カルテ26:新生の宴
この前夜祭にデア・サブマの面々が現れないはずが無い。
矢沢先生や瑠唯が参加しなくても杏里がこの催しを逃すハズが無いのだ。
「わぁおっ、矢沢先生!たこ焼きですよ、たこ焼き!たこが焼かれてますよ」
「おい杏里、落ち着いてあのタコの気持ちになってみろよ。ある日いきなり故郷からさらわれて体を捌かれた上に焼かれるんだぜ!」
「うっ・・」
「お前はそんな惨殺現場を笑って喜んでいる快楽犯だ!」
「あぁあああああああ、タコさん許して下さぃいいいいいい」
白い編み込みのチュニックにチャコールグレートレンカを履いて登場した杏里は、そのまま屋台通りのたこ焼き屋の前で膝をついて拝み始めた。
「杏里さん、みんな見てますよ!折角久々の私服でおめかしして来たんでしょ」
瑠唯が慌てて杏里の腕を掴む。茶色いモッズコートにベージュのストールを巻いて初めての私服を見せるが矢沢先生は唾を吐く。
「なんだ?てめぇのその防寒性の無さそうなマフラーは!?ちゃんとアイロンかけてから来いっ!!」
「これはそういう素材なんです!矢沢先生こそ何故プライベートでも白衣なのですか?」
「俺はこれがシンボルマークみたいなもんなんだよ!こんな着まわせるアウターは世界を探しても無いぜ!」
矢沢先生はどや顔で白衣を見せ回るが、瑠唯はなるべく二人とは距離を置いて他人のフリをした。
――そもそもこの式典はエレオスブルグが国として独立した記念に毎年執り行われるものである。
元々エレオスブルグは他の帝国の植民地として置かれていた戦時中の補給地点だったが、現国王の先祖が民を率いて反乱を起こし国としての権利を取り戻した。
その時に傷ついた民を治療して助けたのが帝国病院であり、感謝の意と戦乱の皮肉を込めて当時の名前のまま残している。なので同じ国に建てられながら大学病院とは全く異なる歴史を刻んでいるのだ。
当然、国の中でそれまでの貴族から奴隷として扱われていた人民たちの地位は変化を遂げ、闇討ちと呼ばれる暗殺に近い不意打ちだったものが、仕事や経済観念による社会的な復讐へと堂々と変貌して子孫達へも影響を及ぼすようになる。
フィーレに人体実験として使われていた被験者の青年もまた、帝国時代に名を馳せていた現没落貴族の子孫で金に困っていた両親がその力に気付いて知り合いである朱异に売り飛ばしたのだ。
正確には朱异が両親の金銭的な弱みに付け込んで強引に買い取り、それを昇進の材料と題してして細胞研究をしていたフィーレに与えたのである。そうして自身は成功すれば権利の一部を奪い、失敗したらフィーレに全ての責任を押し付けて逃げる算段を整えていた。
しかしそんな非倫理的な事を教会側が黙って見届ける訳も無く、法的な強制力を執行して青年を引き取った訳だが、力を制御する訓練中に暴走した青年は外へと飛び出して後は今回の爆発事件へと繋がる――
『ドォーン』
「わぁ、綺麗な花火!」
萎れていたはずの杏里が立ちあがり、嬉しそうに夜空を見上げていた。
此処に居る大半の人間は過去の戦争など祖父母から聞いた事があるくらいの遠い歴史である。
その当時の感情を引きずらなくてはならない環境に置かれた者達の事など知る術も無く・・・
・・・・
・・・
・
『パァーンッ!パァーンッ!!』
翌日も早朝から同じく花火がたくさん上がっていた。
「う、俺もどうやら此処までらしい・・後の事は頼んだ」
杏里が下腹部を抑えながら蹲るが瑠唯は呆れた顔で見ている。
「杏里さん・・それ、花火の音を銃に例えて撃たれたマネをしてるんですか?」
「う~ん、『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ!』フラグの方が良かったかな?」
「未だ開院前なのにどんなテンションしてんすかっ?」
「そりゃあ、花火テンションですよ!」
「あぁ、わかりました・・」
瑠唯は諦めて自身の手を額に溜息をつくと、いつもの様にカルテを眺め始めた。
杏里はシーツを入れたかごを持ってご機嫌そうに診察室を出る。
『パァーンッ!』
「俺、この戦いが終わったら結婚するんです!」
「あぁ!?何の戦いだ馬鹿野郎!!寝言は十二時間後に寝て言え」
壁伝いに矢沢先生の怒号が瑠唯の耳に聞こえてくると、馬鹿々しくて吹き出した。
そんな怒鳴り声を無視して杏里はウッドデッキへと駆け上るとパッとシーツを勢いよく広げながら空を見上げる。
「うん、本日も晴天なり!」
遠くから聞こえる花火の音と共に風でうっすらと流れていく煙を見ると、毎年の事ながら心は高揚した。
「今日は会場の方も賑わってんだろうなぁ」
本日、デア・サブマの三人は全員出勤のシフトなので誰も式典へは参加はしない。
普段から受診数もそこまで多くないこの診療所も数万人の式典の最中となれば、脱水症状や喧嘩の怪我、酔っ払いの世話などこの季節にしてはイレギュラーな診察が突然舞い込んでくるので常に警戒態勢で挑んでいるのだ。
