。
「・・んだよ!?」
「か弱い乙女フラグを突かれちゃいました」
「違う、アンタがイカレた処置をしないように見張るんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
杏里が拗ねてふくれっ面になったままクルトを何とも言えない表情で見つめる。
「ジロー」
「・・な、何だよっ・・闘るってのか!!?」
急にもの言わなくなった相手に不気味さを感じるクルトが冷や汗をかいたまま構える。未知との生物に遭遇した時と同じ対処法だ。
「おい、杏里とか言ったな・・大人しく処置したら今までの変な言動も水に流してやるよ、アンタの体格は喧嘩向きじゃないだろ?」
彼の動揺に振りに精神的な焦りをプロファイルした杏里は急に何かを呟き始める。
「……ボソ…dまspmhhdぃ……ボソ…うおwfhse………」
それは微かに、静寂の中でやっと聴こえる程度の小さな声で呪文を唱えた。
「おいっ!今の何だよ!?お前俺に何をした!!?」
「イヒヒ・・古より伝わる暗黒魔術を唱えてみました!さっ、消毒と包帯巻きの続きをしなきゃ♪」
「『きゃ♪』じゃねぇよ!俺はこれからの日々を今の謎な魔術に怯えながら生きていかなければならないのか!?人生これからが長いんだぞ!!!」
必死になって呪いを解こうとするクルトを嘲笑いながら杏里は近づいて妙な顔を見せる。
「あ、早速呪いかな?何か貴方の帽子から異臭がします」
「これ(この臭い)は俺んじゃ無えよ!人のデリケートな側面を抉りやがって、絶対魔術教会に訴えてやる!!」
ビシッ!っと差し出す指先には陽の光が射した。
・・・・
・・・
・・
「一応縫うための針も持ってきているのですが、今は瑠唯先生も居ないし菌感染の恐れもありますのでここでは止めておきましょう」
”ビシッ”と差し出した手にスルーを決め込む高等テクを駆使していつの間にか彼女は兵達の患部の傷口を包帯で巻いている。
「おい、お前!人に呪いをかけておいてシカトとはいい度胸だな。解呪剤あるんだろ!?本当は持っている上でからかってんだろ!!?」
「いえ、解呪剤は有りません!」
断崖絶壁からの落下、クルトの顔がどんどん青ざめていった。
「――嘘だ・・・嘘だと言ってくれ!!!」
「はい、嘘ですよ!初めから呪い何てかけてません。だから解呪剤も存在しないのです。看護師が病人を増やしたら本末転倒ですもの」
マジックよりもはるかに簡単で安い嘘、都会の怖さを身に染みて感じる。
「うぬぅうぅうう・・・からかいやがって!ただじゃおかねぇ!!」
「あぁ・・でも、帽子の異臭は本当です」
午後の日差しに照らされながらクルト青年は痛々しい気持ちで目元を手で押さえた。
「・・・何気にそういう所デリケートなんだぜ!」
「バリケードなんて破ってナンボですよ」
韻を組ませて喋りながらも最後の一人の患部に包帯を巻き終わると救急キッドの蓋をしめて立ち上がる。
「ふぅ、出来ました!」
「・・なぁ、アンタは何でこんなとこを歩いてたんだ?」
「え?」
「普通、医者や看護婦さんが歩くところじゃないだろ?」
確かに此の路地裏に住み着くのは店を構えている連中とノルンの様な浮浪者ぐらいだ。
「私達は中心街へ行く予定だったのですが、占い屋さんに会って今日の記念式典に怪我人が出ないか診てもらうつもりだったんです・・・あれぇ?そういえば居ない」
「あぁ、ノルンさんだったら此処には居ないぜ」
「居ないの?」
「うん。それこそ仕事で中心街へ行ってるはずだ」
という事は結論として杏里もこの手当がひと段落着いたら再び中心街へ向かう必要がある。
「ねぇ、君は――」
「クルトだよ」
「クルト君はノルンさんと仲が良いの?」
「ん~まぁ、友達って程でもないけど・・普通に喋るくらいなら・・・」
「じゃあノルンさんが今どこに居るかってわかるかな?」
クルトは帽子を深くかぶり直して首を横に振った。
「悪いけど、それは出来ない」
「え?何でさぁ?」
「さっき言った通りノルンさんは仕事中だから邪魔するわけにはいかないだろ?」
「という事はクルト君はその仕事の内容を知っているの?」
「・・・・いや、別に・・」
嘘をつきなれて無い人間というのは実に演技が下手くそで学芸会のお遊戯と同等。オマケに冷や汗をかいてコテコテの大根役者だ。
「ふぅ・・わかりました!」
「え?」
「・・だって知らないのならそれ以上は聞けないよ」
杏里は案外ケロッとした表情で受け入れしまい、全面戦争の覚悟を決めていたクルトにとっては逆に落ち着かない不協和音。
「ま、まぁ・・わかりゃあ良いんだよ・・・」
「はぁーい!」
腑に落ちない。目の前でニコニコと見せてくる笑顔の純度はどれほどに低いのか?
色々憶測と不安がループするクルトに比べて杏里の頭の中の構図はシンプルである。
瑠唯がノルンと同じ中心街へ行ったのであれば恐らくノルンはお気に入りに会いに何らかのコンタクトを取りに来るはず。なので後程に瑠唯と合流して中継中のテレビにさり気なく彼を映してアピールの一つでもしてみればよい。
「――にしても救急車遅いね」
「道混んでるだろうからなぁ」
兵達は皆、リアンの薬の恩恵を受けて傷も浅く済んでいるとはいえ完治した訳も無く、特にクラウは傷が深く苦しそうな状況は変わっていないので専門医の治療を受けるべきだ。
皮肉にも電工掲示板をつけた飛行船は今日もゆっくりと街の上を飛んでいる。
「うん?・・そうだ!あれに乗せれば良いんだ!」
杏里は携帯電話を手に取り、インホスへと電話を掛けた。




