カルテ17:ほぼ幻
早朝の駅前大通り
通勤、通学ラッシュで賑わう表通りとは反対に飲み屋などがひしめく裏通りはまるで別次元の様に静寂を保っている。
ほぼ幻の茶葉である『ロッソフォリア』を巡り、打開策を考えた杏里を信じて白衣の二人もついてきた。
「おい、こんなとこに本当に打開策なんてあんのか!?」
「朝の診察まであと一時間切りましたから早めに行かないとまずいですよ」
「まぁまぁ、二人共慌てなさんな!ホラ着いた」
杏里は立ち止まるが、そこには暗く細い路地が延長して続くだけの寂しい風景で店も全部『準備中』の札が掛けられている。
「この中の店にディーラーでも居るのか」
「いえ、ここに居るじゃないですか」
「あん?」
つられて向く方向にはホームレスの様な三十歳前後の女が恥じらいも無く路上でふて寝をしていた。
「この汚ギャルがどうしたって?」
「…おぃ…誰が汚ギャルだよ糞ジジイ!」
低血圧なのか?唸るような低いハスキーヴォイスが毛布の中から聞こると、影響を受けてお決まりの様に頭を真っ赤にする医者が一人。
「あぁ!!?っんだとてめぇ!!!」
「だめっ!」
杏里が殴りに行きそうな矢沢先生を必死に押さえつけるが、ふて寝をしていた女は逃げる所か全く関心が無さそうにその場から動かない。目の前の騒ぎに対して茶色の長髪を気怠そうにかき上げると、ムクッと体を起こして三人を睨みつける。
「・・・・・・・・チッ」
「この野郎、心も汚ギャルみてぇだな」
明け方の路地裏でいい歳をした大人が小学生並みの口喧嘩で一触即発のムードを醸しているという滑稽な展開。
「矢沢先生落ち着いてください!この方は占い師さんです」
「・・・え?占い師って最近お前が視てもらったって言う野郎か?」
「はい」
矢沢先生の背筋にゾワッと嫌な予感が走る。
「杏里、まさかとは思うが・・」
「はい、この占い師さんにロッソフォリアの生えている場所を占ってもらうんです」
予感という的の中心へ杏里の撃った矢は見事的中した。
「こ、こいつにか!!?」
驚く矢沢先生だが、その口調がツンデレ女子になってしまっている。
「誰がコイツよ?態度ってもんが在るでしょうに」
折角起こした体を再び横にして毛布の山にくるまってしまう。
「あぁ、すいません!ほら、矢沢先生も謝って」
「ッ何でだよ!?」
「ファーレスさんのためだと思って」
「………すいま………ぼそ………」
よく聴いてないと聞き逃してしまう様な小さな声で謝罪をするも、占い師はふて寝をしたまま微動だにしない。
「くっ、この野郎・・」
矢沢先生の拳が前に出ようとした瞬間に瑠唯が占い師の元へ駆け寄った。
「すいませんでした。突然の非礼をお詫びします・・・実は今、僕らにはどうしても助けたい人が居るのですが、それにはあなたの力が必要なんです。どうかお力添えをして頂けませんか?」
真剣で紳士的な振る舞いの瑠唯の表情に占い師は頬を赤らめながら再び体を起こす。
「ま、まぁ・・そこまで言うなら、やれない事は無いけど・・」
「ありがとうございます」
頭を下げてお礼を言う瑠唯の後ろで矢沢先生が必死に拳を口の中に入れて堪えている。
「それで、何を占うんだっけ?」
再び髪をかき分ける占い師の質問に、杏里が素早く出て来てしゃがみ込む。
「はい、未来の私達三人がどこでロッソフォリアを摘んでいるかを視て欲しいんです」
「・・ふむ、やってみるか」
占い師は山ほどの毛布を左右にどんどん投げ捨てていくと、黒いキャミソールに膝の部分に穴の開いたダメージデニムという簡素な姿が露わになる。
「どこ行った、占い道具」
がさごそと後ろのに積んでいるガラクタの山を崩して商売道具を探す。非常に胡散臭いが他に手立ても無いので傍観して待つ事にした。
「あ、これこれ!」
ガラクタの山から一本のアコースティックギターを取り出すと、あぐらをかいてピックを握る。
