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エレオスブルグの診療所  作者: 天照
オピニオン×カンファレンス@王国騎士
26/36

カルテ24:完全再生医療

『カシャンッ』



図書バーのカウンターからカクテルの代わりに出て来たのは狙撃銃スナイパーライフルだった。


「これで、疑わしき左翼組織を一網打尽にしてやるぞ」

「へぇ、アンタの武器も久しぶりに見るねぇ」


カウンター越しに眺めるノルンの言葉に気を良くしたマスターが格好付けて構え始める。


「このライフルは最大で二千メートル先までを射程範囲に出来るから雑貨ビルの屋上からでも確実に仕留められるぞ」


狙いを定めるためのスコープは念入りに磨かれて最良の光沢を放っていた。真っ暗な銃口に白いあごひげが良く映える。


「じゃあ後は水平面化で動いている左翼組織を断定出来ればテロを未然に防げるわけだな」

「あぁ、当日は俺らの他にも多くのギルドメンバーが集うからな・・皆、お前さんの占いに従って働くだろう」

「おいおい、私の占いをあんま過評すんなよ?当たるも八卦当たらぬも八卦のスタンスなんだからさ」


ノルンは苦笑いをしながら本を開き読み始めた。どうやらイメージに無く読書は好きらしい・・。



他にもノルンのフォルムジナの欠点として非常にMPの消費が激しい術なので長めのインターバルを要するなど、使った後の不安定さも気になるリスキーな召喚技法になるのだ。

ちなみにMPという表記が出る以上、フォルムジナも魔法のカテゴリーに入れられるのでノルンも魔力をロックする矯正具を本来付ける義務があるのだが、根無し草の自由人がそんな規則を律儀に守るわけがない。


「にしても、マスター?ギルドにそんなテロレベルの機密を掴める情報屋が居るのか?」

「お前が放浪している間にウチも随分と規模がでかくなったからなぁ・・」

「この街並みの変化を見てれば、何となく想像はつくけど」


元々、駅前の大通など存在せずに商店街を通るルートが正規の道筋だったが、だんだんと駅前に企業ビルが参入してくるようになってから商店街に横付けする様な形で新国道が設置された。

このギルドは国道の設置により寂れ始めた商店街の面々が集まった自治集団だったものの、いつの間にか客引きの排除から治安維持までもする自警団まで行うようになっている。


「なぁ、ノルン・・少しだけでも奴等の素性を見る事は出来ないか?」


先程、フォルムジナで瑠唯とのやりとりを視てしまったのでMPを大量に消費してしまっていた。


「まぁ、やれない事は無いが・・・本当に断片的だぞ?」

「あぁ、構わない」

「・・ちょっと待ってろ」

・・・・

・・・

表に置いてきたギターを拾って屋内で弾き始める。


『ポロン・・ポロン・・』


やはり疲れているのか、音が非常に弱々しい。しかし呼応を聴き取って再び陽気な女神は降りて来た。


「ノルンちゃん呼んだ?♪」


(あぁ・・すまないんだが、また視て欲しい映像があって・・)


「私は良いけど、短期間にMPを消費しすぎるとノルンちゃんの精神が♭」


(勿論節度は分かっている・・出来る範囲で構わないんだ)


「・・・わかったわ♪」



ノエは耳を澄まして映像の要素を探す。微かな空気振動をたどって無限大数の情報数の中から必要なデータを取り出すと、共感覚としてノルンの瞼の奥にも届けた。


(記念日を惨事に変えようなんて面倒な事を考えるのはどこの野郎だ!?化けの皮を剥いでやる!!)


『ポロロ・・ン・・・・・』


ある種のワクワク感を胸を躍らせようとしていたノルンの眉間、そしてギターの音色が曇る。


「どうしたノルン?気分で優れないのか?」


急に表情が変わった背景に付いて行けないマスターが不安そうにノルンの顔を覗きこんだ。


「い・・いや・・・」


明らかに顔色が青ざめている。呼吸も荒く、誰が見ても精神が乱れているがノルンは一点を見つめて黙ったままだ。


(ノエ、この映像は本当なのか?)


