カルテ28:気配探査機
『ガタガタ――』
騎士団のメンバーが十人前後で武器を構えながら人が商店街の幅の無い裏路地を所狭しと駆け回る。
「此処だ」
その中の一人が立ち止まると、目を閉じながら耳を澄ました。
「プラクシスの気配管理の能力はホントこういう時便利だよな」
「・・・・・・・気が散る」
「オッと、わりぃいな」
重たい甲冑や兜を装備せずにSWATやSITの様な防弾チョッキに身を包む眼鏡を掛けたまま無造作な髪の毛を風に靡かせる青年の名はプラクシスというらしい。
十数秒の間、微動だにせず立ち止まっていると何かを感じ取ったのか?急に瞼を開いた。
「北へ進んで五軒目の右側だ」
すると全員プラクシスの言う方向へと駆け出し、指示された建物の入り口で専門の合図を始める。
図書BARの前に集まると、用意周到な段取りで戸口と裏口に回り挟み撃ちの準備を整えた。
指先でグットサインを送る様子から察して『いつでも突入可能だ!』と言っている。
相槌を打って手を伸ばした。
『ガチ――』
そっと伸ばした手でドアノブを回すも固く鍵がかけられビクともしない・・。
人が居る気配の無い扉に不信感を抱く者も居たが、プラクシスの相変わらない表情に間違いはなさそうだ。
ドアの両サイドに居た兵士が見つめ合い、頷くと数歩分後ろへと下がる。
「お前、これで違ったら弁償だからな」
振り返る兵士に対してプラクシスは片方の指で付けていた眼鏡の淵を正した。
「経費は本部落ちだ」
ある意味、予想の答えを確信してナメた回答を発した彼の発言に、周りも安堵の意を込めた苦笑いを見せ
た。
その直後、打って変わって厳しい表情をドアへ飛ばしながら脹脛の筋肉に力を入れる。
「突撃ぃっ!!」
――ダッダッダッ――
『バキィイイイイイイ―――』
木製の風格ある扉は兵士たちのブーツによって破片と化して宙を舞った。
その木片が床に落ちるよるも早く銃口を店内へと向けて威嚇をする。
「・・・・・」
照明が消されて薄暗く、人の気配が無い屋内は以前の賑わいからは想像もつかないくらい静まり返っていいた。
慎重に前かがみのままで歩調を合わせて進むが、静寂が支配するだけであると同時に一同は共通して疑心の目でプラクシスの顔を見つめる。
しかしプラクシスは眉一つ動かさずに眼鏡の淵だけを片指で動かした。
「・・本棚の中だ」
「!??っ」
不可解な一言に皆が顔を見合わせる。
確かに数列に渡って図書館に設置されているような大きな棚が規則的に設置されていたがこの中に人間が隠れられる訳も無いだろう。
「この本棚がどうかしたのか?」
「アイツらはこの中に居る」
真面目に語るプラクシスに対して兵たちは顔を見合わせた。
「おい、プラクシス。さすがにこれは言い訳にしては苦しくないか?」
横幅にして数十センチの面積に隠れられる場所など無い。
周りから発せられる不穏な空気に包まれ四面楚歌になりかけたが、それでも彼は眼鏡から指を離さなかった。
「俺の言い方も悪かったかもしれないが、お前等ももう少し考えろ。本棚の奥という意味だ」
「奥?」
兵たちはそう言われて振り向くと一番端の棚が壁に隣接している事に気付いて中の本を出していく。
「あっ!」
下段の本を取り出すと壁と同じ色をした小さい引き戸が現れた。
「プラクシスお前、この事もわかっていたというのか!?」
「俺に死角はない・・奴等はこの奥に居る」
かがんで狭い戸の奥へ入ると、非常に狭く暗い洞窟の様な通路に続き自由に身動きが取れない。
その上とてつもなく長そうで末端の灯りが全く見えてはこないのだ。もし、ここで待ち伏せ奇襲や水責め等のトラップを喰らえば屈強な戦士といえど一巻の終わりである。
「こんなリスクの高い場所はお前が居なきゃ入れないぜ」
「さすがに罠までは探知できないから気を付けろよ」
匂いや音、床の質感や空気の抜け方など五感で感じ取れるすべてに気を配りながら着実に距離を詰めていた。
・・・・・
・・・
一定の距離ごとに隠印の様な痕を付けて迷わないようにしながらプラクシスのアンテナに頼って直線の道をひた走って十分は経っただろうか?
