カルテ18:探索隊
居間で寝泊りをすることで昼夜の感覚を取り戻し始めたファーレスは恐る恐る洗面所へと向かう。鏡に写る自分自身のだらしない姿に別れを告げるために歯磨きをして、次に髭を剃って身だしなみを整えると、髪の毛こそ長いものの無人島に漂流をしていたかの様な陰鬱感は消え去った。
外に出る事も本来だったらブランクを感じて躊躇うはずだが、矢沢先生との一件で半強制的に一回出ているので、今更という気持ちの方が強く抵抗は大分少なくなっている。
『――ガチャ』
ドアを開けると視界に入る眩しい日差しに久々の懐かしさに触れ、慣れていたはずの景色にも新鮮味を感じる。今日は天気・温度共に気持ちの良い昼下がりだ。
「グルトップ!」
「ヒヒィーン」
ブラシを持ってグルトップの毛を整えると昔は当たり前にしていた事なのに、今となっては貴重過ぎて勿体ないくらい、幸せが不安なくらい大切な一瞬だったとみ染みている事だろう。
「グルトップ・・今まで・・・ごめんな」
長い間に不安と自己嫌悪の中で閉じ込めていた心の箱が爆発を起こすと、色とりどりの破片が散らばり錆び付いた眠りから目を覚ます。
本当は誰かに殺して欲しいとさえ思っていた・・
ファーレスの手が止まり自身の顔をグルトップの首筋につけると、そのまま抑えられなくなった感情に素直に泣き始めた。とはいえグルトップも一時期は遠い宿舎へ置き去りにされていた被害者。人間界の都合の分からない動物たちにとって主人に裏切られた気分のはならなかったのか?
「・・・・・・」
――グルトップは激情家の主人を黙って見守り続ける。
良い事も悪い事も廻る惑星のバイオリズムの波形は脆い概念を容赦無く破壊し尽くす。
だからこそ今日まで築き上げて来た二人の絆というのは時が経っても劣化せずに、むしろ熟成されていた事に気付かされたアンは家の窓から二人を眺めてコーヒーを飲んだ。
・・・・
・・
・
勿論、仲間はグルトップのみでは無い――
騎士団宿舎の中でオルグリオは黙って街の地図とにらめっこをしていた。
元々明るく社交的だったファーレスとは反対に寡黙なオルグリオは常に冷静に物事を判断しようとするが、そのストイックさがもろ刃の刃である。
依存せずに己の力で過酷な現実に喰らい付いて来た度胸は経験となって今日までの人生を形成してきた。そして副作用としてまた彼の人望に出てしまっている。
『隊長って何か絡みずらいよな』 『あぁ、確かになぁ・・ファーレスさんの方が良かったんだけど、今となってはお互い様か』
その不器用過ぎる欠如した社会性は部下からも後ろ指をさされる始末であり、突出した剣技は孤高の存在にしていく。
だが実際の所、オルグリオ側の主観で見ればそんな事を一々気にしている暇は無い。
(この前の紛争は右翼によるものだったが・・)
夜の住宅街で起きた一連の集団暴行事件は反社会組織によるテロ行為とみなされ逮捕した。しかし今回捕まえたのは大多数の中のほんの一握りであり、幹部は勿論首謀者からも降伏宣言は一切発表されていない。現在把握している情報などお菓子に付属されたおもちゃくらい小さいオマケ規模である。
もし、秩序を忌み嫌い王政の終焉を望む輩が居るとしたら・・
想像のしたくないケースも多いが、警備の万全を規し過ぎて丁度良い位である。
『スゥウ―――』
オルグリオは腰にぶら下げていたサーベルを取り出すと、険しい顔をして黙って見つめだした。
・・・
・・
・
夜になり、診療時間が終了したと同時にデア・サブマ三人は車に乗り込み公道を飛ばす。
メンバーは誰も山に精通していないので昼間に行った方が確実に安全なのだが、思い立ったが吉日。数が限られている資源であれば尚の事、この三人の心の情熱が大人しくベッドへ向かわせるはずが無い。
「瑠唯、今日は吐くなよ!?」
「はい、ちゃんと酔い止めを飲んできました」
凛とした瑠唯の横顔に迷いは無く、だんだんと田舎くさくなっていく風景を黙って見ている。
「杏里さん、だんだん空気も変わって来ましたね・・」
「女子高生から社会人になるような変化?」
「いや、そっちの空気では無いですよ。教室の隅っこで徒党を組む空気じゃないですよ!」
「冗談です。見た感じ車や工場の煙も少ないし酸素を供給してくれる植物の種類も都心部より多いですからね」
ビルや商業施設の様なコンクリートで塗り固められた街から外れて森林が両端に迫ってくる山道の麓を小さな軽自動車が走る。途中で豆腐屋のロゴを付けた走り屋や、魔法の国からやって来た無慈悲なマキャベリストとすれ違ったりと、夜の峠道には様々な出会いが用意されていたが三人を乗せた車は脇目も振らずに核心部へと走り出す。
・・・・
・・・
『キィイイイ――』
アスファルトで舗装されていた美しい道路が山道の荒い砂利道に変わり、車から降りた三人は手に持っていた懐中電灯を点す。照らす対象物の一寸先は暗闇に包まれ、独特の威圧感で侵入者を拒む。
「さて、見た感じ巨大な規模の山だけど地図通りに進めば何とか目的の場所に辿り着くはずだ」
「ファーレスさんの治療が懸かっているのであれば僕としては異論は有りません」
「トイレも行って来たから大丈夫です!」
白衣のままモチベーションだけで来た奴等はリュックに最低限の荷物は持って来ているが、基本的に何か遭った場合に対処不能な軽装でズカズカと山の中を進む。
街で見る事の無い巨木を掻き分けて湿度の高い地面の上を踏みしめると日常で感じる事の無い独特の気配を感じ取れた。
虫の鳴く声に、風に吹かれる枝葉、雫が落ち葉に垂れる音。
大自然の神秘が織りなせる音質に耳を馳せながらも奥へ、奥へと進む。
『ズル――』
「ひやわっふっ!」
瑠唯が喉のどこから出したのかもよくわからない声を上げてズッコケた。
「瑠唯君大丈夫!?」
「はい、すいません・・」
杏里の差し出した手を掴むと恥かしそうにズボンを叩いて泥を落とした。
「見通しの悪いけもの道だ。心して掛からねぇとこっちが治療される側に回る事になるぞ」
「はい。すいません」
矢沢先生からの叱咤に頭を下げる瑠唯だが、隣で手を貸していた杏里の表情が急に変わる。
「何か音がしませんか?」
『ガサガサ・・』
森の奥、懐中電灯でも届かない闇の奥で確かに木を押しのけて、葉を踏みつぶす音がした。
今回は締切ギリギリの更新になってしまいご迷惑をおかけしました<m(__)m>
何とか約束を果たせてホッとしております




