カルテ10:副作用
更新が不定期過ぎるのも申し訳ないので、これからは水曜日に更新出来たら良いなぁと想っています。そして、今日は月曜日です<m(__)m>
国の象徴としてエレオスブルグでは国王制度を何百年も前からとっていた。
中央都市を支える繁華街の喧騒から少し離れた安全地帯に王家が管轄している広大な土地が広がり、その中の一角に居住区として巨大な城が聳え建っている。
景気に関する政策や外事に関する業務の全ては政府が取り仕切る訳であるが、政府自体の最終的な責任の所在がエレオスブルグの国王に委ねられる。なので国家の代表として国王の意見は国の意思であり、牽いては国民の意見という考え方となる。
また、国王は戦争に関しての最終責任権を持ち合わせており、エレオスブルグの中にも国王軍と呼ばれる巨大な軍隊を保有しているが、例を挙げればマギアスが所属する魔導防衛省の人間達もこの組織に含まれるのだ。
魔法を使う人間も居れば当然剣技を駆使して戦う騎士も存在し、彼らは愛馬に乗り幾つもの戦乱を勝ち抜いた。王国の騎士団は子供達からは憧れの的で人気職業だが、国の運命を背負う組織である以上、大変狭き門で厳しい試験を通ったエリートしか入れない。
そして戦争だけでは無く、凱旋門をくぐるパレードの際は国王の護衛をする場面も在るが、時折鉄仮面を外す仕草や素顔がハンサムだった男性たちは一部の女性達から大変な支持を集め写真集まで出版させる始末。
その写真集の中で常にトップ10の上位に君臨する男が居た。
ファーレス・ルイス:21歳
アンの息子であり、王国騎士団に仕える一流の従者である。愛馬の”グルトップ”に乗り、剣を振り上げながら荒野を駆け抜ける姿は若くも勇壮で、維新を背負うに相応しい人物だった。
・・・・・・・
・・・・・
・・
アンが家へ帰ると軽くため息をつきながら玄関に飾ってある写真をボーっと眺めた。
額縁の中にはグルトップに乗りながらカメラへ向かって微笑んでいるファーレスの姿が映っている。
重たい甲冑を着込むという漠然とした分厚いイメージに対して、サラサラの茶髪をトップに集中させ、襟足をエアリ-にした爽やかな印象の好青年。比喩するならイケメンのサッカー部員のイメージといえば分かりやすいだろうか?
「矢沢先生・・」
アンは写真立てを見つめながら心細そうにぼそりと呟いた。
・・・・
・・
・
その日の夜、煌びやかな明りが街を灯し繁華街が賑わう頃、道路を走る無数の馬車に次いで一台のローライダーがbassを利かせて走っていた。
「いやぁ、何だかんだ言って夜が来ました。一日過ぎるのは早いもんですねぇ」
「杏里、お前なぁ・・遠足とは違うんだぞ!仮に遠足でも家に着くまでが遠足なんだからここで気を緩めたら負けなんだよ」
「負けるって何にですか?」
「んぁあ?てめぇがてめぇに負けたら終わりなんだよ」
全員診療所の白衣のまま乗り込んだらしく、杏里は助手席の窓に手を付けながら光り輝くエレオスブルグの首都街の外景を楽しみ、魔力を使った乗り物を毛嫌いする矢沢先生は再び借りたレンタカーで咥え煙草をしながら冷静に運転を続ける。ルームミラーには後部座席で黙って前方を眺める瑠唯が映る。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
黙って何かをひたすらに考えている瑠唯の仕草を矢沢先生はしっかりと観察していた。
元々大人しい方ではあるが、瑠唯はこれから始まる診察の責任に慄いているのか、杏里の社交的な性格を僻んでいるのか?等身大の悩みを持っているという重要性を矢沢先生は再認識する。
「・・あの、矢沢先生・・・」
「・・?」
早速瑠唯がミラー越しに真剣な眼差しで矢沢先生の顔を見上げる。その表情は今まで見た事も無い位、荘厳である。
「一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
それは寡黙な瑠唯にとって余程の意義を見出した願いなのだろうと矢沢先生も肩に力を入れタバコを吸い直す。窓に反射する色とりどりの輝きが各々の顔に光と影のコントラストを描き出した。
