カルテ14:和解
・・・・
「ちょっと、二人共ゆっくり開けてくださいよね!”ひょんな事から”の映画みたいな展開は要らないですからね」
「わかってんよ!上手くやるって、瑠唯が!」
「えぇ、僕がですか!!?」
何やら外が騒がしいが、ファーレスの中では既にエンジン音以上の公害にも感じていた。
「また、あいつ等か・・」
また、何か変な事をしでかすのでは無いか?と不安の中カーテンを開けて覗き見る。
その反面、きっと自主的に外を眺める姿に彼女たちは感激してまた大袈裟に喜ぶに違いない!という確信にも触れていた。
優越感にも似た気持ちで三人を見おろすと、外の杏里達もその存在に気付いたが、何やら慌ててジェスチャーを始めた。しかし、彼女たちの突然の動きの真意がイマイチ判らないのでファーレスは仕方なく窓を開ける。
「まだ、開けちゃダメっ!!閉めて閉めて!!」
「え?」
ファーレスは杏里から予想と真逆の回答を貰い、頭が真っ白になってその場に固ると、今度は矢沢先生が見上げる。
「おい、準備にもうちょい時間がかかる。外の風は冷えるから部屋の中で楽にしててくれ」
「・・・・・・・・」
こんなはずじゃないとファーレスは拗ねた表情で三人を黙って見つめる。喜ばれるどころか相手にもされていない状態に辱めを受けたかのような感覚を覚えた。
「風邪ひくぜ?」
「・・・・・・・・指図すんな」
睨みを利かせてファーレスはその場に残っている。
「指図した覚えはねぇけどなぁ・・気に触ったか?」
「善人気取ってんのかよ?アンタ等だって仕事上、母さんに付き合わされているだけの医者達なんだろ?だったらもう少しそれ相応の頼み方ってもんが在るんじゃないのか?」
『敬語を使って、頭も下げろ』とでも言いたそうに、心の歪んだファーレスの顔は苦笑っている。しかし、矢沢先生は唾を吐いた。
「うっせぇ!もうちょい引きこもってろ!!」
「えぇっ!!!?」
強烈なぶっこみを喰らってファーレスはカーテンごと窓を閉めてしまった。それを見た瑠唯は「アッ!」と言わんばかりに口を開けて矢沢先生を見つめる。
「矢沢先生・・さすがに今のは倫理的に・・」
「今のファーレスの行動は単に外の様子を確認するための作業に過ぎない。外の世界に出たくて開けたのとは訳が違うんだ」
「でも、折角のチャンスだったのでは?」
「結局、俺達が下手になって「出て来てください!」とか「治療を受けてください」って頼んで居る内は奴は絶対に部屋からは出てこない」
事実、矢沢先生の予見通り、部屋の中でファーレスは怒り狂っていた。
下手に見られた 差別用語をぶつけられた 何でこんな奴らに…と、ふつふつと込み上げる感情を止める事が出来ない。
『ガツ――』 『バキィイイ――』 『ドガァアア――』
気持ちを発散させるために部屋の家財道具に当たり散らす始末。寝ていた分のエネルギーが膿を出すように爆発している。
下の階ではアンが不安そうに二階を眺めているが、杏里から事前に『そっと見守っていてください』と言われたので成す術がない。
「おう、待たせたな!」
「・・・・・・・・」
・・・・・・・・・・
矢沢先生が大声で呼び出すが全く返事が無い事で、外の三人ががやがやと騒ぎ始めたのもファーレスにとっては既にかやの外。
「……出るわけないだろ…」
このまま自分が出なければ仕事は失敗した事になり、いつかの大学病院の連中と同様に三人のメンツは丸潰れ。そうすればアンからも解任される事になる。
この窓を開けないだけで良い・・。
運命は自分が掌握しているという支配欲に包まれて、復讐の様に塞ぎ込むファーレスはベッドから一歩も動かない。
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
やがて、外から名前を呼ぶ声がしなくなった。意外にあっさりと諦めたのか?
