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エレオスブルグの診療所  作者: 天照
オピニオン×カンファレンス@王国騎士
32/36

カルテ30:選択肢

―――キィィイイイイン――――


誰も殺さず、傷つけず。


戦争時代から絶対安全な避難場所として称えられてきた教会の中で堂々と殺し合いが行われている。


「あぁ、神々よ・・・どうした事でしょう・・」


司祭も右に左にと視線がチラつき瞳孔が定まらなかった。目の前では甲冑に身を包んだ男が次々に部下と思わしき仲間を切り刻んでいる。


「オラオラどうした!!?殺すんじゃなかったのかよ!!死ぬ覚悟で書かて来いって言っただろ!!!」


自らをクラウと名付けたその男も囲まれて威勢の割に無傷では無い。しかし次から次へと視界に入る刃を感覚的に避けながら思いっきり剣を振るうと、彼の後ろには骸骨のオーラと共に更にたくさんの血の海が拡がり置物の天使像へ飛び散った。


「フフ・・」


その様子を俯瞰ふかん的に眺めていたオルグリオがニヤケる。


「どうだ司祭よ!?死者をいたんでいる傍から死者の山が出来上がるぞ!!」


抗争に荒れた惨状を目の前にしても司祭は”何故この様な事が起きてしまったのか!?”という最大の疑問が解き明かせず、混乱の中でただ呆けたように立つしかなった。


「・・・・君は教会に何か特別な恨みでも持っているのかね!!?こんな事をして何になるというのだ!!?」


司祭はいつまでも見過ごすわけにもいかず、深刻な表情でプラクシスの後ろから顔を出す。しかし、オルグリオは皮肉の限りを尽くして唾を吐いた。


「そうだ!お前等は善良な顔をした悪魔だ!!他人の痛みに敏感な振りをして何一つわかっちゃいない!!だから次から次へと犠牲者が出るんだ!!」

「犠牲者!?」


身に覚えの無い罪に動揺しながらプラクシスの背中を越えて更に前へと歩き出した。

隣で続くシスターたちの鎮魂歌はまるで戦いを助長するBGMみたいに響き、感情にスイッチの入ったオルグリオをさらに興奮させる。


「そうだ!!あの時も今も、お前は自らに傷一つ付けずに澄ました顔をしている!!」

「教えてくれ、君は一体教会とどういう関係があるんだ!?」


司祭はプラクシスの制止を振り切って前へ出ると、オルグリオの目の前で止まった。すると、オルグリオは問いには答えずに剣先を司祭の喉元に付ける。


「死ね!薄汚い悪魔」


弁解の余地も許さないにプラクシスも動きを封じられて重く流れる一秒を感じながら、黙って司祭とのやりとりを見届けた。

肝心の司祭ほんにんは取り立て慌てる様子も無く、静かな呼吸を繰り返す。



「・・・すまない」



「は?」


オルグリオは自身の予想よりも印象の薄い謝罪に呆れた声を出しながら、酷くさげすんだ眼差しをぶつけた。しかし、今の司祭は血塗れた天使像の代わりにその眼差しすら受け止めてしまっている。


「私はこれまでエレオスブルグの街に住む人々の魂の救済をしようと微力ながらも教会の定義に乗っ取って活動を続けて来たつもりだ。しかし、それが強い痛みを背負わせる事に繋がっているとしたら非常に申し訳ないと思う・・」


