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エレオスブルグの診療所  作者: 天照
オピニオン×カンファレンス@王国騎士
25/36

カルテ23:純白の精製

 



      ”何でこんな子供を産んだんだ!?”


       ”キモい、こっち見てる”



「ちがう、わたしは・・・・・あれ?」


リアンが目を開けるといつの間にかソファに横たわり、誰かが毛布を掛けてくれていた形跡が残っている。しかし、ここに至るまでの経緯がわからずに寝起きの混乱で頭の中は真っ白だった。


「私、さっきまで薬を作っていたはずなのに・・どうして・・?」


額には丁寧にタオルまで乗っけられている。


「あ、リアンちゃん!起きたぁ?」


杏里が作業台の上の薬をどけてアルコールランプでお茶を焚いていた。


「杏里さん・・私はどうして・・?」

「覚えて無い?・・あの後ここで倒れちゃったんだよ?」

「ほえぇ!?」


解放の間で文字通り体内の力を解放しきったリアン。オーバーヒートして廃人にならないように脳が強制的に彼女を休ませる選択を取り、突如気絶してしまった所を同じ部屋に居た杏里に介抱されて今に至る。


「最初は真っ青になってうなされてたし心配しちゃったけど・・大分顔色も戻って安心したよ」

「ふぇええ、そうだったんですか!?・・ご迷惑をおかけしてしまって・・」

「ううん、やっと看護師の私の出番か!って・・まだ全然恩を返せてないけど――」

『ガバァア――』


杏里が鼻先をこすってハニカんだ空気を出そうとするが、言い切る前にリアンが自身の手で毛布をはぎ取り強引に立ち上がりよろける。


「ダメだよリアンちゃん!ちゃんと休まななきゃ!そしてちゃんと私のハニカむ話を聞かなきゃ!・・それでね、まだ全然恩を返せてないけど—―」

『ガバァア――』


「――――私・・薬を作らないと・・」


スイッチが入ってしまったリアンの耳に杏里のミーハーな話など到底入る訳も無かった。荒れた呼吸と連動して動こうと、もたつく足は作業台へと進もうとする。


「・・あぁっ」

「リアンちゃんっ!」


実際の所は数歩先の作業台にすらロクにたどり着けない状態で倒れそうな体勢を杏里に抱えられてソファへと戻された。


「取り敢えず諦めて私のハニカむ話を聞きなよ」

「杏里さんのハニカミは折角の希少な機会ですが、精霊の力を留めておける時間には限界があります。その期間で私は精製をしなくてはなりませんので先を急ぎます」

「そっか、ならハニカんでる時間は無くてもお茶を飲む時間くらいはあるよね!」

「え?・・お茶ですか?」


アルコールランプの上に乗せられたビーカーの中のお茶が沸騰してぶくぶくと言い始めている。


「きっと、心も温まるよ!」


杏里はコップに移し替えるとまだ熱いままのお茶を差し出した。


「ありがとうございます。これは何か特殊な効能でも?」

「ごめ~ん!タネも仕掛けも無いただのほうじ茶なんですわ」


紛れも無く市販で売っているノーマルで形式的フォーマルなお茶である。


「――でも、美味しいです!杏里さんお蔭様で大分おちつきました」

「えへへ、少しはお役にたてたかな?それじゃあ私もゴックン・・・熱っちぃいいいいいい!!!」


沸騰したお茶を冷ますのを忘れてしまい、そそっかしく舌先を火傷した杏里にリアンは一旦間を置いてコップを膝元に乗せた。


「あらら、大変!大丈夫ですか??」

「ほふふひはへっ!」

「杏里さん・・・」


もはやそこにはハニカミのハの字も無い残念極まり無い光景。

仕方がないのでリアンは真横の引き出しの中から以前に精製した火傷用の軟膏なんこうを渡すと、杏里はそれを舌先に付けてしばらく体温調節をする犬の様に口を半開きにしていた。


「どうです?軽度の火傷なのでこの軟膏で大分良くなるはずなんですけど・・」


即効性のある軟膏は杏里の皮膚組織に拡がり、傷ついた舌先の細胞の修復を始める。


「・・そろそろ楽になって来ましたか?」


リアンの問いかけに最初は恐る恐る口の中で舌をゆっくりとスライドさせて、ヒリヒリしないかを確認した。次に作業台に置いていたバックの中の手鏡を取り出して火傷の跡を見ると赤みは大分取り除かれている。