「おい、占いの道具って・・」
「あぁ、これだよ」
「占いって普通タロットとか水晶的な奴じゃねぇのか!?お前それ、夢見るストリートミュージシャンじゃねぇか!」
「・・気が散る、黙って見てろ」
目の据わり様に一同も真剣な眼差しで見守る事にした。
「・・・すぅ――」
細く長い指で弦を丁寧スライドさせると、どこか優しい感じのメロディが路地裏に鳴り響く。
ギターから流れる音色はタロットの様に複雑な幾何学さを持ち、水晶の様に澄んでいた。
何ともシュールな場面ではあるが、杏里は心地良さそうに耳を澄ませ、三度の飯より音楽が好きな矢沢先生にとっても認めざるを得ないフィーリングの持ち主である。
音感、霊感、直感力など研ぎ澄まされている神経というのは種類こそ多岐に渡るものの、元は一つの中枢で感じ取る感受性。だとすれば共感覚として音から未来の断片を景色的に透視する力もあるのかもしれない。
「ふぅ・・何とか視えた」
「本当ですか!!?」
占い師がギターの演奏を止めてゆっくりと瞑想をすると、三人は息を飲んでお告げを待った。
「北に在るブーニケウスという山を目指せ。その山の中に天然のロッソフォリアが生えているはずだ」
「わぁああ!ありがとうございます」
思わず杏里は占い師の手を強く握る。
「・・まぁ、その・・なんだ?さっきは済まなかったな・・・」
矢沢先生が後頭部をポリポリとかきながら謝るが素直に目を合わせられないツンデレフラグが再び現れた。
「その白衣は・・研究者かマッドサイエンティストか?」
「どっちも同じじゃねぇか、俺達は医者だよ」
「ほう、では患者の行く末を占ってみたいとは思わないか?」
占い師は苦笑いをふくませて矢沢先生を見上げる。
「いや、当たるも八卦、当たらぬも八卦が占いだろ?」
「・・そうだな」
一回頷くとギターを後ろのガラクタの山へと戻した。
「で、今回のお代はいかほどに?」
杏里が不安そうに顔を見上げる。ここの占い料金システムは特殊で、報酬料というのは占った内容によって異なる。ロッソフォリアの場合、市場では相当高値で取引されるので報酬料も比例してかなり高額になる事が予想され、一同は深く息を呑む。
「――あぁ、金なら要らないよ」
「え??」
「今回は金は要らないけど・・」
占い師はチラリと瑠唯の方を横目で見つめる。
「秋も深くなってきたし、そろそろ上着が欲しいんだよな」
「じゃあ私のカーディガンを」
杏里が来ていた灰色のカーディガンを差し出そうとするが払いのけられる。
「ありがたいけど・・この場合違うだろ?アタシが欲しいのは新品の上着、でも流行には疎いから一人では買えん。そこでだ、お前!」
瑠唯が指差されてびっくりする。
「ぼ、僕ですか!?」
「そうだ、お前センスありそうだから、今度買い物に付き合え!」
「え・・ど、どうしよう」
瑠唯が不安そうに振り返ると二人共満面の笑みで境界線を張っている。
「瑠唯君、ギブ&テイクの精神だよ」
「そうだぞ瑠唯!なんなら俺が付き添ってやろうか?」
「要らない」
占い師による絶対零度の即答により、矢沢先生の背中へ”ズーン”という文字が重くのしかかる。
「――わかりました。ロッソフォリアを取って来たらその買い物にお付き合いしましょう。僕はデア・サブマ診療所の瑠唯です」
「ノルンって呼んでくれぃ。よし、決まりだ!」
握手で契りを交わすと三人はその場を後にした。
・・・
・・
・
大通りに戻り現実的な喧噪に触れると、実に不思議な時間だったと感慨深く感じる。
「瑠唯、男に二言は無いんだからな」
矢沢先生がにやけながら瑠唯の肩に肘を乗せてからかう。
「分かってますよ・・ファーレスさんのためなら買い物の付き合いくらい安いもんです」
高層ビル群が朝日を反射させて眩しさを煽ると、瑠唯は敢えて陽の方向を眺めた。
