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エレオスブルグの診療所  作者: 天照
オピニオン×カンファレンス@王国騎士
29/36

カルテ27:天空の牢獄

「んだよ?思いついたって・・」

「矢沢先生、”可愛い子には旅をさせよ!”っていうジパングの言葉を知ってますか?」

「聞いた事はあるが・・・それがどうした?」

「私に旅をさせて下さい!」


単刀直入な意見に対して矢沢先生は不機嫌そうに壁を殴る。


「それはお前が可愛いという事が前提なのか!?」

「まぁ、私が可愛いかどうかはトリックアート的な感じで」

「トリッキー過ぎるわっ!お前はひん乳のインチキマジシャンか!!?」


二人が火花を飛ばす狭間で瑠唯は首を傾げた。


「元々の意味って・・我が子が可愛いなら、親の元に置いて甘やかさないで、世の中の辛さや苦しみを経験させたほうが良いって事ですよね?」

「そうですよ、瑠唯君大当たり!って言う訳で外の世界に赴いて来ようと思います」

「外の世界って?」

「訪問診療で会場へ行くんですよ!それならあっちで何かあってもすぐに対応出来ます」

「でも、診療所の方は?」


「ゴホンッ・・」


矢沢先生が物言いたそうに咳払いをする。


「ったく、そういう事なら早く言えよ」

「へ?」

「実は大学病院の件が妙に心に引っ掛かってな・・今年の祭典は不安がよぎって仕方ねぇ。そういう理由なら二人で行って来い!留守番は俺一人で十分だ。」

「矢沢先生!・・・私、失敗しませんから!」

「お前はキャラが失敗してんだよ!さっさと言って来い」


杏里は急いで診察室へ戻ると救急キッドに必要な荷物を詰め始めた。


「結局、ことわざの意味はかすりもしなかったですね・・」


瑠唯は突っ込み所に迷い切なげに微笑む・・。

・・・

・・

荷物を詰め込んでショルダーバックをげた杏里は入り口にて敬礼のポーズを取り、矢沢先生と向かい合う。


「今日までお世話になりました・・私は月の国へと帰る日が参りました!」

「あのなぁ・・俺は、たけのこ狩りにも山へ芝刈りにも行かねぇっての」

「でも、赤ちゃんのかぐや姫はどうやって栄養を取っていたんでしょうね?」

「まぁ、きっと多分竹の中を胎盤と共に臍静脈さいじょうみゃくが巡っていて、それが地中の栄養素を吸収して胎児に――」  

※臍静脈=胎盤から胎児のへそを経て、胎児へ血液を送る静脈。


「あのぉ・・話がズレて行ってますけど、僕等はそろそろ・・」


瑠唯が申し訳なさそうに話に割って入ると、矢沢先生は”はっ!”とした表情をした後に手を振った。


「そうだな、取り敢えず早く行って来い!それと何かあったらすぐに電話しろよ!」

「はい・・でも、私が鶴である姿を見られてしまった以上、此処を出て――」


・・この後、ソワソワしている瑠唯を余所に十五分くらい同じやりとりが続いた。

・・・・

・・・

・・

<高層ビル屋上>


ただでさえ朝が寒いこの時期に、高くそびえるこの場所はまるで別世界の様な異様な寒気を大気に混ぜ込んでいる。二人は座り込んで時間の経過を待つ。


「ちきしょう、凍えそうだな・・」

「大丈夫かノルン」


簡素な毛布を羽織っただけのノルンはガチガチと小刻みに震えていた。


「だからちゃんと厚着をして来いっていっただろう?」

「わかってるけどさぁ・・」



”アタシが欲しいのは新品の上着・・・『今度買い物に付き合え!』”