・・・・・・・
・・・・・
『コンコン―――』
窓を叩く音がする。まるで人の手でノックをする様な・・。
「まさか!?・・」
『コンコンコンコンコンコン―――』
どんどん大きくなって来る振動。
ファーレスは嫌々ながらも、治まらない雑音をどうにかするためにカーテンを握ると、『バサァア――』っと一思いに開けた。
「よぉ!」
冊子一つ区切られた先で手を振る白衣の男。脚立で二階の窓まで昇って来た矢沢先生が構えている。
勿論突然の訪問客にファーレスの心臓は激しく鼓動を繰り返し、状況が把握が出来ないまま軽いパニック状態に陥っていた。
「『よぉ!』じゃねぇだろ!?け、警察を呼ぶぞ!」
「お前、その上の騎士団なんだろ!?情けねぇ」
「うるせぇな!お前だって医者のくせに『引きこもってろ』とか言って良いのかよ!?」
「ありゃあ荒療治って奴だろ!?・・なんだお前、人にはあんだけ物を投げて付けておいて、自分はか弱い被害者ヅラか?」
矢沢先生は縮こまる所か、冊子の先端に足を付けて今にも乗り出してきそうな勢いである。自然とファーレスも構える面積が少なくなって来て焦る。
「くっ!んだよ、何でそんな強気なんだ?お前ら俺が機嫌を損ねれば困るんだろ?」
「あぁ?困るのはお前の方だろ?言っとくけど俺はそんな安い圧力一つで傾くような診療所なら、いっその事潰れた方が良いと思ってるぞ?」
「・・強がんじゃねぇよ!仕事が出来なくなったらアンタだって困んだろ!!?」
ファーレスも負けじと追い返してやろうと社会人の切実な弱みに付け込むが、矢沢先生はまるで神輿に跨る祭り男の様な体勢で大胆に笑い返す。
「ばぁろぉお!診療所が無くなったって一人でも求める人が居ればどこにだって行く!この部屋みたいな保険は持ち合わせねぇで、こちとら捨て身で医療やってんだよ!!」
「・・・・・何も知らないくせに分かったような事言うな!!」
ファーレスが指先の固まったままの右腕の代わりに、何の罪も無い左腕を思いっきり窓の冊子に叩きつける。
「保険?笑わせんな・・この右腕の苦しみは常に十割負担で被さって来るんだ!」
心の部屋を散らかし続けた代償はまるで保険適用外の治療請求の様に重く、否応無しに押しつぶされそうだ。その精神段階を診療制度で例えるなら、最初は数割負担と軽かったはずの保険適応診療を放棄して、知らず知らずの内に全額負担の自由診療という結末に切り替わってしまっていた様な皮肉。
※自由診療=保険適応外
「諦めんなっ!」
「!???」
「その内の七割は俺等が負担する!だから残りの三割はお前自身が抱えて前に進まないと解決にはならない!」
エレオスブルグにおいても健康保険の自己負担比率は三割で決まっている。矢沢先生の杏里並みにダサくて熱いメッセージで心の負担率が変わろうとしてもファーレスの表情は浮かない。
「・・もう疲れたんだよっ!」
・・・・・・・誰にだって覚えはある。
日常での嫌な事をゲームの様にリセット出来たらどんなに楽なのだろう。
「・・ただ、今その精算を放棄したら残った三割はお前の大切な人達が支払う事になるぞっ!!」
母親であるアン、騎士団の仲間たち、グルトップ・・・。
彼等と自分のどちらかが傷つかないといけない苦汁の決断。
「何でだよ・・」
「あ?」
「何で俺だけこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!?必死に生きて、必死に努力してやって来たんだ!!他に人生捨てようとしている奴だってこの国に腐るほど居ただろ!!?」
「お前の言う通り腐るほど居る・・けど、それがお前も腐って良い理由にはならねぇっての」
「――っ?」
「怪我や病気に死も起こりうる事を前提に生きるっていう理不尽さは皆に平等じゃねぇか!金持ちも貧乏もアイドルもオタクも全員風邪もひくし、傷だって作る。悪寒もストレスも痛みも自然の摂理の中に人を選ばずに巡ってくんだ!!」