「プラクシス、本当にこれで在ってんだよな?」
「あぁ、間違いない・・確実に気配は近くなってきている」
「そうか…お前が言うなら間違いないんだろうけど、一体この道はどこに通じてるってんだよ!?」
「場所の検索までは特定不可能だが、入り口が北を向いたまま直進しているから地表の座標と照らし合わせて考えると丁度河川敷の下か」
「うっひょぉ!!水の下って・・俺達は地下水の真下を走ってんのか!!?」
「静かにっ!気付かれる……でも、今の話は理論上はそういう事になる。この壁の真横だって地下水が通っているはずだ」
知らない内に下り道を進んでいたようだが、確かに来た時より少しだけ広くなった通路は壁の質感が変わり、積み石から自然な鍾乳洞の様な隙間の無い形状へと変わっていた。
「何故こんな道を?」
答えの可能性となる範囲が広すぎる投げやりな質問に対して、プラクシスは眼鏡のノーズパッドの部分を正しながら眉をしかめる。
「それはこの先に在る場所にもよるが・・少なくとも見つからないように行き来をする事に併せて平坦な直線という構造は物資の運搬にも好都合だ。あの図書BARを中継の補給拠点にしてこの先の場所で人員の整理や荷物の入荷をしている可能性はあるな」
「なるほどな・・という事は出口の大荒れは必須か」
先程から質問を繰り返す兵士が腰の部分に提げていた剣を握って勇み足をアピールするが、プラクシス本人は肉弾戦を好む方では無いので表情は浮かなかった。
「よせクラウ!このご時世、余計な争いは時に民衆からの信頼を失う事になるからなるべく慎んだ方が良い」
「チッ、昔は剣を振るうほど英雄として支持を受けていたのになぁ、軟弱な時代になったもんだ」
クラウと呼ばれた兵士は物惜しそうな表情で鞘から手を放す。
「だが、問題はそれを前提にした場合・・このままあいつ等をつけて脅し案内させるべきか、それともギリギリの所を尾行し最後に一網打尽にするべきか・・血が少なく済む道はどっちなんだろうか?」
「う~む・・ちなみにこの先に居る奴らの総数をお前の能力で判断は出来るのか?」
プラクシスは薄目になって前方一点を見つめ始めた。
「・・・・・」
先を急ごうとする兵達を余所にいきなり立ち止まり前頭部を雑に掻きむしる。
「・・・何故だ!?」
「どうした?」
クラウが心配そうにプラクシスの顔を覗き込むが当人の反応は薄く、心がブレた様子で再び前方一点に集中して気を練った。
「・・・・」
「何か見えたか?」
「だめだ、靄がかかったみたいに抽象的な気配しか辿れない」
「・・軍用レーダー並みの探査能力を有するお前でも探れない場所ってあるのか?」
実際にプラクシスの能力は敵軍のステルス爆撃機を把握するくらい精密で何度も陰からエレオスブルグを勝利に導いてきた人間探知機である。なので今回のケースは本人の中でもかなり異例なパターンだった。
「どうやら敵はこっちの能力を掻き消す装置か何かを持っているみたいだな・・・予想以上に手強い連中かもしれない」
「へっ、やっとらしくなってきやがったじゃねーか!」
まるでこういった状況を待っていたかのように先程腰の剣を触っていたクラウが苦笑いを始める。
図書BARを占拠するために残した兵士を除くと十名程の編成になったこのメンバーの中でも一番お喋りで血の気の多さを感じずにはいられなかった。
「すまない、少しあいつ等と距離が空いてしまったな」
「なに、小走りで行けばまだ間に合うだろ」
暗く足場の悪い空間の中を競歩大会の様なスピードで進む内に目も慣れて追跡にも拍車がかかる。
「で、結局さっきの二択の内、どっちのプランで行くんだ?」
「それなんだが…今前方に感じる二人の気がもうすぐ靄の中に入りそうなんだ」
それは出口に到着するまでにレジスタンスの確保が間に合わず二つの選択肢が消えた事、そしてもうすぐこの地下道の終わりが来る事を意味した。
「正面突破って事か!」
「我々にとって完全にアウェイだ。十分気を付けろ」
「すぐに占領してホームに変わるさ」
後方に引き連れていた兵士たちも剣を手に取り戦闘モードに入ると、少しずつ足並みを揃えて薄暗い明かりが見える前方へと警戒しながら進む。