見つめる方角には巨大な白い建物が聳え立つ。
「インホスはいつみても大きいですね」
「本当だねぇ、手を振ればマリア先生も気付いてくれるかなぁ?」
杏里が通行人達の視線も気にせずブンブンと手を振り始める。
「あ、杏里さん・・さすがに通行人も見てますし」
「瑠唯、こいつはもう脳が別世界に行っちまってんだよ。仲間だと思われる前に行くぞ」
「あ、はいっ」
矢沢先生は知らないフリをして杏里を置いて行くと、街路樹の隣に立てられている魔光掲示板に新着情報が掲載されているのを見つけた。
『王冠継承記念式典まで残り二週間――』
「あぁ、今年もそんな時期なんですね」
「ったく、飽きもしねぇで税金使いやがって」
「ファーレスさんも以前はこの式典に護衛として参加していたのでしょうか?」
「・・多分な」
同じ文字がインホスの上空を飛ぶ飛行船の側面に掲示されている。手を振る杏里もまたその文字を眺めながら先に二人が話した内容と同じ事を考えていた。
上空を舞う飛行船はゆっくりと街全体を周り続けると、路地裏でギターのチューニングしているノルンの目にも留まる。
「・・なにも起きなきゃ良いけどな」
苦笑いをしながら弦を弄繰り回す姿はまるで運命を左右する女神のような表情だった。
・・・・・・
・・・
「さ、これだけ手を振ればマリア先生にも超絶的に届きましたよねぇ!っ・・て、あれ?」
……ぽつーん………
杏里は空白の数分を埋めるべく、キョロキョロと周りを見渡すと前方の二人から大分距離を離されていた。
「そして誰も居なくなった・・待ってよぉ兄弟!」
「んなダセェ妹を持った覚えは毛頭にねぇんだよ!」
「同意書が在ったらサインします!」
杏里が息を切らしながらも必死に走って追いかけるが、先の二人も全力で逃げているので移動速度は平行したまま、距離は一向に縮まらない。
・・・・
・・
女神の差し出した運命の比率に対して変動線の上を走りだした三人だった(今は息を切らして三人とも歩いている)。
ほぼ幻のハーブ摘むために街の通行人達とは逆方向へ向かう。
・・・・
・・・
・
準備をするために一旦デアサブマへと戻ると、普段から大して多くも無い患者さんがいきなり押し寄せる訳も無く、THE山へ出かけるための準備を始めた。
「飴とクッキーとガムと――」
「おい杏里、遠足じゃねぇんだぞ!」
矢沢先生に叱られて、リュックへ次々とおやつを入れていた杏里はほっぺたを膨らませた。
「じゃあ矢沢先生、何で診療所の外に乗り物が二台あるんですか?」
「ん?」
杏里の言う通り、確かに外には軽自動車と大型バイクが置かれている。
「矢沢先生、私と瑠唯君にあの車を運転させて自分は観光感覚でツーリングする予定だったんでしょ!?」
「ば、馬鹿野郎っ・・俺はだな、以前からマリア先生と話していた自然と医学の調和についての実験を自らを被験者にして」
「さぁ、このカメラで今日は撮るぞぉ!腕が成るなぁ」
二人が口喧嘩をしている所に瑠唯が一眼レフカメラを持って入って来る。
「「遊びじゃない!!」」
「す、すいません・・」
理不尽な説教もあったが、三人共私物は置いていくことで早期解決した。
その後、ブーニケウスの場所や山の中の構成図などを眺めている頃、騎士団宿舎では簡易会議が行われていた。
「周辺警備の方に不備は無いな」
「はい、配置は万全です」
「国王が国民の前に顔を出す数少ない機会だ。どういう輩が出て来るか分からないからな」
規模の大きさに毎年、騎士団たちはこの時期ピリピリと張りつめているが近年は特に治安が不安定なので危険度が増す事を懸念した。
二番隊の隊長であるオルグリオにとっても責任重大な役職に、この季節は気が気じゃない。
「この間の右翼の件もあるからな・・動きは常に把握しなきゃな」
騎士団員達は不穏な胸騒ぎを必死に掻き消していた――