ノルンは過去に瑠唯と買い物を約束して事を忘れずに上着の購入を我慢している。


「まだ時間はある。そこら辺で安い上着でも買って来い」

「うるせぇ、殺すぞ!」

「えぇっ?お、お前、依頼主を殺したら本末転倒だろ!?それとも今の一言で俺なんか悪い事言ったか!?」

「・・・・」


ノルンは突然の射をぬいた質問を喰らってこういう時のリアクションをどうしたら良いのかわからずに、まとまらない空気の中で赤面になった。

マスターからしてみれば情緒不安定の超低気圧爆弾を隣に積載しているような緊張感に振り回されている。


「とにかく・・心配してくれんのはありがたいけど、私はこのショボイ毛布一枚で十分だ。お前らも私がギターさえ弾ければそれで満足だろ?」

「まぁ・・そう言われてしまえばそこまでだが・・」


ノルンは毛布にくりまりながらギターに手をかけた。人の気配が感じられない殺風景な空間に癒しのメロディが流れて上空から朝靄が少し残る街を覆う。


鳥達は群れを成して飛び立ち、ビルの窓ガラスに陽の光は眩しさを伝えた。


全ての粒子から発生する空気振動は音と成り、現象として一人の女神が包み込む。



『あら、ノルンちゃん♪今日は早いのね♯ゴミの中じゃないし♭』


ふんわりと降りて来た女神は相変わらずご機嫌そうに躊躇なく絡んで来た。


(ゴミとか言ってるけど、お前もそのゴミ山のギターから出て来たんだろ?)


ノルンは無言のまま吹き出す。マスターは急な事でびっくりしたが、交信だと気付き邪魔をしてはいけないと黙り込んだ。


『ギターはゴミ山の物でも、ノルンちゃんの腕も心音も珠玉の逸品よ♮』


(る、るせぇなっ!んなこたぁどうでも良いから早く視てくれ!)


『何を視るの?』


(向かい側のビルで誰かが国王の暗殺を企むか?企むとしたら一体誰のなのか!?)


『なーるほどね♪わかった、視てみる』


すると、ノエは目を瞑り鼻歌を歌い始める。風や温度、感情・・世界の要素とノエは共感してその奥の予測可能性みらいに入り込んでいった。


(ノエ、何か視えたか?)


『・・視えた!白衣を着た男が居るわ♮』


(白衣?どういう事だ!?)


『何かこの屋上でみんなが喧嘩している・・♯』


(喧嘩?)


『うん、ノルンちゃんとマスターと・・あっ、あの時のイケメンの青年も居ると思う』


(瑠唯が!!?何故だ?)


『何か、撃つだの撃たないだの・・ライフルが関係しているみたい』


(その白衣の男って誰なんだ!?)


『多分私達が未だあった事の無い男だね・・』


(名前は分るか!?)


『う~ん、朱异だね、文字にすると結構難しいよ』


(誰なんだ朱异って・・)


『あぁ、ノルンちゃん・・そろそろ・・』


(わっおい!)


