カルテ31:脱出劇
時間の無い状況はプラクシスから冷静でいるための余裕を奪っていった。
兵士として本来なら効率を最優先させるので当然仲間は置いてオルグリオの逃亡を阻止するところだ・・が、目の前に居る日に焼けた肌の麦わら帽子青年が合理的思考の邪魔をする。
「おい、しっかりしろ!司祭様、この教会の中に薬剤錬金術師が居たよな。応急処置を!!」
クルトはこの建物を熟知していたようで的確に指示を出していた。
騎士団側は先程までこのメンバー達を逮捕して国家反逆罪に掛けようとしていたのにも関わらず、彼らはボランティア団体に過ぎなかった上にこうしてサポートをしてくれている。
正直な話、もしもサポートしてもらえてなければ今頃は全滅していたはずなのだ。組織的な段取りで言えば確実に非効率で割に合わないのに何故リスクを冒してまで動いてくれたのか?
答えが出ずに考えている傍から司祭に連れられてリアンが顔を覗かせた。
「あらららぁ・・今、止血剤を用意しますからね!」
状況を見るなりパタパタと急いで大きな救急箱から薬液の入ったボトルを両手に持ち悩んでいる。
「ん?んん・・?」
首を振る扇風機の様に顔を左右に振るリアンの姿にクルトが気付いた。
「どうかしたのかっ!?」
「あのぉ・・・・・・・・止血剤って右でしたっけ?それとも左でしたっけ?」
天然の枠を外れた余りにもズレた発言にクルトはズッコケそうになる。
「・・し、知らねぇしっ!アンタの持って来た薬だろ!?」
「そうなんでけどねぇ~私は作る事が専門なので管理は苦手なのですよ・・」
首を傾げるリアンのペースに乗せられながらクルトは仕切り直しに麦わら帽子をかぶりなおす。
「・・取り敢えずその薬、どっちも使う訳にはいかねぇのか?」
「んん~多分片方はあまり宜しくない薬なんですよね・・」
リアンは浮かない表情で量の手に持っているボトルに角度をつけて中の薬液を床に落とす。
『プジュゥゥゥウウウウ―――』
片方のボトルから零れた薬液が床板を溶かして煙を上げた。
「コレ、リアン君!君はまたその謎の薬液で歴史的建築物を破壊したな!」
「司祭様ぁ、失敗は成功の母、歴史は破壊と創造で産まれて来たのですよ」
”そんなケミカルな母が居てたまるかっ!”と一同が溶けた床を見ながら思ったが、これでもう片方の薬が止血剤だとわかったリアンはボトルを握ったまま負傷者たちに近づく。
「待てよ!」
B級ホラー映画の様なケロイドフラグから皆を護ろうとクルトが立ちはだかった。
「おい、アンタ!まさか俺達まで溶かそうっていうのかい!?」
「私は溶かすより溶かされる方に憧れを抱いてるんですけどねぇ・・」
「はぁ?」
二人のやりとりに後ろでじれったくなったクラウが唾を吐いた。
「……ったく、誰が『トレンディーな恋愛への憧れを語れ』って言ったよ……本当にアンタは薬剤御錬金術師なのか!?」
そこまで言われたらリアンも黙ってドジっ娘をしている訳にもいかない。
「なら試してみましょう、召し上がれ!」
『ジュゥウウウ――』
ボトルの中の薬液をクラウに振りかざした。
「痛ってぇえええ!!おい、お前っそっちの液体もヤバい奴なんじゃねぇのか!!?」
「この薬で貴方の体内の細胞は治癒へ向けて活性化されていきます」
「痛みが引いてく・・?」
「少量ですが麻酔の配合もしています。苦痛を和らげるのも私達の仕事ですので」
リアンが同じように他の人達に薬をかけていく中で、クラウはヨレヨレながらも立ち上がる。
「プラクシス…早く行け」
窮地に相応しい選択肢・・・
しかしプラクシスは一歩も動こうとはしない。
「・・・・・急ぐのはお前等の方だ」
「・・?」
「――――此処は全員で突破する」
「・・・・・はぃ?」
誰が予想した言葉だろう?負傷している兵達が目を丸くした。
「何を言ってんだ!?怪我をした俺等は足手まといになるだけだろ!!?」
「この場に居ても救急班がいつ来るかはわからない。一刻も早く治療班と合流するべきだ」
「…しかし、現実時間が掛かり過ぎて途中で力尽きる可能性もある…移動にかかる負荷を軽減しない限り無理だ……」
当たり前の質問事項なのだが、今は一番突かれたくない質問である。
「せめて今からでも俺の気配探査能力が使えれば最寄りの救急隊員を探せるのだが・・・・」
普段はこの能力が有ったからこそ、どんな任務も乗り越えてこれた。ところが、今回は彼の核になる部分が封印されてしまっている。
重要な場面なのに不甲斐無さと苛立ちが降りかかり、沈着な倫理観を焦らせた。
(くそう・・どうしたら良いっていうんだ!?)
