カルテ13:調査
二手に分かれたグループの内、杏里と瑠唯は王国騎士団の詰所へと来ていた。
大学病院の近くの広大な丘に建てられた質素なレンガ造りの建物で、彼等は寝泊りをしながら訓練に励んでいる。
「杏里さん、ここに来た意味は在るのでしょうか?」
「瑠唯君、きっと私達は意味を求める旅に出て来たんだろうね」
それは意味が無い事を意味する。
「僕等は警察でも何でもないのに、ファーレスさんの何の情報を仕入れるって言うんですか!!?そもそも――」
「シーッ!」
文句を言い続ける瑠唯の口元に杏里は人差し指を宛がって大人しくさせる。
「まぁ、今に分かるよ」
杏里は古くさいウィンクをすると木製の戸へと駆け出して、目元をこそこそといじくり、覗穴に目を付ける。
『コンコン』
「ぎゃぁああああ!!!」
建物内からの悲鳴に瑠唯もただ事ならぬ気配を感じて駆け付けると、『テヘッ』っと舌を出した杏里がグロテスクな模様のコンタクトレンズをしまっていた。
「杏里さん!何やってんすかぁああ!!?」
「ちょっと血が騒いじゃって」
早速、中から剣を握った兵士が出て来る。エレオスブルグの紋章が入った軍衣を着た凛々しい格好に対して、新人と思われるあどけなさを持った青年である。
「このぉ!化け物めぇええええ!!・・あれ?」
「あのぉ、私達は医療機関のデア・サブマ診療所から来ました。今日はですね、以前こちらに所属していたファーレス・ルイスさんの事についてお聞きしたいのですが」
「え?・・あぁ、ファーレスか・・あいつも今頃どこで何をしてんだか?」
「やはりお仲間が居なくなると心配ですものね!」
「えぇ、まぁそれもあるんですけど・・」
兵士の口元がつっかえた、そして詰所の中を気にしてソワソワしている。
「ファーレスが何だって?」
疑問の声と共に詰所の中から細身で顔の整った兵士が出て来た。
180センチくらいの長身に短髪の黒髪というコンボにより、青空と紋章がより冴えわたって見える。少し目つきがきついのが気になる所だが、それでもハンサムという言葉にはお釣りが来る位の青年。
「きゃっ、イケメン!」
「杏里さん、僕達は遊びに来たんじゃないんですよ」
瑠唯も大学時代は一応学年のトップ3に入る好青年だったので、プライドに触ったのか少し表情がつまらなそうである。
「どうしました?」
「…きゃふん!はい、今日はですね――」
「隊長っ!!」
杏里が用件を話そうと慣れない咳払いをした瞬間に詰所の裏から別の兵士が血相を変えて走って来た。
「何だ?今、客人が来ているのだぞ!」
「申し訳ありません、しかし・・」
「急用か!?」
「はい、またグルトップが・・」
「…分かった、すぐ行く」
一旦兵士へ『下がれ』というハンドサインを送ると、申し訳なさそうに振り返った。
「すいません、緊急の職務が入ってしまいまして席を外しますが、また戻って来ます!」
そういうとイケメン兵士は詰所の裏へと走って行ってしまった。
「杏里さん。グルトップって確か・・」
「う~ん、やっぱりこっちに来てたか」
グルトップとはファーレスが乗っていた馬の名前である。普通騎士は愛馬を自宅で何頭も飼いならし戦場へと連れて行くのだが、先日アンの家へ伺った時に馬の気配が全くなかったので不可解に思っていた。
「ちょっと私達も見てみようか」
「杏里さん!!」
杏里は瑠唯の制止を振り切り、詰所奥へと忍び込むと壁の後ろからそっと覗き込む。
「ヒヒィイイイインッ!!」
白色の身体に金色の鬣をした上品な馬が叫びながら暴れていて、数人の騎士が必死にその手綱を引っ張って押さえつけようとしている。
「杏里さん、あれがグルトップですか?」
「あの子、競走馬にしたら稼ぐよねぇ!」
「杏里さん!アンタはなに言ってんすかっ!!?」
「ごめん、冗談だよぉ・・」
杏里は軽い気持ちで時より際どいジョークを入れるが、未だ社会人として青臭い瑠唯にとっては笑えない冗談の数々で、常に過呼吸と隣り合わせの日々。
「そんなこんなやってる間に捕獲したみたいだね」