「僕・・・」
「うむ・・・」
「僕・・・・」
「何だ?言ってみろ!」
頑固ながらも大らかに肩を貸す矢沢先生に瑠唯が重い口を開く。
「あの・・僕・・・・・・吐きそ・・ jdZKj。ml、zcl!!!」
「えぇええええええええ!!うっそぉぉおおおおん!!!!!??」
矢沢先生の断末魔と共に夜の首都公道で惨事が起きた。
・・・・・・・・・・
・・・・・
・・
しばらく経った後、地図で指示された閑静な住宅街に一台の車が辿り着いた。マフラーから爆音に近い残響が鳴り響き、住人達にいつもと違う夜を感じさせる。
『キィイイ、ガチャ――』
車から降りた白衣の三人は夜風に吹かれながらも、おごそかな表情で一点を見つめる。その先に建っているのはアンの家だ。
「此処ですか」
「うっし、気合入れてくぞ!」
「はい・・」
一般家庭よりもワンランク上の家が集まった住宅街の中でも一際高級そうな白外壁の家のチャイムを鳴らした。
「はぁい!」
玄関のスピーカーから電子音と共にアンの声がする。
「どうも、世界の矢沢です」
「あぁ、今開けます」
『ガチャ』
ドアが開くと寒さに震える三人をエプロン姿のアンが出迎えたが顔の表情が少々変だ。眉間にシワが寄り、鼻をひくつかせている。
「何か臭わない!!?」
「それは聞かないで下さい」
惨事を思い出し、白衣のポケットに手を入れたまま暗い空を仰ぐ矢沢先生。
「一張羅にも匂いついちゃったかな?」
灰色のカーディガンの袖口をクンクン嗅ぐ杏里を見て瑠唯は罪悪感に襲われる。
「すいません・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
何とも言い表し様の無いシュールな雰囲気を醸したまま四人は玄関で立ち往生していた。
「取り敢えず寒いし中に入りなさいよ」
機転を利かせたアンの一言に三人はお言葉に甘えて入れさせてもらう事にした。
――大理石で出来た玄関は幅広く設計されており、大の大人が四人居てもちっぽけに感じてしまう程だ。
「良いなぁ!私もアンさんの家の娘になりたい。そしたらアン・ルイスと杏里・ルイスですか」
杏里が自分で呟いた時、フッと思い浮かんでしまった事柄が一つある。
矢沢・F・ブリティッシュの場合、一体この中のどの部分が苗字になるのかと・・。
常識からいって矢沢の部分が苗字ではありそうだが、貴族にはブリティッシュ家が存在する。この場合”矢沢”は下の名前の可能性が出来上がる。
「どうすんのよ!?これ!!?」
杏里は一人で悩み、矢沢先生の顔を指さして口を半開きにしている。
「んだよっ!!?人に指差すなんて行儀が悪いぞ」
反撃に出た矢沢先生が杏里の両頬を引っ張りだすと思いのほか伸びた。
「ひべべべぇ・・ふひまふぇん!!」
涙目で謝る杏里に免じて手を放すと弾力が強かったのか『パチン!』と鳴り頬が赤くなっていたが、アンにとってそんな茶番劇など、もはやどうでも良かった。
「さて、朝にお話しした息子のファーレスの事なんだけども・・」
「はい、息子さんはどちらへ?」
「それがねぇ・・」
そう言い残すとアンは振り返り後ろの階段を見上げた。暗く先の見えない二階を黙って見上げているという事は・・。
「ファーレスさんは二階ですか?」
車から降りた時に一階しか電気は点いてなかった事を覚えていた杏里は只ならぬ気配を察していた。入り口から乗り出して二階を眺めるが、目線の先は暗いだけでは無く人が居る様な物音もしない。
「そんなに具合が悪いのですか?」
体調を立て直した瑠唯も杏里に続き二階を覗き込み、その独特の陰鬱感に触れてしまった。
「取り敢えず、こりゃあ会うしかねぇな!」
そういうと矢沢先生は靴を脱ぎ階段の電気を付けると急いでかけ上る。それに続き三人も昇ると複数ある部屋の中にファーレスと表札が上がっている部屋を見つけた。既に矢沢先生はその部屋のノックをしている。
「ファーレスさん!デア・サブマ診療所の矢沢と申します!」
「・・・・・・・・・・」
ドアの向こうから返答が一切なく廊下は静まり返る。