イメージと現実がズレて深く俯くプラクシスの肩を司祭が叩く。
「君は気配を探る事が出来る能力者なのだね?」
「・・・・?」
司祭の真剣な眼差しに何らかの強い意味合いを感じる。少なくてもミーハーな冷やかしでは無い事だけは分かった。
「・・・あぁ、使えてたよ・・此処に来てからはサッパリだがな」
返答を聞くなり司祭は静かに目を瞑って考え事を始める。まるで修行僧の如く深い瞑想に周辺の空気が変わって行ったかと思った瞬間、今度は何かを悟ったのか?そっと目を開けた。
「・・・少々骨は折れるが、可能性はゼロでは無い」
「どういう事だ?」
司祭が最初に騎士団一行が通って来た備品庫を指さす。
「あの部屋に空気式のゴムボートを用意してあるのだが、地下通路の一部を爆発させてそこから流れ込んでくる水に乗れば元の場所まで戻れすはずだ」
「しかし、爆発って・・此処に爆弾でも有るというのか?」
「正確には爆弾では無いが、同じ破壊力を有するであろう仕掛けはある」
「一体どんな仕掛けなんだ!?」
司祭は解放の間に目を向けた。勿論プラクシスにとっては今まで縁の無かった場所であり全く予想がつかない。
「この部屋は本来、思念や魂を本来の形へと修正するために造られた浄化槽の様な空間なのだよ」
「ほぉう・・・・だが、前説は要らない。その解放の間とやらをどう利用するんだ?手短に教えてくれ」
司祭は少し不機嫌そう顔ながら振り向くとシスター達に手を向けた。
「彼女達の歌は魂を鎮めるために歌われているわけだが、実際は解放の間の思念やエネルギーを正常に異界へと送り届けるための道順を作っている」
「・・・可能なのか?」
半信半疑のプラクシスは今一つ乗り気な態度では無い・・それでも司祭も向けた手を降ろそうとはしない。
「初めは皆そう思うのも無理はない。しかし、彼女たちは歌声に特殊な能力を持ったセイレーンの血を引く子孫で編成されている声楽部隊でね、様々なエネルギーの交通整備を行ってくれている」
「・・・っ、」
プラクシスの中に手荒な予感が走り、横長の目を細めた。
「君の気配探査能力は微弱ながらも他人のエネルギーを吸い取り、それを自身の体内で情報伝達物質に変換して上手く使って来たのではないかね?」
「まぁ、そんなところだ」
「今から、その一連の流れの逆の作業をする」
「・・・どういう事だ?」
「シスター達にこの讃美歌を逆から歌ってもらう。よく歌謡曲でも逆再生という専門用語を耳にするだろう?」
「そんな事をしたらお前等の言うエネルギーを送り出すための道筋がおかしくなるんじゃないのか?」
「そう。これは意図的に流動的に吐き出されるべきエネルギーを敢えて滞留させて爆発させることが狙いなのだよ」
「でも、その流れに俺の能力はどう関係するって言うんだ?」
「その間は恐らく君の能力も逆に作用するはずだ。だとしたら今まで狙って吸収していたエネルギーとそれを吐き出すエネルギーの比率は逆になると思うのだが・・」
プラクシスが眼鏡の位置を整えた。
「つまり、解放の間に滞留させたエネルギーを俺の念能力でピンポイントで地下通路に寄せて壁を爆発させて川の水を入れるという事か」
「その通りだ。しかし、この作業で能力の比率が逆になるとはいえ寄せるという事は瞬間的にでも大量のエネルギーを自身で管理する事となる。その上で能力者達に降りかかるエネルギーの不可は計り知れない物となるだろう」