確かにグルトップは数人がかりで取り押さえられ、荒い鼻息を立てながら伏せさせられていた。
「おい、グルトップ!大人しくしろ!!」
興奮しながら恨めしそうに顔を上げるグルトップに対して、先程のイケメン騎士は冷たい視線をぶつける。
「お前の主人は去った。それだけの事だ」
「ヒィイイイン!!」
言葉の互換性こそ乏しいが、感情のぶつかり合いとしてグルトップの吐き捨てるような激しい唸り声に込められた本音が伝わる。少なくてもグルトップは此処のメンバーには友好的では無い。
「グルちゃんは悩み多き思春期なんですか?」
「あぁ・・これは、お見苦しい所を」
外部からの声に騎士達は体裁的な態度で反省する。
「私は佐野杏里と申します」
「・・オルグリオです」
イケメン騎士は真摯に名乗り出るとグルトップの鬣を撫でた。
「こいつの主人であるファーレスとは訓練生時代からの仲だったのですが、無期限の休養に入って以来こっちにも顔を出さなくなりました。・・なのでグルトップを引き取ろうと世話をしているのですが・・・」
オルグリオがグルトップの顔を見ても、馬の方は「フンッ!」ッと顔お横に向けてしまい、二人の雰囲気は非常に気まずい。
「グルちゃん、人見知りなの?」
「気位の高い奴なので、中々ファーレス以外の人間には懐こうとしません」
「忠義深い性格なんだね」
「そう見て頂ければグルトップの名誉は守られるでしょう」
落ち着いた所でグルトップは手綱を引かれ、家畜用の小屋へと戻されていく。
「それで、杏里さん。本日聞きたかった事と言うのは?」
「あ、大体理解出来たので大丈夫です。百聞は一見に如かずってね!」
「はぁ・・」
「ありがとうございました。行こう瑠唯君」
杏里はペコリと深い直角のお辞儀をすると、そのまま瑠唯の袖を引っ張り出してその場を後にした。
「杏里さん、一体何が分かったというのですか!!?」
「うふふ・・瑠唯君、今日の夜また此処に来よう!」
杏里は何か確信を掴んだ様で、清々しく青空を見上げる。
「まぁ、杏里さんの中に良い案が出て来たのなら僕もそれに従って行こうと思います。”あん”だけに・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
瑠唯はやっと社会人として一ネタやった顔で杏里を見ると、彼女は自身の肩にいつも掛けている聴診器を耳に宛がってネタを完全にシャットアウトしていた。
「ちょっとぉ!そりゃあ無いっすよ!!」
赤面になった瑠唯は無理やり聴診器を奪い取り、急激に押し寄せてくる虚しさを誤魔化そうとする。
「ハハハ、冗談だよ」
しかし、笑って茶化す杏里の聴診器から『ガシャ、ガシャ♪』とノイズ音が響き、確実に隣の瑠唯にも聞こえる。
「ぇええええ!!?何で音を聞く機材から、音出ちゃってんすかぁああ!!!!??」
「あぁ、これ聴診器型の携帯音楽プレイヤーだよ」
聴診器の先端であるチェストピースと呼ばれる患者さんの皮膚に当てる部分は、良く見るとダイヤル式のリモコンになっており、耳に当てるイヤピースは高性能イヤホンと凝った造りになっている模様。
「やっぱノイズキャンセリング機能が付いていると騒音をカット出来てより、リアルな音源を楽しめるよ」
「騒音があるとクリアな状態で聴けないですもんね・・・・って、僕の声は騒音ですかっ!!!!?」
瑠唯の騒音はうるさいのでは無く寒いのである。しかし年下の杏里は決して本気で瑠唯を見下してナメている訳では無い。こうやってジャレると瑠唯は積極的に突っ込みに回って来てくれるのだが、新人である以上何かと萎縮してしまい内向的になってしまう彼が、ちゃんとモヤを吐き出せる場所を提供しているに過ぎない。
年齢こそ瑠唯の方が年上だが、社会人そしてデア・サブマの先輩としての自覚を持っている杏里は矢沢先生との間のクッション役を買い出ているわけだ。
彼女にとっては暗黙の心配りではあるが、瑠唯も感謝しているのか杏里には絶対敬語で接する。ちなみに最初は杏里も敬語で接していたが瑠唯の方からの申し出で、先輩らしくタメ語で話すように頼まれ今日の言葉遣いになっている。