『善い人程、早く死ぬ』という表現があるが、あれは大切に愛されていた人との別れを惜しむ言葉であり、医療上の物理的な関連性は皆無である。長生きをする悪人も居れば、早死にする善人も居るので、逆に言えば善行をしたからと言って神様が善人達に対して不老不死のチート能力をくれる訳でもない。
要するに個人の主観から見てその人生は得だったか損だったかの解釈をして、過去と未来が光るか腐るか決めるだけの事。
「・・ふぅ」
ファーレスは情熱負けをしたのか、中の膿を出し切ったのか?深く息を吐くと急に落ち着いた。
「・・矢沢先生は面倒くさがりなくせに説教好きなのか?つくづく面倒くさいオッサンだな」
「面倒くさい事を生業にしてるからな」
「・・・・なぁ、面倒くさく無い生き方とか探さなかったのか?」
くすぶった青年の質問に対して二人の終戦を諭す様に矢沢先生は苦笑う。
「・・・生きるための責務だから面倒くせぇんだよ」
・・・・
・・・
・・
・
『スゥ――』
和解を促すように矢沢先生がゆっくりと手を差し出してきた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
『ガシィ!』
言葉は時として野暮な場合もある。無言のままファーレスが赤くなった左手で厚く握り返した。
『ポロ・・』
「えッ?」
突然、矢沢先生の腕が取れた・・。
白衣からすっぽりと抜けてファーレスの手中にぶらりと垂れ下がっている。
・・・
・・
「・・・・・」
「・・・・・取れちまった」
・・・・・・・・
「――ぎゃぁああああああああ!!!!!!!」
「・・思ったより効果あったな」
捥げている割には流暢な口調で語りながら、まるで脱皮した蝶みたいに白衣から新しい手が出て来る。
「手が二つ・・?どういう・・」
「その手は杏里がアニメイ塔から買ってきたレプリカだ・・ぷっ」
矢沢先生は含み笑いを見せてビビるファーレスを嘲笑うと、彼は頭は沸騰したヤカンの様に蒸気を上げて顔を赤くする。
「ふざけんんぁあああっ!!」
未だ笑っている矢沢先生の顔に思いっきりレプリカの手を投げつけると、顔面にヒットしてその場でバランスを崩した。
「あららら?うおっ!?」
パニクル本人の反り返った体と一緒に脚立がガタガタとバランスの悪い音を立てて、先の展開として危険なフラグを匂わせる。
「る、瑠唯っ、ちゃんと支えてろ!」
「矢沢先生っ、これ以上動かれると耐えきれません!!」
『ガタンッ――』
そして、重い金属音と共に脚立は壁から離れ、気付けば矢沢先生は慣れない浮遊感を体感していた。
「嘘だろ!!?」
「くっそぉお!間に合えっ!!」
ファーレスが矢沢先生を助けようと走りながら急いで左手を差し出す。
『スルッ――』
しかし、一秒にも満たない誤差で間に合わず、そのまま矢沢先生の身体は窓枠の視界からフェードアウトしてしまった。
『ドッシィィインッ――』
次の瞬間、大きな衝撃音と共に脚立が地面に落下して凄惨な雰囲気を醸しだす。
・・・・
・・・
「矢沢先生!!」
・・・・・・・
「あれ?」
慌てて杏里と瑠唯も駆け寄るが、何故かそこに矢沢先生の姿は無い。
物言わぬ脚立を見ながら杏里は首を傾げた。
「矢沢先生・・今話題の異世界転生ですか?」
転生による上司の不在で事態を済ませて脚立を立て直そうとする。
「馬鹿野郎、上を見ろ、上を!!」
声のする方向へ頭を上げると、矢沢先生が後ろに立っていた大きな木の枝に上手く乗っかっていた。
「あわわわわスイマセンでしたっ!!」
瑠唯が木に向かって一心不乱に頭をぺこぺこと下げている。
「お前は大自然を護る宗教信者か!?そんなのはいいから早く助けてくれ!」
矢沢先生の指示通りに急いで瑠唯が脚立を立て直そうとしている中、杏里が二階を指さす。
「ファーレスさんが!!」
「「!!?」」
矢沢先生と瑠唯が杏里に続いて二階に視点を移すと、そこには窓枠の外側に左手一本でぶら下がり、今にも落下しそうなのファーレスが映った。
「えぇえええ!!?何でぇええ!!?」
驚きのあまり瑠唯の脚立を持っている手がブレそうになっている。
「きっと勢い余って窓から出てしまったんですよ」
杏里の推測はもっともだが、問題は予断を許さない状況である事に違いない。
