カルテ25:前夜祭
『ニュース速報:エレオスブルグ大学病院付近の地下にて大量のマナ資源が爆発。死傷者不明――』
「あらら、大変じゃない!」
何気なくリビングでテレビを見ていたアンは突然の情報に釘づけになった。
「どうしたの?」
台所で杏里から薬の使用方法を聞いている途中だったファーレスも戸口から顔を覗かせる。
「大学病院の近くで爆発事故だってさ、治療するための場所で怪我してもねぇ・・」
アンは複雑な表情でテロップを眺め続けた。
『ボンッ――――――!!』
台所でも謎の爆発音が起こり、ファーレスは忙しそうに振り返る。
「杏里さん、大丈夫ですか!?」
「いやぁ・・・ケミりましたよ!」 ※ケミる=ケミカルな事が起こる
大量の煙が吹き出す中で敢えて大袈裟に笑ってごまかそうとしている杏里。
「その様子を見る限り調合は失敗ですか?」
「う~ん、失敗は成功の母と言いますが、これは重度のマザコンになる可能性がありますね・・・・さぁ、飲んで!」
「えぇ!!?それ、失敗して化学反応を起こした液体でしょっ!?俺は何の被験者っすか!??」
杏里はコップからぶくぶくと溢れている赤い液体を見て頭をかいているが、ファーレスは急いでふきんでテーブルを拭きながら首を横に振った。
「大丈夫、これはリアンちゃんが命を懸けて作ってくれた努力の結晶ですよ!どうしても不安というのならば、まず私が飲みます!」
杏里は何のためらいも無くコップを手に取ると、もう片方の手でバックの中から封筒を取り出す。
「・・・ただ、来る途中で郵便局に寄るのを忘れてしまったので、後で実家にこれを送って下さい」
自分を助けようとしてくれた人たちを疑ってしまい、少し罪悪感すら覚えるファーレスは毅然とした表情でコップを握る杏里の態度に惹かれながら封筒を受け取り、表面に書かれている表題を見た。
「どれどれ・・」
『遺言 佐野杏里より』
「遺書じゃないっすかぁああ!!もっと、仲間を信じろよっ!!!」
「信じてます!あくまで自己責任で検死してもらうための意書です」
「なんで死ぬ事が前提の薬なのさ!?」
「科学に絶対なんて無いんですよっ!!」
「格好良いけどなんか違う!合ってるようでなんかケミってる!!」
・・・・・
・・・・
・・・
・
同じ頃、別宅の入り口に小包が届き郵便物は母親の手を通して家の中へと入れられる。
「マギアス、貴方宛に荷物が届いているわよ」
「はぁい!」
二階の子供部屋から聞き覚えのある若い声と共にフローリングの床に軽い足音が響いた。
「何だろ?」
最近はネットでショッピングをした覚えも無く、母親から受け取った小包を貰うなり差出人の欄を探す。
『親愛なるマギちゃんへ anri♡』
「この濃ゆい文面は・・」
未だ日が浅くとも体感した杏里との日々・・マギアスは予測不可能な中身に警戒しながら慎重に包み紙を開け始める。
びっくり箱、立体映像、簡易爆弾・・想像すればキリの無い不安を開けるかのように一枚々めくられていく和紙。
「――?」
最後の一枚がめくられると赤い粉末の入った袋と手紙が添えられていた。
『拝啓、早朝の頻尿に困る今日この頃――』
「いや、季節的な問題じゃないでしょ・・ってか、何歳なんですか?」
『思い起こせば十七年前、エレオスブルグの路地裏で貴方を拾いました――』
「拾ったも何もこの前初めて会ったばかりじゃないですか・・ってか、計算すればその頃貴方はまだ二歳ですよ!?」
一人で郵便物に向かって一生懸命にぶつぶつと喋る姿を心配そうに眺める母親・・。
『この薬は気持ちです。良かったら飲んで下さい』
「えぇっ?頻尿に困っていること以外は何も分からなかったですけど・・これは頻尿の薬なのですか??」
ちなみに杏里の寝つきの良さはピカイチで頻尿で起きる所か、修学旅行で額に肉と書かれても起きないタイプである。よってこれは相談では無く、単にマギアスにジャレたくて書いたデタラメだ。
(そう言えば、杏里さんのバイクに乗せて頂いた時にあの人全然トイレに行って無かったな。むしろ膀胱炎で悩んでるんじゃないかな!?)
吹き出しそうになりながらもマギアスは落ち着きを取り戻し、冷静に赤い粉末を見つめた。
(・・んん待てよ?これは前に回復薬の研究資材で見た事があるな。確か・・・そうだ、ロッソフォリア!)