「開けますよ!」
『ガチャ・・ガガ――』
「くそうっ鍵がかかってやがる!どういう事だ!?」
「・・息子は部屋から一切出てこないんです」
矢沢の隣に出て来たアンが切なげにドアを見つめながら語る。
「ご飯は非常食を確保しているみたいだし、排泄も騎士時代に使ってた携帯用のを持ってる。だからゴミを部屋の外に置く時以外にドアは開かないわ」
「ほほう、俗にいう引きこもりって奴か」
理由はどうあれ、これもまた矢沢先生にとってはいけ好かない人種である。そして我関せずと、その隣で杏里が忙しなくポケットをがさごそといじっていた。
「あぁん!私のスキルで鍵を開けようと思ったけど、生憎今日はキーピック持って来て無いよ!」
「お前か!この間ロッカーの中のおやつを盗んだ奴は!!」
矢沢先生は杏里にげんこつを一発お見舞いして、白衣を腕まくりすると一旦アンの居る方へと振り返った。
「物は相談ですが、このドアを壊しましょう!」
「えぇ!!?」
「今の状態では恐らく一生息子さんが自発的に出て来る事は無いと思います。そうなれば治療も永久に不可能です。さぁ、ご決断を!」
「………えぇ、分ったわ」
アンが少し悩んでから首を縦に頷いたのと同時に、矢沢先生は「そう来なくっちゃ!」と言わんばかりの笑みで、後ろへと下がり助走をつけた。
「っしゃぁあああああああああ!」
そのまま前方のドアへと捨て身のタックルをするために全速力で廊下を走り抜ける。
「うぉおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
『バイィイイイイイン――』
「ぐわぁっふぅっ!!」
思ったより頑丈な作りのドアに対して逆に矢沢先生が吹っ飛んで尻餅をついてしまった。
「大丈夫ですか!!?」
瑠唯が矢沢先生の手を引き、杏里が腰を支える。
「悪りぃ、お前たちも手伝ってくれ!」
「「了解です!!」」
そういうとデア・サブマ組三人は一旦下がり呼吸を合わせる。
「「「せぇえええのっ!!!」」」
勢い良く走ると三人で木製のドアに思いっきり激突した。
『バキィイイイイッ』
三人は前のめりになってそのまま部屋の中へとズッコケるという少々コミカルな形での突入敢行となった。
「痛たたた・・肩が脱臼したかも」
「大丈夫、デア・サブマに戻ればいくらでも治療できますよ」
必死に自身の肩を摩る矢沢先生に対して、杏里はニコニコ顔で正論を唱える。
「そぅだな、それよりも」
三人は起き上がると暗い部屋の中で蹲る影を見つけた。
「アンさん、電気付けてくれ!」
『ポチ・・ピカァアアアン――』
モノクロームの部屋に突然蛍光灯が燈されて、眩しさと共に影だった人間の素性が明らかになる。
「アンさん、間違いねぇな・・」
「あぁ、息子のファーレスだよ」
俯いて顔の見えない青年の周りにはトロフィーや写真がたくさん飾られていて、誇り高き騎士としての優秀さを伺わせていた。
「ファーレスさん、デア・サブマ診療所から来ました杏里・ルイス改め佐野杏里です」
「いやアンタはそのままでいいんだよ、娘にした覚えは無いよ」
しかし肝心のファーレスはというと、まるでそこに杏里達が居ない様な・・何も聞こえていない態度で背を向けたまま体育座りをして居る。
「おい、兄さん。具合が悪いなら謝るけどよ。うちのスタッフが挨拶してんだからさ、顔ぐらい向けたらどうなんだい!?」
矢沢先生がファーレスの右肩に触り無理やり振り向かせようとすると、彼はそのまま力っ気無くフローリングの床にうつ伏せのまま倒れ込んでしまった。
「す、すまん!おいっ、しっかりしろよ!」
慌てた矢沢先生が急いで仰向けにすると、髪も髭も伸びきって一切の生気を感じられない虚ろ目な青年の顔が露わになる。
「――え?誰!?」
前に訪問治療に来ていた時から玄関でファーレスの置き写真を見ていた矢沢先生にとって、目の前の男は全くと言って良い程の別人。
「ファーレス・ルイスさん・・・ですよね」
瑠唯が目を背けずに見つめた先に居るのは、変わり果てても紛れも無い事実として其処に横たわっているファーレス・ルイス。