危惧する通り膨大なデータが一気に入り込みそれを狙って放出させるのだから確実にプラクシス個人のキャパシティは越える事になる。
もし、一工程でも間違えてしまえば教会内で爆発が生じて全員死亡してしまう・・それこそ、間違えて人口の密集地にエネルギーが吹き飛べば被害が甚大する事は免れない。
「リスクもその後の価値も高いが、作戦自体を選ぶのは君だ。強要はしない・・あとは自身で考え答えを出したまえ」
司祭の言葉が大きくのしかかったプラクシスが辺りを見渡すと、その眼に映るのは横たわる血だらけの兵士達。
判断が遅れればこの横たわる人間がもっと増えてしまう・・。
「・・わかった。逆再生を頼む」
「―――チャンスは一度だけだ。失敗は死を意味する」
プラクシスは兵士達に確認を取ろうと振り返った。そこには苦笑いを含ませグッドサインを見せるクラウの姿がある。
「…此処に来るときからお前に全ての運命を委ねる覚悟は出来ていた……生きるも死ぬも結果論であってどちらでも本望だ」
「・・どちらでもない、生きて此処を出る。そしてオルグリオ隊長を捕まえる」
・・・
・・
・
地下へ降りてリアンやボランティア団体の力も借りてゴムボートに十人近い兵士を乗せると、司祭はプラクシスと向き合った。
「では君はこの後、隣の壁にありったけのエネルギーをぶつける事になる。精神統一の準備は良いね!?」
「あぁ、問題無い」
どんな状況下でも顔色一つ変えないプラクシスに司祭は紙袋を渡す。
「これはあの男に有効な武器になるに違いない。大事に持ってなさい」
「・・?この粉はあの時振り掛けた?」
「そうだ。・・もしかすると君達の隊長は昔ここに居た孤児の魂に乗っ取られているかもしれん」
「隊長が?確かに様子はおかしかったが・・どういう事なんだ?」
司祭が感傷に浸っているのか、懐かしむように目を閉じた。
「この教会で引き取った孤児の中にファックルという名の青年が居てな。ファックルはその体内に潜在的な能力を秘めていたが、それを制御するための修行中に誤って力を暴走させてしまい此処を飛び出した先でショック死してしまった・・・」
「彼と隊長にどういう関係が?」
「関連性は不明だが、教会で回収した遺体を大学病院で引き取った。その陰には朱异という医療業界の一部を牛耳ている権力者が関与しているという情報までは掴んだのだが・・」
「言い切れる証拠は?」
司祭は薄らと目を開けながら首を横に振る。
「向こうもプロの消し屋を雇って情報は此処までしか残っていない・・しかし、ファックルは能力の事もこの教会の事も、私の事も憎しく思っているという事を話していた。先程の隊長の口ぶりと全てがリンクしている」
「・・やはり、どちらにしろ本人の身柄拘束は避けられないか」
「出来る事なら彼の枷になっている苦しみを少しでも楽にしてあげたかった。結局何もしてあげられなかった自分自身が非常に情けないが、私はいつまでも待っている様に伝えてくれ・・宜しく頼む!」
司祭は深く頭を下げるはプラクシスにとっても感慨深かった。すると、後ろからクルトが顔を出してプラクシスへいかにも俺を連れて行けと言わんばかりアピールをジェスチャーで送る。
「隊長の確保は我々の問題だ。もう、お前たちへの逮捕容疑は晴れたのだから関わる必要も無いだろう?」