「・・・あれ?炎症が治まった!」

「薬の効能が現れ始めましたね。もう大丈夫ですよ」

「おおう・・やっぱ、リアンちゃんの薬は効くね。よっ、薬剤錬金術師!!」

「そう言って頂けてると感慨もひとしおです」

「懐かしいなぁ、これ最初に寒空の下で精製してもらったやつだよね?」

「はい、子供が火傷をして低刺激な薬を求めて杏里さん・・雪の降る中を此処まで走って来ましたよね」


それは積もる雪が降り続けた夜の事。教会入り口のタイマツに照らされた雪の白さに負けないくらい純白のナース服を着て杏里は薬を求めに走って来た。


「あの時、杏里さんが純白に見えたのは雪や制服の影響だけじゃ無いと思います」

「・・と言いますと?」

「杏里さん自体が看護師という職務に対して清純で清らかだったんだなって・・だから、私もその輝きに近付けるような真っ白な錬金術師に成りたいんです!」

「リ、リアンちゃんっ!そ、そ、そんなのいけませんっ!!」


杏里はまさかの逆ハニカミを食らい、ビーカー以上の湯気を頭から出している。

そんな愉快な光景にリアンも微笑みながら自身の掌を眺め始めた。


「・あのう、先程私がうなされていたとおっしゃっていましたが、私は何か呟いていましたか?」

「え?・・」

「・・・・・杏里さん、私は元々この力が嫌いでした」

「どうしたの?」

「私は生まれ付き精霊の力を体内に蓄えるビーカーの様な容器としての能力を持ってましたが、小さい頃はこの力を制御出来ずによく虐げられてしまったものです」


       

       ”何でこんな子供を産んだんだ!?”


       ”キモい、こっち見てる”



幼き体と理性で抑えれるほど精霊の力というものは甘くない。

ランダムに器の適合者として生まれて来た子達は発作的に意識障害を起こしたり、衝動的な暴力を振るう傾向を持った者が多く、制御する術を身に付ける前に社会から虐げられてしまう症例が多いのだ。


現在は薬の使用である程度症状を抑える事も出来るが、この薬はとても高額であり庶民の家計上は気軽に購入し続けられるものでも無い。


貧しい家庭に生まれ育ったリアンも例外では無く、家賃を払ったりとその日を食いつなぐのも難しい劣悪な環境下で病気を発症して近所の友達を傷つけた。


       ”何でこんな子供を産んだんだ!?”


「それで私の面倒に手が負えなくなった両親から児童養護施設に預けられることになったんです。場所が変わったくらいじゃ周りの目も変わる訳がないんですけどね」


        ”キモい、こっち見てる”      


異端な起伏に周りから敬遠をされていた彼女の唯一の楽しみは読書である。

誰の事も、何の悩みも考えずに意識を無限に飛ばせる手段ツールは心の解放を許してくれた。

毎日自由時間に施設の縁側に座り、独りで分厚い本を何冊も読み更ける。来る日も・・来る日も読み漁り、ついには施設の本を全て読破してしまい暇を持て余していると、一人のおじさんが大量の本を持って来た。


「君はいつもあの縁側で熱心に本を読んでいるね」

「・・・・・・?」

「この本を貸してあげるから興味があったら読んで御覧なさい」

「・・・・・・・」

「あぁ、返すのは君が大人に成ってからで良いから」


そう言い残すと謎のおじさんは去ってしまったが、縁側に置かれた大量の本は新たな宝の山を見つけた感覚。

その中でも『世界の民族学』という本を特に好み、自分と同じ様な症状に苦しむ人達が多く居る事を知った。



「私に勉強を教えてください・・」



殆ど言葉を喋れなかった当時のリアンが自ら教会へ赴き、司祭様に掛け合った時の最初の言葉。


それも雪が降った日の純白な思い出った。

・・・・

・・

「・・なんだか、懐かしいな」

「・・・・・」

「あれ?杏里さん?」

「・・ええ話や」


いい話かどうかは別にして・・杏里はこの手の話に弱く、既に半泣きの表情になりかけている。


「さぁ、私は力が解放されてる内に薬を作らなくてはなりませんのでこれで。・・それとお茶ごちそうさまでした」


作業台の上に製作セット一式を戻すと色々な薬品と粉末にしたロッソフォリアをかきまぜ始めた。



先程リアンが申し上げた”杏里の様な純白を目指している”という意見に対して矢沢先生を含む大多数が唾の一つでも吐きたくなったかもしれない。しかし彼女の天真爛漫の中に垣間見える、発展途上ながらも持ち合わせている希少な純朴さに触れた人はリアンの言いたい事の核に気付いてしまうであろう。