「・・えぇ・・・恐らく♯」


(そうか・・分かった、恩に着る)


ノルンはギターを演奏していた手を止めてノエを還すと、深呼吸をしてマスターを見つめる。


「こりゃあ、骨の折れる作業になりそうだぞ?」

「どういう事だ?」

「MPの限界で本当に断片的にしか見えなかったが、私もまだ整理がついていない」


ノエが見せてくれた未来の予想図



”そこに映っていたのは数万人の人間達が駅前の大通りで暴動を繰り広げている惨劇だった”

・・・・・

・・・・

・・

エレオスブルグ大学病院のラウンジではフィーレと瑠唯の父親が会食をしている。

白が基調とされ、所処に室内鑑賞用の植物が丁寧に植えられている優しい空間にて二人は不釣り合いな会話を続けていた。


「これで今度の学会の成功を収めれば、教授選考会に君の名前を飾る大々的なチャンスが訪れるだろう・・その時は――」

「えぇ、朱异しゅい内科医院との医療業務提携をお約束致します」


このVIP専用のラウンジには現在二人しか居ない。

サントラグナと呼ばれる病院傍の湖には高級魚が多く生息し、二人が食べている食器の中にも釣り上げられたばかりの魚介類が多く乗せられ、ナイフとフォークのこすれ合う音だけが部屋の中を支配した。


「そういえばこの魚たちが生息しているサントラグナは教会の湖と通じているな」

「はい、名前自体がサントラグナ大聖堂ですからね」

「大いなる自然の中で特異な能力というのは育まれていくわけか・・・・時にフィーレ君、最近ちんけな連中が被験体の出所を嗅ぎまわっていると耳にしたが・・そちらの方の対策は万全かね?」

「はい、既に根回しは出来ております」

「さすが、次期教授候補は段取りが良い。こんなラウンジじゃなんだ、今度是非ウチへ食事に来給え。娘もさぞ喜ぶだろう」


瑠唯には高校生になる妹が存在するが、両親はあまり瑠唯とは関わらせようとはしない。勿論瑠唯はその理由が一時落ちこぼれた自分自身に有り、悪影響を及ぼすリスクから遠ざけられていることは百も承知だったが不出来な兄にとって出来る事は避けられながらも笑顔を見せ続ける事だった。


二人が欲にまみれた会話を広げる最中、いきなり皿が小刻みに揺れ始める。


「!?」



         『ドガァアアアアアアアアアアアアアアンン――』




「大丈夫ですか朱异先生!!?」

「一体どうしたというのだっ!?」


大分下の階から巨大な爆発音と振動が響き渡り最上部に位置するラウンジまで伝わって来たのだ。

・・・・・

・・・

・・

急いで二人はエレベーターで下へ降りると一階部分でセンサーが鳴り響き、看護師や警備員がパニックに陥った患者や見舞い関係者をなだめている。


「防火扉が作動して無い点を見る限り火事では無さそうですね」

「しかし、先程の振動は爆発に近かったぞ・・おい君」


朱异は近くの警備員の肩を叩いて呼び止めた。


「これは一体何の騒ぎかね?」

「はい、地下の方から爆発音と共に振動が・・」

「何っ、地下だと!?」

「はい、危険ですので地下への階段等へは近づか無いでください」


そう言い残すと警備員は再び蟻の様に群がる患者達を見つけ、彼等の避難誘導へ戻って行く。


「フィーレ君」

「はい!」


二人は流れに逆らって地下への階段を下りた。

・・・・

・・・

『コツコツ・・』


煙は出ていないものの、爆発の衝撃で照明が壊れたのか? 地下通路は非常に暗く、備え付けの懐中電灯を手に取り一歩一歩ゆっくりと進む。


まだ日中だというのに陽の光が存在しない空間はこんなにも味気なく寒い所だったのかと、病院に慣れていたはずのフィーレも内心薄気味悪さを感じていた。

非常灯で照らされている扉には『死体安置所』と書かれた部屋が在るが、問題の場所は更に奥となり威圧感は増していく。


「フィーレ君、応援を呼んだ方が良かったんじゃないのかね?」

「この研究が外部に漏れるリスクを考えるとやはり他言は無用かと・・それに被験者の部屋の中には研究員達もおりますので中には無事な者居るはずです。彼等と接触出来れば・・」


懐中電灯は研究室のドアを照らし出した。厳重に造られたドアは無残にも粉々に吹き飛んでいる様子から察するに、爆発はこの部屋で起きたと考えるのが妥当である。


「朱异先生、足元にお気を付け下さい」

「有害な毒素とか出ていないだろうね」

「大丈夫です、少なくともこの部屋で科学反応を起こすような薬品の掛け合わせは有りませんでした」


フィーレが先導し部屋へと入り込むと中は想像以上に荒れた形跡があり、壁や机に拡がった赤や白衣の切れ端、静まり返った雰囲気に研究員たちの安否は確認するまでも無い事を悟った。