「ったくよう、なんでこう世間ってのは記念日に浮かれたがるのか・・?」
矢沢先生が相変わらずのテンションで揚げせんべえを食べている。
「記念日ぐらいにしか許されないからですかね?」
「実は患者さん達は何気ない日々の幸せを一番良く実感してんだよな」
『パリン――』
食べたせんべえの食感に日々の脆さを重ねた。
・・・・
・・・
・・
・
「こちらAチーム、応答を願います」 「こちらBチーム、全員揃いました」
甲冑を身に付けた兵士たちが愛馬に乗りながら、国王夫妻が載る車の傍で無線で連絡を取り合っている。ゆっくりと進む白いオープンカーは堂々ど広い国道を進むので一般車両の規制も厳しく、この日は何百人体制で警察が交通規制や不審者の確保を執り行い毎年秩序を護っていた。
「Aチームはそのまま国王の進行の補佐を、Bチームは持ち場に付いて監視の手を休めるな!」
「「了解」」
街の中の特設本部にてオルグリオは無線機を持って手際良く指示を出す。
「今日でこの下らない世襲も終わりだ・・新生の宴にしてやる」
相変わらずオルグリオの瞳は赤く、鋭く歪な眼光を放っていた・・。
「役者もじきに揃うだろう・・」
モニターに映る商店街の隣の駅前大道路は国民やら報道関係者で溢れ返っている。人口密度が濃いこの道路は国王一向が向かう最後の巡回場になるので、まだテロリストと一触即発するであろうタイミングまでは数時間の余裕がある。そしてオルグリオ達騎士団が監視を続けるモニターに映らない商店街裏の図書BARには商店街ギルドのメンバーが数十人集まっている。
・・・・・
・・・・
「今日の相言葉は?」
「『幻燈御灯』第二章スタート!」
「よし、入れ!」
ハンチング帽を深被りした男が辺りを見回しながら中に入る。
「いつもの自治会集会場の方は騎士団が見張っていて今日は使えそうに在りません」
「やはりか・・まぁ良い。此処は個人の建物だから安全だ」
ブラインドから外をこっそりと眺めるマスター、ライフルは既にビルに仕掛けて上手く隠してあるが、他のメンバーは魚を捌くための包丁だとか、スポーツショップの店員はゴルフクラブだったりと各々の店の武器を手に持ち構えていた。
「マスター、準備は出来てます」
「よし、何かあった時はこの裏通りの抜け道を使ってテロリスト共を叩き潰せば良い。それまでは無線機を持って待機だ」
「よっしゃ!」
皆、テレビの生中継で放送されている巡回映像に釘付けである。
「よし、ノルン。こっちはちょっくら先に構えるとしよう」
「おう・・」
ノルンは軽く頷いたが内心、複雑な思いが絡んで心配だった。瑠唯が関係してくるのは嬉しいが、出来ればこの裏事情を知らないまま平和に過ごしてほしい・・。
ノエの的中率の高さはロッソフォリアの件でも証明済みなので尚更巻き込んでしまう申し訳なさで昨夜からため息が止まらなかった。
「どうかしたか?」
「・・・いや、行こう」
ノルンは気持ちを切り替えて外の空気を吸う。朝の放射冷却によって吐く息が白く手先が冷く凍えた。
「寒みぃな・・・」
「お前、さっきもホットミルクを飲んだばっかだろう」
「手がかじかむとギターが思い通りに弾けねぇんだよ!」
そしていつも通り路地裏のガラクタ山に置かれたギターを手に持つと、そのまま回り道をして銃を仕掛けて来た高層ビルを目指す。
・・・・
・・・
・・
「今年は怪我人が出ないと良いですね」
杏里は呑気に待合室のテレビを眺めていた。
「マリア先生は火が噴くだろうな」
「・・確かに」
普段から忙しいインホスはきっと今日は更に忙しくなる。
「……父さん………」
無意識か瑠唯がボソッとテレビに向けて寂しそうに一言放った。
「え?今、何か言いましたか?」
「・・?いえ、何でも無いですっ!」
振り返る杏里に瑠唯は慌てて首を振る。勿論杏里は何かあると踏んだが、人にはそれぞれ事情があると思い、敢えてツッコまなかった。
杏里の予想通り瑠唯は父親の事が気になっている。元々確執はあったが、ここ最近に家での様子も変で、終いには心配する朱异の妻にも怒鳴るくらいピリピリしているのを見て不信感を抱いていた。
そして、大学病院で爆発のあった日からはメールを一本残して家も空けている。
いつもの年なら個人営業している『朱异診療所』で怪我人達の世話をしているはずなのに、今年は何かが違う・・・そんな瑠唯の背中を矢沢先生も無言で眺めて朱异とフィーレの事を思い出していた。
「この祭り、くせぇな・・・」
あの日の事を思い出し、式典映像を見た矢沢先生の目付きが変わる。
勿論、杏里も言葉にならない何かを予見していた。
「あ、そうだ!」
「どうした杏里?」
「あの、思いついた事があるんですけど・・」
それぞれの事情と数万人の命運を乗せた白いオープンカーはゆっくりと進み出す。