先程は下り坂だった緩やかな傾斜も少しずつ上り坂へと変わったので取り敢えず無事に川は越えたという事だ。となると地上でその先に有る建物を奴らが以前から使っていたことになる。
この先に存在するのは武器屋に薬屋、喫茶店に学校と候補を挙げればきりがないがまずは一般人が人質になるような事態だけは避けておきたいところだ。
「!!っ」
プラクシスは前方に若い男が二人歩いている姿を捉えて息を殺す。
それに続いてクラウや後ろの兵達も岩の後ろに隠れて気配の先の扉を覗き込んだ。
『ガラガラ――』
薄い明かりと共に壁から開いた扉の奥へと男達は姿を消し鍵をかける音だけが洞窟の中に響く。
「座標伝送機は動いているか?」 ※座標伝送機能=GPS機能
「はい、正常に動いています」
「だとすると、上のメンバーも何割かはこっちへ動いて来ているはずだな」
プラクシスは突入のタイミングを見計らっていた。もしも、手順が遅れて地上から逃げられてしまえば非常に危険なので上のメンバーと挟み撃ちにして固めたい所である。
『ピピピ・・』
プラクシスの無線機から外の部隊からの声が聞こえた。
「こちらプラクシス」
「こちら地上部隊、そちらの地区へ行こうと試みたが式典の影響で人がごった返して中々進めずにいる。また、電波にブレが生じて正確な位置が把握が出来て無く、早急な応援は難しいかもしれない」
「くっ……」
何かが起きてからでは遅い・・・。重厚な鉄の扉一枚を目の前にしてプラクシスは悔しさをにじませた。
「ピッキングもダメみたいです」
「う~む大人しく待つしかないか・・・」
「ぶち破るしかねぇだろ」
腕を組みながら立ち往生する兵士達は沈黙を作るが、クラウだけやる気になって拳を握って居る。
「だが、それで逃げられれば取り返しがつかないぞ」
「上が混雑してるならあいつ等だってすぐには逃げらなはずだろ?」
「・・・・・」
どちらにしろリスクは存在し、このメリットに付いて回るのはリンスでは無くデメリットだ。
「どうするプラクシス!?」
皆の視線を一斉に集める中で、プラクシスは自身の腕時計を見ている。
(早くしないと国王の車が危険地帯へ行ってしまう・・)
この作戦は巡礼中の国王をテロリストから守る事。
「此処の地形上、爆破は危険だ。従って突撃して一回で壊すぞ!」
「よし、隊列の組直しだ!」
・・・・
・・
扉の前に強引に兵を詰めて横一列の部隊を前と後ろの二編成に組んで構えだした。
「前列で扉を破壊する。そしたら素早く後列隊は潜入してくれ」
ちなみにクラウが前列、プラクシスが後列に入り各陣の指揮バランスを取っている。
「良し、準備は良いぜ!」
まるで冒険家の様にワクワクした笑みを浮かべてクラウは手の骨を鳴らした。続いてプラクシスが眼鏡の位置を整えて剣を抜き取る。
「突撃!!」
「っしゃぁああああああ!!!!!!」
前列五人が助走をつけて甲冑に護られている肩を思いっきり扉にぶつけた。
『ドォォォオオオンン』
激しい激突音と共に重厚に聳えていた扉はドミノの様に倒れて、勢い余り転ぶ軍人達の山が積まれる。
「行くぞ!」
扉が倒壊して舞い上がる砂煙とほぼ同時に後列隊が走って屋内へと侵入した。
暗く狭い備品庫の様な部屋を駆け上がると、次に現れた木製の扉を蹴り破る。その先で急に明るい光が差し込み兵士たちの目が眩むが、強い光の中で断片的に見える風景に見覚えがあった。
「此処は・・」
プラクシスは辺りを見渡して我が目を疑う。しかし眼鏡の度数に狂いは無く、この映像に間違えは無い。
「観念しろテロリストっ!うわ、眩しっ!!」
遅れて入って来たクラウも瞼を擦りながら辺りを見回し唖然とした。
「おいっ此処って!!?」
吹き抜けるステンドグラス、歴史を感じさせる巨大なパイプオルガン、幾何学的な壁画。
「・・・あぁ、間違いないサントラグナ教会の礼拝堂だ」
「何でこんな所に・・!?」
丁度讃美歌を歌っていたシスター達も突然の来訪者達に少々目が泳ぐが、決して合唱を止めようとしない。
「けっ、こいつ等こんな非常時にも呑気に歌を歌ってやがるぜ!学芸会は終わりだっての!」
「コラ君たち、持っている剣を鞘に戻しなさい」
「!!?」
真横の檀上から司祭が聖書を持ったまま注意を促してきた。