「おいおい、お前急に薄情な事を言うなよ。その朱异って男のデータを俺達だって追ってたんだぜ?」
「なに・・?」
「ファックルの事もそうだが、赤异は振興事業で商店街も潰そうとしてるから俺等も放ってはおけないんだよな。頼む俺も連れて行ってくれ!」
プラクシスにとってもこの話を聞くだけで相手がいかに強欲で手強いのか容易に想像がついた。一般人にその様なリスクを負わせたくは無いが、軍の上層部と関わっている可能性も否めない。
「・・お前等には借りがある。これでチャラだ」
「本当か!?恩に着るぜ!」
クルトは仲間たちの方を振り返った。
「俺はマスターにこの事を伝えて来る」
「おう、俺達は此処で司祭様を護りながら死者の埋葬を手伝うからよ。頼んだぞクルト」
クルトは一礼をすると、ゴムボートに乗り込む。既に傷ついた兵士達も乗っていてギュウギュウ詰めではあるものの、リアンが塗ってくれた傷薬のおかげで落ち着いていた。
編成が決まったところで司祭はプラクシスに地下道路の壁を指さす。
「あの鍾乳洞みたいな質感の場所に奥まっている空間がある。あそこを目掛けて君が普段念じている感覚を全てぶつけるんだ」
プラクシスはそっと目を閉じて冷静に念じ始めた。その様子を見ていた司祭が腹に力を入れる。
「今だ!歌を逆詠唱だ!」
するとシスターたちが一瞬静まり、今まで歌っていた讃美歌を終わりから歌い始めた。
元々大衆用では無い俗語の歌詞なのでどちらにしろ歌の無い様は良く分からなくとも雰囲気が変わった事だけは皆肌に感じている。
祈り子の様に目を閉じているプラクシスも気配が変わり内面に色々な圧力が負荷として入ってくる感触がわかった。
『――俺は未だ死にたくなかった』
『――協会は俺の力を政治事に利用しようとしていた』
『――苦しいのに誰も見てくれはしないのら、解放の間は地獄でしかない』
(何だ!?この言葉は・・どんどん頭の中をすり抜けていく・・・)
――――俺が生まれて来た事に意味など在ったのだろうか――――
「苦しい・・」
喉元を抑えて尋常じゃない力で歯を食いしばるプラクシスの姿にクラウも焦りを隠しきれない。
「おい…プラクシス?」
「グッ…クソう…」
『何だこのカプセルは?死んだのにまだ苦しい・・』
『この研究員達も欲にまみれた医者達も・・俺を産んだエレオスブルグも全部消えてなくなれば良い・・・』
(出て行け・・此処は俺の心の中だ・・・・)
『浮遊した感覚……二度も体を失って今度は何処を彷徨えというんだ?』
(出て行け・・出て行け・・出て行け・・・・)
『俺と似たような孤独感を感じる・・この体なら乗り移れるそうだ』
(出て行け・・出て行け・・出て行け・・・・)
『騎士団長?これなら復讐も可能かもしれない・・・皆殺しだ!』
「――――出て行けぇぇええええええええええええええええええっ!!!!!!!!」
喉のつっかえを吐き出した瞬間に目の前に気流の塊が現れてどんどん大きくなって行く。
―――キィイイイイイイイイン
気流は白く発色を初め、眩しい光を放った。目の前がまるで真白く染まり暗い洞窟の奥が照らし出される。
「放て!!」
司祭の叫び声に反応したプラクシスがボールを飛ばすように手を差し出すと気流は奥の壁へと吹き飛び、周りの岩を削りだした。
『――ゴゴゴゴゴゴォオオオオオオ』