無防備ながらもこの期に及んでモラルを饒舌に語る司祭に対して無性に腹が立ち、剣先をさらに強く押し込めると喉先から少しだけ血が流れる。


「今さら命乞いか・・最期くらい言い訳じゃなくて遺言でも遺したらどうだ!?」


大分イライラしているのか、オルグリオは大分息が荒いがパストラス司祭は見透かしていた。


「君の言う通り私を含め人は皆、心の中に悪魔を宿している。よこしまな煩悩は時として心を狂わせ、破滅へと追いやることだろう」

「タラタラと減らず口を」


歯ぎしりに近い口の締め方で低く力のこもった声をぶつける。察するに本当ならすぐにでも

斬り殺していまいたい所だが、その反面で司祭の言葉に興味を持ち始めているのかもしれない。


「私の命を奪うが良い・・だが代わりに此処に居る皆を解放しなさい。さもなければ君自体が破滅してしまう」

「まだ言うか?」


何時その大剣で喉を一突きにされるかわからないからこそ、せめて遺言として死ぬギリギリまで一言でも多く残しておきたいのだ。


「私が死ぬ事で君の痛みが和らぎ怒りも収まるのであれば、それは私にとっても本望だが・・此処に居る他の人達の誰か一人でも殺してしまったら、その痛みが安らぐことは永遠に無い!」

「黙れ!」

「君に付き合って血を流す者達の痛みがまだわからんのか!!?」


二人口論を続ける最中、周りでは未だにクラウの他にもギルドメンバーたちが武器を持って騎士団の猛攻に耐えている。剣や槍に比べ農具というのは非常に大きなハンディーキャップではあるが、その中の”クルト”という青年も間一髪の所をかわし続け何とか生き延びていた。