その瞬間マギアスの胸の中が暖かくなり、顔の表情が緩む。
自律神経がすり減っているマギアスのために緩和薬としてロッソフォリアをお裾分けしたのだ。
「杏里さん、ありがとうございます」
包紙と手紙を胸にあてて、彼女は海の音を思い出そうと静かに目を閉じる。
・・・・・
・・・・
・・・
・
穏やかな時間が流れる一方で繁華街に建てられた事務所の辺りは緊張感で包まれていた。
『タッタッタ――』
コンクリートの階段に響く足音、エレオスブルグの中のとある工事業者の建物に王国の兵士達が駆け込んだ。
『バキィイイ――』
戸口を蹴り破ると武器を構えたまま何人も強引に事務所へと入り込む。
「動くなっ!」
突然の剣幕にうろたえる社員達を刃物で威嚇しながら、残った兵士が数人社長室へと入った。
「何だお前等?急に何事だ!?」
そこには何も予期していなかった五十代の男がソファから立ち上がり眉間にシワを寄せている。
すると部隊のリーダーと思われる凛々しい男が先頭へと歩き出した。
「今回のエレオスブルグ大学病院付近のマナ爆発事件及び、王冠継承記念式典妨害計画の容疑でお前を逮捕する」
「はっ!?お前ら正気か?そんな横暴を法で通せるわけねぇだろ!」
「逮捕状なら此処に在る」
そう言うと社長と他数人の会社役員の名義が載せられた逮捕状を数枚突きつけられる。
「馬鹿な!?確かにウチは爆破解体も業務に入っちゃいるが・・マナの事も知らねぇし、式典の妨害なんか企てる分けねえだろっ!」
「言い分があるのなら、ちゃんと相応しい場所で述べろ!」
そういうと兵士たちが武器を向けたままの状態で社長の体を掴み、半ば強引に手錠を掛けた。
「他の社員も全員連れて行け!」
「「「ハッ!!」」」
抗議しようとする営業スタッフ、抵抗しながら言葉と唾を吐き捨てる工事関係者や、中には泣きながらその場に座り込む女性事務員も居たが、兵士たちは容赦無く全員に手錠をかけて護送車へと詰め込む。
『ブロロロロ—―』
理不尽な罪を着せられたまま発車した護送車を見つめた部隊リーダーは業務用の電話を握った。
「こちらα2隊。只今テロリストの一味を逮捕、拘置所の方へと護送しました!任務を終了しましたので、これより帰還いたします」
「了解した」
受話器の先で交信している男はニヤリと笑うと、適当にそれなりの言葉を返して電話を切る。
「フン、下賤どもには丁度良い目くらましだ」
椅子に腰かけて剣を磨くのはオルグリオだった。
今回の逮捕は彼の指示で行われたのだが、本来こんな手荒な真似をする様な性格では無い。
怪しげな笑みを浮かべながら握る剣の切っ先は彼の赤い瞳が反射している・・しかし、元々瞳の色はブラウンだ。
「さて、次の段階へ移行しなくては・・俺もそろそろ急ぐとするか」
オルグリオは剣を鞘にしまうと、コートを羽おい部屋を出る。
「どうやら俺は良い器を手に入れたようだ」
自身の掌を見つめながら黒い笑みを浮かべた。
・・・・
・・・
・・
・
アン達と同時刻に矢沢先生は醤油せんべいを食べながらデア・サブマのテレビでニュース速報を眺めると、その内容に言い知れぬ不安を感じる。
「ったく、面倒な事にならなきゃ良いけどよ・・だから税金の無駄遣い何てするもんじゃねぇ」
机に備え付けの電話で杏里の番号をかけた。
「おう、杏里か?あぁ違う?間違え電話です、失礼」
急いで電話を切って、再び掛け直す。
「おう、杏里か?お前さっきと同じ声じゃねぇか!騙しただろ馬鹿野郎!っでだ、ファーレスへの薬は上手く渡せたか・・・・あぁそうか、今さっき出来たか。まぁ、なんだ・・夜露死苦言っておいてくれや」
どうやらあの後、杏里はファーレスに正しい分量で薬を分け与えてアン邸を出たらしい。この作業を続ければ大分体の状態は快方へ向かうはずである。
『カチャ――』
珍しくと言えば失礼だが、久々に診療所の戸が開く音が聞こえて矢沢先生は急いで醤油せんべえを机の引き出しの中にしまい込んだ。
「どうぞ、お入りください」
抑揚のない声でわざとらしく机の上に広げてあった医学書を開き、今まで勉強していた感を演出してみる。
「忙しい所悪いのだが・・」
「・・・・・その声」
「よぅっ!」
矢沢先生が何かを思い出す様に嫌々と振り向く先に立っているのはノルンだった。
「『ようっ!』じゃねぇよ、見る限りぴんぴんしてんじゃねぇか!」
「お前こそ、引き出しからせんべえの袋がはみ出てるぞ」
確かにさっきまで食べていた醤油せんべえの袋が完全犯罪を暴いてしまっている。