「あぁ、もうすぐ昼休み終わっちゃう!説明は後からするから取り敢えずデア・サブマに戻ろう!じゃないと※矢沢ロックを喰らう事になるよ!!」
※矢沢先生がかますヘッドロック
「自分はメルツ買いに行ったりしてるくせにだもんなぁ」
好きな曲を聴く杏里に対して何も持って来て無い瑠唯は手持無沙汰で空を見上げる。
広く澄んだ青に薄く白い雲が流れると、耳に風の音が聞こえて気持ち良い。
視界を射す光が眩しく、草木はこの光線が放つ方向へと真っ直ぐ伸びていく。
”ファーレスに対しても同じ光線が射せれば良いのに・・”
仮に一年以上部屋に引きこもり続けたファーレスが軽度でも鬱状態に入っているとしたら、日光浴を強く勧める。鬱病の原因には『セロトニン』と呼ばれる意欲を司る脳内物質の不足が関係するが、このセロトニンを増やすには日光浴が良いと言われている。
「早く、あの部屋から出られるようになると良いですね」
「きっと出られますよ」
風は杏里にも届いていた。
「あの杏里さん」
「ん?」
「その聴診器・・どこで買いました?」
・・・・・・・
・・・・・・
・・・・
・・
・
一方、大学病院の園庭ではフィーレが同意書を握ったままの矢沢先生と対面している最中だった。
「同意をする分には構いませんが、彼のリハビリをこれから再試するという事ですか?」
「そういう事になりますわな」
「となると、実際にファーレスさんとは会われたのですか?」
「えぇ、まぁ・・」
会ったというのは本当だが、会話をしたと言ったら嘘になる微妙なシチュエーション。
「では差し出がましい様ですが、今の彼の精神では治療はかなり難航する物と思われますが・・やはり本人の意思と家族の協力を頂けないと厳しいですよ」
「覚悟の上です」
「『覚悟の上』とおっしゃっても・・本人はまだ出て来ていないんですよね。それでも治療できるのですか!?」
「それも覚悟の上です」
「・・なるほど、それはデア・サブマ診療所にも最新の治療技術や設備が導入されているという事ですね?」
「いえ、古くも無ければ最新という訳でもありません。程々が一番だと思っておりますので」
矢沢先生は手渡した同意書のサインを貰うと、腕時計を眺めてもう一度顔を見合わせた。
「それでは、そろそろ昼休みが終わりますので。ありがとうございました」
軽く会釈をすると何の心残りも無さそうにすぐに背を向ける姿は悪態と取られても無理はない。
「矢沢先生、帰りもソファで――」
「いえ、折角なので歩いて帰りますよ。健康体の自分にとってこれは介護でも治療でも無く、堕落になりそうでね」
「・・健康志向で何よりです」
「非常に泥臭い性分で」
フィーレの鋭い視線を背中一杯に感じながらも、矢沢先生は苦笑いを浮かべて楽園を後にした。
・・・・
・・
・
同意書のサインこそ貰えたものの、ファーレスの治療記録を聞かずに園庭を出てしまった。だが、後悔は微塵も無い。
「まぁ良い、ファーレス本人から聞き出せば良い事だし」
何故、ファーレスが扉の内側にこもってしまったのか?
どうすればこの扉から出て来るのか?
デア・サブマにとってはそこまでを書いて診療記録になる。ステータスや治療経緯を書く事も必要不可欠であるが、そこまでに辿り着いていない人間の数字を書いただけの情報書で治療を諦めるなど紛い物だと感じている。
「楽園か・・」
楽園とは苦しみの無い幸せな生活が席る場所
矢沢先生は苦笑いをしてその場を後にした
・・・・・・・
・・・・・
・・・
・
その夜、ファーレスはいつも通りベッドでふて寝をしていたが、一日中昼寝をしていたので上手く寝つけない。
「・・・・・」
こんな毎日があと何年続くのか・・。
『キィイイイイ――』
再び寝ようとした瞬間に、外でブレーキ音と共にトラックの様なエンジン音が響く。トラックのドアの開け閉めが頻繁に行われた後、聞き覚えのある三人の声がした。