激しい揺れと共に奥の壁が抉れて天井が軋む。危険な空気に気付いたクラウが手招きをする。
「プラクシス!早く乗れっ!!」
「・・っ!」
仲間の声に我に返ったプラクシスは急いでボートに飛び乗った。同時に司祭も頑丈な扉を締め切る。
プラクシスが振り返ると球体は奥で膨張を初めて周りの気体を飲み込んだ。
「伏せろ!」
―――――ドゴォォオオオオオオオオオオオンッ
掛け声をかけた次の瞬間、限界まで膨れたプラズマエネルギーの塊は爆発を起こして壁に巨大な衝撃を与えたが、あまりの爆風に誰もその規模を確認出来ない。
「・・成功したのか?」
衝撃が弱まるにつれてクルトは帽子を盾に覗き込むと、そこには巨大な穴が開き再び真っ暗な空洞が顔を覗かせた。
『ドドドドドドド・・・・』
穴の奥から響く凄まじい流音、鼓膜に迫る振動と共に増加する不穏。
「……来やがるか」
クラウは目の前の穴を睨みながら拳に力を入れた。
「お、おいっ!想像以上に勢いある音だぜ!!?」
「…坊主、しっかりと掴まってろ!」
クルトは言われた通りにゴムボートの端を思いっきり握り身震いを誤魔化す。
「では、健闘を祈る・・エレオスブルグの神々よ、彼らに祝福を」
「あぁ、ありがとう」
プラクシスの礼に司祭は頷くと備品庫の重い戸を閉めた。
直後に迫りくる闇に同化した透明の液体。
「伏せろっ!」
皆が伏せたのと同時に物凄い衝撃にボートは大きく揺さぶられて振り落とされそうになる。
『ゴゴゴゴゴォオオオ――』
「おぉ・・動いたぞ」
飛沫が上がる中でクルトは震える声を上げながら帽子をおさえた。
ボートは左右に激しく傾きながらも水圧の勢いを借りて走って来た時の何倍ものスピードで先の見えない一本道を進んで行く。
「…これなら隊長にも追い付けるな……」
「・・・・・・」
クラウが返事の無いプラクシスを変に思い目をやると、青ざめてボートの端に顔を突き出している姿が目についた。
「…酔ったのか!?」
「あぁ・・普段は乗り物酔いなどないのだが」
「けど…横は岩だから乗り出すと危ないぜ?」
クラウの言葉にプラクシスは顔をひっこめるが、直ぐに手で口元をおさえる。
「うぅ・・」
寸前でクルトの頭から麦わら帽子を取ってその中に戻した。
「ふぅ・・危なかった」
「おいっアウトだろ!!?全然アウトだろ!!!」
「大切な物だったか?・・許せ、緊急事態だった」
プラクシスは吐瀉物が入ったままの帽子をクルトに戻す。
「いやっそこまでの貴重品じゃねーよ!もう、価値も半減だわ!!」
クルトは反射的に帽子を波の中へと投げた。
「…もうすぐだな」
『ズズズズズズ・・・・』
やがて坂道の上へと差し掛かると水の勢いは弱まり、ボートが止まった。
「よし、怪我の酷い者には肩を貸して隊列を組み直せ!」
プラクシスはクラウに肩を貸し、先に降りた隊員たちの後を追う。
「…隊長はもう街の中に入ってしまったのか?」
「わからない。だが地下通路の中には居なかったという事は可能性は高いな」
目の前の光へ向けてゆっくりと進み始めると、最後尾に居たクルトが立ち止まっている事に気付いた。
「ん?どうした?」
「帽子・・」
「すまない、だがあれはさっき言った通り緊急事態だった・・」
「違う・・足元に流れ着いた」
クルトの足元には水と一緒に麦わら帽子がユラユラと流れついている。
(水かさが急速に増えている?)