「うぉっ!・・・・・ゴホンっ・・で、今日はどうした?」
「お前等、何でも治療するのなら未来だって治療出来んだろ!?」
「あ?変な奴だとは思ってたけど・・やっぱきてんな」
「るせぇな、ハミせん野郎!この事を上に暴露すんぞ?」 ※ハミせん=はみ出しせんべえ
矢沢先生は唇を噛むと、黙って手早くせんべえの袋を完全にしまい込んだ。
「まぁ、話だけなら聞いてやんない事は無いぞ?」
「その言い回しは不快で納得いかないが、取り敢えず聞いてもらうとしよう」
ノルンが患者用の椅子に腰かける。
「私の占いでな・・式典の最中に国民達による暴動が起きて、それを止めるために瑠唯と力を合わせて騒ぎを食い止めるお告げが出たんだ」
「っていう妄想癖の治療か?」
「あぁ、この妄想を治療するには未来を変えてもらう必要があるんだよ」
「・・・で、どうしろと?」
「単刀直入にいうとお前等にも我々のギルドに入って医療班としてサポートをして欲しい」
いくら占いで未来を視る能力を持っていようが、数万の人間が暴れれば不慮の怪我は必然的に発生するだろう・・。
「――折角だが、断る」
「・・・なぜ!!?」
ハトが豆鉄砲を喰らったかの様な顔でノルンは立ち上がり、座ったままの矢沢先生に問い詰めた。
「なぁノルン、イジメを撲滅させたいなら虐める側にも虐められる側にもならないように心掛けなくてはならない」
「あくまで中立で居ようという考えか?」
「此処はただの診療所だ。それ以上でもそれ以下でも無い以上、俺達は武器にも防具にも成れやしないんだよ!」
『バンッ!――』
ノルンは納得がいかずに横に立ててあった棚を衝動的に叩きつける。
「・・・お前平気か?国が亡びたら中立も何も無いんだぞ!?」
「しゃらくせぇ、そんないい加減な国ならいっそ亡べよ!」
「なっ・・」
「良いか?お互い”暴力”に名を変えた自殺合戦になる事くらい分かるだろ? 俺は生きる事に迷っている面倒くさい人間は診るが、自ら死ぬ事が前提の人間の世話をする程の暇人でもお人好しでも無い。増してやそんな思想の片割れに加担するわけにはいかねぇんだ・・・悪いが他を当たってくれ」
「・・・・・そうか・・・しょうがない、こちらとしても価値観の全く違う相手と組む事は出来ないからな」
性分なのか?割とあっさりとノルンは立ち上がり、机の引き出しから醤油せんべえの袋を取り出して頬張った。
「お大事に」
「・・・・邪魔した」
ノルンが出て行ったあと、醤油せんべえの袋に手を伸ばすが、中身がもう無い事に気付きグシャグシャに丸めてくずかごへと投げる。
「アイツ、俺に断られる事は占えなかったのか?それともこれも含めて既に先を読んでいるのか・・・?」
不明な情報も彼女を追い払ったとなれば今更聞く訳にもいかず、無くなってしまったせんべえと共にもの寂しい空気を呼び寄せた。
・・・・・
・・・
・・
・
それから診療所内外の治療に専念を続ける日々を過ごして数日後、目まぐるしい日々の中で開会式前夜となると街は前夜祭と称して夜店やナイトパレードで盛り上がりを見せる。
平和に賑わう繁華街の隣に建つ高層ビルの屋上にてマスターとノルンは虚無感にも似た顔付で光に満ちた群衆を眺めていた。
「あぁ、やっぱ屋上は寒ぃなチクショウ」
「なぁ、ノルン。情報だと解体工事の業者がテロ行為を起こそうとした所を逮捕されて、被害を未然に防いだと発表されたが・・実際はどう思うかね?」
「済んだと思ったならこんなとこ来てねーよ」
「・・だな」
マスターは一回白い息を吐くと後ろに置いてあったツールキッドを取り出し、スナイパ—ライフルを組み立て始める。
「なぁマスター、此処は死角になっていて式典最中に国王が見えないんじゃないのか?」
「あぁそうだ、俺達はあくまで国王を狙う集団をロック出来ればそれで良いんだからな。それにはこの場所が一番適している」
様々な輩を俯瞰的に監視する事の出来る拠点として選んだようだ。
「後は明日の群集の中から私のフォルムジナで実行犯を絞り出せば良いわけか」
以前にテロリスト一味を占おうとしたら数万から数千の民衆が浮かび上がったので、此処から先はカテゴリー別に地道に導き出すしかない。
「今、商店街の集会場にも数十人のギルドメンバーが駆け付けてくれている。なんとしても暴動は我々で食い止めるぞ」
「・・・・おう」
夜空に上がる花火は一触即発の狼煙の様な皮肉を演出させながら、王冠継承記念式典は半日まで迫っていた。