ノルンの引き止めも虚しくノエの身体は透けて高層ビルの更に上空である文字通り天へと昇って行く。



「おいっ!!」

「どうしたノルン!?」


そこには心配そうな顔をして顔を覗きこむマスターが一人居るだけ・・。


慌ててビルから向かいの建物を覗き込んでも誰も居ない。


「おい、ノルン!冷や汗もかいているし様子が変だぞ?」

「マスター・・朱异って男に聞き覚えはあるか?」

「あぁん?一体お前」

「なんでも良い、教えてくれっ!」


ノルンは柄にもなく、気迫のある声でマスターの腕にしがみ付いた。


「・・俺の知っている朱异と言ったら、朱异内科医院の医院長先生だな。腕も良いって評判だがそれがどうした?」

「朱异・・内科医院・・瑠唯・・・まさか!?」

「あん?」

「なぁ、マスター!その朱异って野郎には子供はいんのか?」

「確か息子と娘が居たはずだよ。俺も親しいわけじゃないからそんなに詳しくは知らんが、兄さんの方は後を継がずに別の病院で研修をしているって話だったな」

「その息子の名前は!?」

「さぁ?さすがにそこまでは・・」


ノルンは初めてロッソフォリアを占った時の事を必死に思い返す。


「その息子が務めている病院に口の悪い医者とひょうきんでお節介焼きの看護師は居ねぇか?」

「どうだろうなぁ?でも、どうした??」

「どうやらその朱异って野郎が向かい側のビルで私達とモメる事になりそうだぞ」

「朱异先生がか!?でもどうして・・」

「さぁな?肝心なところが視えなかった・・」


ノルンが力っ気無く掴んでいた腕を離すと、マスターは上着のポケットへ手を入れた。


「ちょっと待ってくれ、無線で仲間に朱异先生とその息子の情報を探ってみる」

「あぁ、頼む」


それから数分の間、ノルンは歯がゆくもマスターの掛けた無線の一緒に返答を待つ。


『RURURURU・・』


「おう、俺だ・・ほう、そうか分かった。ありがとう」


無線を切るマスターに対してまるで餌をねだる犬の様にノルンは絡んだ。


「マスター、どうだった!?」

「朱异先生の息子さんの名前は瑠唯君というらしい。デア・サブマという診療所に勤めていて口は悪いが腕は確かな医者と、馬鹿っぽくてお節介だが熱い看護師が居るらしい」

「連絡はつくか!?」

「それが、瑠唯君は外出中で今は居ないらしいし、朱异先生も病院を休んで連絡が取れないらしい」

「・・くそぅっ!・・」


下手に動き出すことが出来ない以上、無闇に街へも散策へ出られない状態にまるで自分達が屋上で誰かに見張られ、閉じ込められているような閉塞感に襲われる。


「落ちつけノルン。その親子がどういう風に絡んでくるか逆算して動くためには冷静にならねば」

「・・・・そうだな」


ノルンは再び毛布にくるまった。

・・・・

・・・

・・

大学病院の診察室にてフィーレは素知らぬ顔でカルテを整理している。

暗躍機関に後始末を任せて二人は何事も無かったかの様に逃げ出していた。

朱异先生は「やる事がある」と言って離れてしまったが、こうして暗躍隊を手配してくれた事も今までの研究も全て彼の力があってこそなので、次に繋げる何らかの行動起こすに違いないとフィーレは読んでいる。


(朱异先生、僕は未だ諦めていません。貴方が支援して下さる限り、すぐに研究を再会したいと思っています)


楽園の主達は醜悪な魔物の様な狂気に憑りつかれていた。



一方朱异先生はというと、交渉員を通じて騎士団へタレこみを流して情報を攪乱かくらんする作業を継続している。

爆破解体業社をテロ組織と通報したのも彼の仕業で、捕まった経営者はギルドメンバーだった。


「ギルドはいずれ邪魔になる」


一見何の関連性も無い朱异先生とギルドだが、ストリートチルドレンと呼ばれる様な身寄りのない子たちは大抵路地裏である商店街裏に捨てられていく。

それを自治会であるギルド連中が保護して一部の能力者が教会の保護を受ける事になるわけで、その後の様子を覗いたりもする商店街の保護者連中は実験の障害でしか無かった。

であれば、自分の手を汚さずに消すために情報を操作して、式典日に国民からの反感を買わせて叩き合わせれば良い。


「虚構というのは時として事実となるのだよ」


朱异は反対側のビルの中で社長室の様な床全体を大理石で造られた高級感あふれる部屋に居た。此処は朱异が以前に資金援助の手回しをした雑貨ビルであり、経営者として自由に使える隠れみのである。

入り口に動物の毛皮で形取られたカーペットを敷き詰めたり、大きな鳥の剥製はくせいたり、あらゆる生命を支配したかのような威圧感に溢れているのに殺伐とした空間。



魔法も夢も未来も命すらもビジネスの道具に過ぎない――



「さぁ、時の反逆者として散らせたまえ」


手を後ろに組み、街を見渡せる大きな窓から民衆を傍観していた。


お互い空の上の巨城にて沈黙戦が続く中、地上では旗降る人達に見送られながらオープンカーでゆっくりと進む。

・・・

・・

「オルグリオ隊長!・・あれ?隊長??」


騎士団の拠点地にて兵士の一人が連絡に訪れると、そこに居るはずのオルグリオの姿が無かった。



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