「くそ、右手が使えれば・・」
苦悶の表情を浮かばせるファーレスの左手は小刻みに震え出し、徐々に指が窓から離れていく。少し離れた木の上から矢沢先生が拳を握って息を呑んでいる。
「頑張れファーレス!」
「くっ・・もう・・」
『パッ――』
矢沢先生の激励も虚しく、無情にもファーレスの指は窓から外れて身体ごと宙を舞う。
「うわぁあああああああああ!!」
「クソッタレェェエエエエエ!!!!!」
落下するファーレスの叫び声に混じって木の枝から飛んだ矢沢先生の怒号が庭先に響き渡る。
『ガシィッ』
空中でファーレスの身体を引き寄せるとそのまま彼の頭部を保護する様に庇う体制になった。
しかし、このままでは落下して矢沢先生は勿論ファーレスも無傷では済まない。
「いやぁああああ!!」
杏里も衝撃的な状況に思わず叫んでしまった時の事だった。遠くから『タタン』と力強い足音が近づいてくる。
「――ヒヒィイイイインッ!!!!」
高らかな鳴き声と共に庭の草木を突き破って現れたのは闇夜にミスマッチした白い毛並に金色の鬣の馬。
『ザァアアアアアアア――』
馬の脚を使ったブレーキの影響で地上から大量の砂煙が舞い上がり、周りの視界を奪う。
・・・・・・
・・・・・
・・・
「ゲホ・・ゲホ・・天国はもっと美しい所だと思ってたのに、これじゃお前ん家と同じじゃねぇか!てかお前ん家??」
「この感覚・・まさか」
砂煙が吹き消されると、馬の背中に落下した二人が乗せられている姿が露わになった。
「グルトップ!!」
「ヒヒィイン」
ファーレスの相棒が得意そうに歯を剥き出しにして笑う。
「でも、何故ここに?確か宿舎の方に」
「オルグリオさんに貸して貰える様、頼みに行ったんです」
杏里が思い付いた治療とはこの事だった。
疲れて固くなってしまった心を、癒しで解していくアニマルセラピー。生活を共にし、時には生死の運命も預け合った仲ならファーレスにも言葉より届くものがあるんじゃないかと杏里は考えていたのだ。
「グルトップ・・お前、こんな俺にまだついててくれるというのか?」
「ヒヒーン」
「日中見に行った時なんて、情緒不安定な思春期モードで凄い暴れてましたよ。じゃじゃ馬とは言ったものです」
お互い”このパートナーじゃないとダメだ”と離れた日々で余計に感じたのかもしれない。恋人と同じで地盤の固い絆であれば更に強固なものになる。
久しぶりにグルトップに触れているファーレスは垂れ下がったままの右腕を見つめた。仔馬から育て、剣術と共に乗馬に励み、王国騎士団へ入団した後もずっと一緒だった記憶が鮮明に蘇る。
・・・・・
・・・・
・・
「・・面倒な道を行こうと思う」
それは逃げずにリハビリを行うという事、三割の負担をするという事。
「ファーレスさん・・」
杏里もホッとした表情で胸を撫で下ろした。マリア先生の”患者さんならどういう事を望むか考えなさい”という言いつけを守った結果である。
「へ、手間かけさせやがって。じゃぁ、このままデア・サブマまで戻るぞ!ハイヨ―シルバー!!」
矢沢先生がグルトップの背中に乗っかったまま、『パチンッ』と尻の先を叩いた。
「ヒヒィイイイン!」
急にグルトップが暴れ出して後ろ足で後方に乗ってた矢沢先生を思いっきり振り飛ばす。
「うぉおおおおおおお!」
白衣を着たオヤジはそのまま弧を描く様に勢いよく木の枝に再び吹っ飛とんでしまった。スゴロクで言う所の振出しに戻るである。
「さて、リハビリの手順も考えないとだし、帰ろうか瑠唯君」
「そうですね」
「外は冷えるから納屋に行くかグルトップ」
「ヒヒィイン」
四人がそれぞれの帰路へと着く。
「・・あれか、そういうノリか!こんな場所だとリセットも不可能で異世界転生すら出来ない状態だぜ!」
矢沢先生は今話題のVRMMO状態だった。
皆さんは作業をしたり、活字を読むときに音楽は聴くでしょうか?自分はこの作品を書く時にmoumoonの「ハレルヤ」を聴きながら作業をしています。いい曲ですので機会がありましたら是非聴いてみてください!