「くそう、街の消防団やクリーンアップ活動ばっかの俺達にゃ、少し荷が重くはねぇか!?」

「確かに・・でも、マスター達も頑張ってんだ!諦めんな!!」

「・・だな!」


今も牢獄の中では無実の罪で捉えられたままの同胞も居る。このまま、主張も出来ないまま消されるわけにはいかないのだ。


「おい、見ろ!司祭様が!!」

「え?・・うわっ!」


防御体制の合間に目を逸らして横を見ると、パストラス司祭は首筋に剣を押し当てられて軽く出血をしているではないか。


「てっめぇえええええええ!!!!!!!!!!!」


クルトは状況を把握するよりも早く慌てて走りながら、怒りに身を任せてくわをオルグリオへと振り下ろした。


『スカっ』


司祭とオルグリオを引き離すと、庇うようにして前へ立ちはだかり鍬を構えなおす。


「くっ」


クルトのかぶっていた麦わら帽子の先端に切り傷が残っていた。それは目にも止まらなぬ速さで残撃カウンターを浴びせられたという事である。


「おい、このキチガイ野郎!司祭様がお前等に何をしたって言うんだ!!?」


オルグリオは一回ため息をつくと剣先を司祭に向けた。


「何も理解をしてない愚図共が気安く大口を叩くな」

「んだと!?この野郎!!俺に生きている間はお前には触れさせねぇぞ!!!」


オルグリオが再び睨みを利かせると天窓の光に瞳の赤色が反射して眩しく見える。


「まさか・・」


司祭は誰にも聞こえない程度の子声で呟くと、法衣の中に手を入れてガサゴソと探し物を始めた。



――キィィィィイイイイイン――



やはり大剣使いを相手に鍬だけではかなり火力不足で勝機を見い出す所か、時間稼ぎになるかどうかも怪しい状況に冷や汗が止まらない。


「司祭様!早くお逃げくだせぇ!!」

「ほう、まだ口をきく余力があるのか、その喉から掻っ切ってやろうか?」


『バキィッ』


鍔迫り合いの状態でオルグリオに腹を蹴られるとクルトはバランスを崩してその場に仰向けに倒れ込んだ。


「くっ・・」


それでもクルトは倒れたまま鍬を構えて戦意をむき出しにする。麦わら帽子の隙間から伝わる闘志は無視を出来ないレベルであった。


「それ以上司祭様に近づくな!この鍬をお前に振り下ろすくらいの事なら出来るぞ」


『スパァァァアアアアアン――』


オルグリオが居合切りの構えをすると一瞬で鍬の先端がスッパリと切れて床へと落っこる。


戯言ざれごとをぬかすな。お前みたいなひよっこを殺すくらい何てこと無いんだよ!!」


躊躇なく振りかぶって大剣がクルトへ振り降ろされ、クルトは反射的に目を瞑った。


『サァアアアアア………』


「………ぐぅっ!」


クルトがうっすらと目を開けると、そこには苦しそうに膝をつくオルグリオが居る。


「え?何が起きた!?」

「…し…司祭よ………図ったな………」


そこには紙袋を持った司祭があった。よく見ると彼の手は光の反射で輝き、オルグリオの身体にも同じ輝きが放たれている。


「これは全てを浄化するホーリーネーベルだ!お前はやはりこの世の者では無いな」

「…ぐっ、黙れ!!……俺の復讐はまだ」


オルグリオは苦しみながら走りだして地下通路へと通じる備品庫の中へ入ると内側から鍵をかけた。


「くそぅ、開けやがれ!!」


クルトが追いかけて戸を何回も叩くがびくりともしない。


「ダメだ、アイツは此処の地下通路を使って街へ逃げるつもりだな・・」


皆が首を横に振るうが、一番大事なのはここに居る人間達の安否である。

そう考えた司祭は全員が剣を下した光景を確認すると、オルグリオに操られていた兵士達の洗脳も解けた様でそのまま気絶して倒れていた。更にその周りには傷を負って座り込むクラウと介抱するプラクシスの姿が見える。


「君たち大丈夫かね!?」

「俺は何とも無いがクラウが深手を負った」


容態をみるために司祭がしゃがみ込むと、少し顔を青くしたクラウは荒い息で苦笑いを見せた。


「へへ…やっちまった。やっぱり活人剣っていうのは俺の性には合わないみたいだな」

「活人剣・・?」


司祭はクラウの視線に合わせて倒れている兵士達を見渡す。捨て身のまま大剣で斬られて大量の出血をしているにも関わらず全員が呼吸をしていた。


「急所は外しておいた…治療をすればまだ助かる、痛てて…」


クラウは話す度に脇腹を抑えて苦痛な表情に顔を歪めている。意識をいつまでも保てる保証もなさそうだ。


「取り敢えず救急車を!」


プラクシスの指示に合わせてクルトがインホスへ電話を掛ける。


「大至急救急車を・・・あ?んだよっ!?そこを何とかしろよ!!・・・・・あれ?もしもし・・もしもーし!!?」


クルトが眉間みけんにしわを寄せて唾を飛ばしたまま電話は切れた。聞くまでも無く確実に救急搬送に困難が生じている。


「ったく、道が混んでいて遅れるそうだ・・そこで電波が無くなったよ。困ったな」


周りは混雑した式典の途中、道その物が封鎖されて使える道路が制限されているので河川敷を越えるに非常に時間が掛かるという事らしいのだ。

プラクシスはせめてオルグリオの逃亡だけでも止めようと無線機を取り出して仲間と登録し合った周波数へとかける。


「・・あぁ、こちらプラクシス。もしもし?応答せよ・・・・もしもし!?・・・・・・くそ、妨害電波だ!」


司祭が立ち上がると急に建物の天井や壁を見渡した。


「今、無線機が繋がらなかったのは此の建物の中に設立された『解放の間』のプラズマに周波数を捻じ曲げられてしまったためだろう・・」


プラクシスの気配探索能力が働かない理由も逆に考えればクルトの携帯電話が通じたのはある意味奇跡なのかもしれない。

・・・・・

・・・

「・・プラクシス、俺を置いていけ!」

「何!?」

「この人数の負傷者は足手まといになる・・オルグリオ隊長が街に出てしまうまで時間が無い…早くこの事を上層部に伝えて応援を貰わなくてはならな、ぐ……」


クラウ自体甲冑から血が漏れている様子から察するにもう動けそうに無く、プラクシスは早急な判断を求められた。




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