「…おい、プラクシス…これって」
「余波だ!飲まれる前に逃げるぞ!!」
第二陣の巨大な波が来る前に洞窟を出ないと溺死以前に圧力で身体は木端微塵だ。
『ぐっ』
クラウのもう片方の肩にクルトが入り二人体勢で担ぐ。
「お前……」
「早く出よう」
「……うっし!」
地に足を付けて少しずつ・・でも確実に一歩一歩灯りへと向かう。
『ゴゴゴゴゴゴォォォォオオオオ』
轟音の距離感は縮まり更に大きくなる。背中へと迫る湿気は三人に死の恐怖を感じさせた。
「…あと少しだっ」
「飛び込めっ!!」
プラクシスの合図と共に三人が幅の無い光へと飛び込むと見覚えのある屋内へと辿り着く。
『ザバァアアアアアアアン―――』
所狭しと出口でつっかえる波は大分勢いを失くしたにしても、腰回りの高さまでは残ったまま屋内へと押しあがり起き上がった三人を飲み込んだ。
「うわぁあああああっ」
再び店頭した彼等を巻き込んで濁流は直線状に勢いよく進んでいく。
『バキィィィィイイイイ―――』
木の戸ごと外へと流れた波はようやく勢力を失い大人しくアスファルトへと沁み込んだ。
肝心の三人はというと衝撃が強かったのか?微動だにしない・・・。
・・・
・・
『コツン』
「痛てっ・・」
チョロチョロと戸口から流れる水に運ばれた麦わら帽子がクルトの頭にぶつかった。
「―――助かったのか?」
そのままの姿勢で空を眺めると青色が美しかった。建物の隙間から入る光が眩しい。
「……どうやらそうみてぇだな」
クルトの声に釣られて目を覚ましたクラウは傷口を手で押さえながら起き上がると、隣で未だに寝ているプラクシスを揺さぶった。
「おい、プラクシス・・しっかりしろ」
「あ・・あぁ・・眩しいな」
言われるがままに応えて目を開ける。眼鏡が途中で外れた様で視界はぼやけるが太陽の眩しさだけは彼にも伝わった様である。
(今回は商店街ギルド、そしてクルトに助けられたな・・)
プラクシスが腰を起こして座り込むとクルトの方向に手を伸ばし、肩の部分に手を置いた。
「今回はお前のお蔭で助かった・・礼を言う」
こういう機会はあまり無いので少し照れ交じりだが、らしくもない感謝の言葉を素直に述べる。
「・・・え?僕は何も」
「!!?」
謙遜しているが声質が何やら違う。
プラクシスは慌てて辺りを手探りでかき回すと眼鏡の感触がしたので、急いでかけると手の先を見た。
クルトは流れる水で帽子を洗っている。自分の手の先に居るのは見慣れない白衣を着た金髪の青年。
「・・・・・誰だアンタは?なぜ俺の手を肩に乗せている?」
「いや、貴方が乗せて来たんでしょう!!?貴方が誰って話ですよ!!」
更に後ろにはもう一人連れが居て同じように白衣を着ていた。
「でも瑠唯君、凄い風流を感じたよね!素麺とか置いてみたくない!?」
「いや、置きに行けないでしょう。プロのイリュージョンならまだしも・・」
「待って、※インフォームドコンセントの世の中に皆様に思い違いをさせるなんてそれは私の看護師道に反するわ」
「話がややこしくなるので取り敢えず杏里さんは素麺でも食べてて下さい・・」
※医師が患者に対して、治療を開始する前にこれから始める治療内容についてわかりやすく説明をし、その上で患者から同意を得ること
何やら不思議な事を喋っている二人にクラウは口を開けたまま呆れているが、プラクシスはちゃんと聞いている。
「君は看護師なのか?」
「そうです!私は決してイリュー女などではありません!」
三人が顔を見合わせた。良く見たら先に逃げた部下たちも水の圧力に吹き飛ばされて横たわっている。
「頼む、みんな怪我人なんだ!見てやってくれないか!?」
突然の光景の連続に瑠唯と杏里も顔を見合わせた。
今回は途中で文章が切れずに長くなってしまいました。ご了承くださいませ<m(__)m>