「アンさん・・我々に治療をしろって言うのは・・この青年で間違いないんですよね?」
「・・そうだよ。まぁ、貴方達がやりたくないのであれば、どうしても無理にとは言わないわ」
矢沢先生は小まめに訪問診療をしていたはずなのに現在の状況に気付けなかった自分に憤慨していた。己の頭上に降りかかる様々な重圧の密度に一瞬精神が強張る。
「これがこの国の医療がもたらした結果よ」
「はい・・」
「嫌なら断っても結構・・ただ、その時はエレオスブルグの医療の壁の大きさに絶望するわね」
今の話すら聞いて居るのか居ないのかも分からず虚ろに横たわるファーレス。
――彼だって好きでこうなった訳じゃない。元々は誉れ高い騎士だったのだ――
「ゴクリ・・」
瑠唯は唾を飲み手に力を入れる。
――彼は他の人達と同じ様に病気にかかり、同じ様に病院へ行き、違う結末へたどり着いた――
杏里もやりきれない気持ちで目の前のファーレスを受け入れようとしている。
――人道的に捻じ曲げられた運命への憤りと絶望は底知れない――
「………フッ」
「え?」
矢沢先生の不敵な笑みを浮かべるという予想して無かった答えにアンは驚くが、ずっと欲しくても誰にも打ち明けられない日々の中で求め続けていた答えでもあったのだろう。
「絶望・・?親が自分の子供の将来を絶望したら本末転倒だろうよ」
矢沢先生はその場に膝をついて深く頭を下げた。
「なぁ、ファーレスよう・・俺の声はちゃんと届いてんのか?」
「・・・・・・・・・・・」
「無視は好きじゃねぇが、まぁいい。お前が聞いていようがいまいが、俺は今からラシくねぇことを語るから耳の穴をかっぽじってよく聞け」
「・・・・・・・・・・・」
「ゴホン・・・俺等現場の人間がお前さんの人生を変えちまった事、本当に申し訳ないと思ってます」
「・・・・・・・」
瞬きもせずに天井の電球を一点を見つめるファーレス。正確にいえば見つめているのでは無く、ただ視点が目の前の方向に伸びただけ。目が電球がそこに在っただけ。
先程の矢沢先生の誠意を込めた言葉も残念ながら今の彼にとっては時計の針の動く音や、外の車のエンジン音と同じ様なカテゴリーに過ぎない。
「だが一つだけ言っておく・・」
そういうと矢沢先生は断腸の思いで瞼を開く。
「母親の腹から出て来たのがてめぇの最初の決め事なら、死んで土に還る事もその時に付属した副作用だ。だったらその間、てめぇ自身の足でその副作用の因果関係を探り続けなきゃならねぇ・・そんで治療し続ける事で初めて人生の最後に良い診断したなって自分自身で笑えんだよ。此処はまだ診察の途中だ」
それでも黙って天井を見つめるファーレスの顔を覗き込む様に被さって視界を奪う。
「俺も含めてみんな人生っていう命の協議検討会の途中なんだよっ!!」
面倒くさがりで、青い言葉が大嫌いな矢沢先生が此処まで熱い話し方をしたのは彼の人生の中でも非常に珍しい事だ。曖昧な現代医療の責任で破滅へと片足を踏み入れてしまっている青年の顔に余程の衝撃を受けたのだろう。
「あぁ、ラシくねぇ事言っちまったじゃねぇか馬鹿野郎。雨降るぞ、これ台風コースだぞ!」
「矢沢先生・・アンタ」
「ゴホン!我々でやれる限りの事はしてみます。それでファーレスに出来てしまった壁の一部から医療というキーワードが少しでも薄くなるならな」
「ほ、本当かい!!?」
「あぁ、ただし最終的に壁を壊せるかどうかは本人次第だ。俺たちはその手助けに尽力する事しか出来ない」
そこまで言うと矢沢先生は裁断したかの様に立ち上がって振り返る。
「野郎共!そうと決まれば善は急げだっ!!」
「待ってました!」「了解です!」
二人にとっても望んだ選択肢である事に違いない。もしかしたらこの選択にも対価として何らかの予期せぬ副作用が生じるかもしれない。しかし、矢沢先生も含めて誰もが引き下がる気は無かった。
それがデア・サブマである。
治癒という概念に女神が居るとするならば、どこまで医療に奇跡と残酷な現実を与えるのか?
その絶対的な神の比率に対して三人の挑戦が始まった。