でなかったら、単なる一杯のお茶でこんな重い話をしても良いという気持ちにはならないはずだ。


恐らく杏里本人も未だ気付いていないが、その場の壊れた空気自体を調整看護してしまう俯瞰的な視点を持っている。


そして、その能力の中で杏里は自分自身の純粋な疑問を抱えていた。


「何で舌は簡単に火傷をしたのに解放の間では一切火傷をしなかったんだろう…?」


司祭は暗黒プラズマに手を差し出しただけで火傷を負ったにも関わらず、杏里は全身触れても一切火傷を負わなかった。


「きっと杏里さんの中に何らかの仕掛けが在るのでしょうね?」

「私の中に?全然凡人なのに・・・・・・・ん?あっ!」


規則的なDNAの中に組み込まれた唯一のイレギュラー。


「護り樹・・」


礼拝の時に杏里の頭の中に入って来たイメージ映像。もしかしたら其処に何らかの手がかりが隠されているのかもしれない。


「あの部屋も礼拝堂もなんだか私にとっては不思議な場所だったよ・・でも、リオンちゃんにとっては大変な試練の場なんだよね・・・・」

「いぃえ!私は杏里さんが居てくれたから大丈夫でした」

「本当に!?」

「はい・・・実は半年くらい前かな?実は精霊の力の保持者が解放を失敗して自我を保てなくなったまま逃げてしまったんです」

「えぇっ!?・・で、その人は今・・・?」

「数時間後に近くの河川敷の奥で亡くなっている所を発見されました。力の急激な解放によるショック死だったそうです」

「そうだったんだ・・」


気まずい事を聞いてしまったかと少々うつむく杏里に対してリアンは毅然とした表情で薬を作る手を止めなかった。


「この手の事故はたまにあるんです。正直私だって今回ギリギリでしたし、いつそういう風になるのか? と思う事はよくあるんですよ」

「リアンちゃん・・・」

「でも、私は器になった人達が安心して暮らせるようになる新薬を開発したいのでこの力を行使し続けますよ」

「でも、そしたらいつかは・・」

「この命の意味を其処に充てたいんです」


忍びない過去を背負った少女の答えは”重い”から”想い”への変換に代わり聖なる力を奮う。


人は皆、何で産まれたかなんて意味など分かる様で誰にもわからない。そもそも意味など存在するのかも怪しい所だ。しかしながらこのリアンという女性はその意味を自身で創り上げたらしい。


ビーカーの中が朱く染まり始めた頃、リアンは掌で容器の周りを覆った。

目を閉じ、静まり返った部屋の中で少しずつ詠唱が始まっていく。



「大地を創りエレオスブルグを誕生させたいにしえの精霊たちよ、其の創造の力を我に貸し給え・・」



神聖なる空気と厨二病の狭間で発動した呪文による波動がビーカーの中の液体を揺らした。



『サァアアア――』



すると青白い光と共に柔らかい風がリアンの掌から吹いて、傍に居た杏里を驚かせる。


「これが・・精霊の力・・?」


指先から始まり徐々に腕、首筋にタトゥーの様な線が浮かび上がり、やがて昇り行く印は頬を伝い、額の部分でエレオスブルグの紋章へと変わった。


「ハァアアッ!!」


リアンの気合と共にビーカーに入ってた液体の先端がまるで意思を持ったかの様に二つに分かれてそのままぐるぐると絡み合い急上昇を始める。

やがて液体が完全にビーカーから全て出終わると、宙で水晶の様な緋色の球体へと状態変換を起こして制止した。


「綺麗・・」


女神が宿ったかの様に見える所作しょさは今まで完成した薬を受け取るだけだった杏里にとっては始めて見る行為であり、断片的に見て来ただけだった薬剤錬金術師という職業が行う精製の奥の深さに引き込まれている。


「生命の摂理にエレオスブルグの神のご加護があらんことを――」


終止を促す完結の言葉を放つと、緋色の球体と青白く発色するリアンの光が混ざり合いながら振動を起こし、刺激を受けた液体が球の形を保てずに伸縮を繰り返した。



『ザバァアアアアン――』



最終的にビーカーの中に落っこちると、再び元の液体へと戻り静けさを取り戻す。


「ふぅ・・」


力を出し尽くしたリアンが額の汗をぬぐうと、貧血を起こしたかの様にそのまま倒れ込んだ。


「リアンちゃんっ!!」


間一髪でリアンが頭を地面に打ち付ける直前に杏里が抱きかかえる。


「杏里さん…ロッソフォリアを織り交ぜた薬が出来上がりました……」

「ありがとう、本当にありがとう!!」


やがてリアンの体に浮き上がっていた刻印が消えて普通の女の子に戻る間、二人はしばらくこのままの体勢で出来上がった薬を眺めていた。

・・・・・・

・・・・

・・

エレオスブルグ病院にて検死が施された後に墓地に埋葬されたはずの教会関係者の遺体をフィーレは回収して、地下の実験室に設置されたバイオカプセルの中に入れて様子を伺っている。

隣では瑠唯の父親がいかめしい表情でフィーレたちの研究を観察していた。


「フィーレ君、これが完全再生医療計画に選ばれた被験体かね?」

「はい、元は精霊の力の器として生まれた能力者だったのですが、儀式の途中でショック死を起こしてしまった様で誠に残念です・・しかし、ただ無へと還して終わらせるのではなく、これからの人類にとっての偉大なる進歩への協力者として手厚く葬って差し上げたいのです」

「うむ!君の医者としてのモラルがのちのエレオスブルグの医療に更なる発展をもたらすのだよ。国王様もさぞお喜びになる事だろう」

「大変恐縮です」


二人の目線の先には杏里やリアンそして、息子である瑠唯とさほど歳の変わらない青年の姿が見える。


「さぁ、会議の資料の整理もあるし、一旦食事を取る事にしよう」


関係者たちが実験室を出た後、その指先が微かに動いた事を誰も知りえなかった。



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