「これは酷い・・何があったというのでしょう」

「フィーレ君、奥を見たまえ」


朱异先生が指差す方向には被験者を入れていたバイオカプセルが壊れ、中に詰められていた蛍光塗料の様な溶液が床へと溢れ出している。


「被験体がっ!!」

「いかん、この溶液の中に入れておかんと細胞の維持は出来んぞ」


被験者の能こそ活動は停止しているが、機械によって無理やり心臓は動かされ最新の生命維持溶液に漬け込まれた体内の細胞は活性化していたのだ。


フィーレは死んだ研究員の手を踏んだ事など気にも留めずに裸で倒れている被験者の体を抱きしめ、必死に脈などの確認を取っている。


「しっかり、死ぬな!君にはエレオスブルグの未来が・・」


『ピーーーッ』


虚しくも、それは裸体に直結している機械からのシグナルだった。

心拍数は0(ゼロ)を示して波形パルスは一直線に伸びきっている。


「・・・そんな、息をしろっ!目を開けろっ!!」


フィーレが一生懸命に体を揺さぶるが、さっきまで人だった物体はまるで人形の様に力無くぐったりと倒れ込んだ。


「おいっ・・おぃいっ!!」

「フィーレ君!残念だが・・・」

「馬鹿な、嘘だっ!こんなの絶対に嘘だっ!!」


朱异先生が肩に手を置くと、フィーレは悔しそうに歯を噛み締め現実を睨む。


「ここもじきに嗅ぎつけられる・・」


そう言うと赤异先生は一足先に部屋を出た・・フィーレはやはり歯をきつく噛んだまま動かない。


「くそう・・完全再生医療計画が」

・・・・

・・・

・・

数日前、フィーレが自宅でまとめていた会議の資料こそが『完全再生医療』のマニュアルだった。


日々進化するクローン細胞の培養移植技術。この技術が進歩すれば成人から生まれた頃の胎児細胞までさかのぼり事故や病気や老化により失った身体や内臓を再び生成し、欠損部にあてがう事が出来る。


しかし、現在の医学の知識と臨床段階ではとても上記の理論は実現できないのだ。


何故なら遺伝情報の僅かなズレにより細胞の育成段階で奇形な腫細胞へと変化してしまったり、場合寄っては奇形や癌へと変貌しかねる状態で医療とは呼べないリスクを持っている。


そこで考えられたのが精霊の力を持った能力者の潜在エネルギーを使い、細胞代謝を促していくやり方だった。これはリアンの薬精製の応用で従来の細胞精製とは違い、精霊の力は遺伝子のイレギュラーな凸凹を埋める役割を持っているとフィーレは予想している。


「くっ……私は諦めないぞっ……なんとしても」


まるで何かに憑りつかれたかのような執念の眼つきでフィーレは一点を見つめた。

・・・・・

・・・

『トントン・・』



「・・・・・・・」

「隊長っ?」



『ドンドンドン――』



騎士団宿舎、オルグリオの部屋の前にて兵士たちがノックするが気配が無い。


「ミーティングの時間なのに留守なのかな?」

「取り敢えず準備だけして待ってようぜ」


首をかしげながら会議室に帰る兵士たち・・しかし、オルグリオは部屋の中に居た。


(何だ・・この異様な胸騒ぎは・・・)


心臓の辺りを握りしめながら体の奥に宿る不思議な高揚感と動悸に襲われて、声を上げる事も出来ずにいる。


(ぐぅ・・)


正体不明の黒い感覚に取り込まれたオルグリオはそのまましゃがみ込み、正体不明の力に必死で抗っていた。

・・・・

・・・

『ピーンポーン』


「はぁい」


アンがドアを開けるとそこには息を荒らした杏里が立ってニコニコ笑っている。


「ど、どうしたの?」

「精製しましたよ!・・・私が創った訳じゃないけど・・・・」

・・・・・・・。


「創ったって一体何を?」

「これです!」


杏里が取りだしたタッパーから緑色の謎のスライムが溢れ出した。


「え、なにこれ!?」

「・・っ!間違えました!!これは矢沢先生への奇襲に」


急いでスライムをタッパーに戻すと、ショルダーバックから別のタッパーを交換して開ける。


「さぁ、こちらです!」

「この赤い粉末は?そしてさっきのスライムは?」

「この粉末はロッソフォリアを改良して、神経性ストレスを和らげる漢方薬として精製したものです」

「幻財のロッソフォリアを!?・・そしてさっきのスライムは?」

「これをファーレスさんに飲ませてリハビリを続ければ脳は元の機能を取り戻すはずです。っと言う訳でお邪魔します!」

「いらっしゃい・・・・そしてさっきのスライ――」


生への執念を見せる医療の歯車と、王冠継承記念式典の水面下で動く死の歯車は徐々に鮮血の未来軸への連結線を繋いでいる。


”再生”の定義が真っ向から対立している価値観の摩擦にぶつかり合う日も近いと感じながら、まるでパズルの様なピースが一つ一つ埋められていく過程で、二つの運命層が交わる日は確実に迫っていたのだった――




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