その2
おれはD市等々力町3-×に向かって中古の自家用車で出発した。
おれはこの車に十年間乗り続けていて、走行距離は五万キロ。地球を一回り以上した事になる。おれが物を大事にするので十年前の、地球を一回りした車に乗っているわけではない。
要するに“新車を買えない”だけである。
勿論、おれが車の運転が得意でなく好きでもない事と、十年前の中古しか乗れない現実に不満が無いかという事は全く話が別問題である。それにこの所、エンジン音が大きくなって燃費が悪くなっており、今の“何でもエコ”の時代に合わない・・・。
関係の無い話をしてしまった。
家を出てから二十程でD市等々力3丁目×、×淵○氏宅を驚くほど簡単に見つかった。
勿論、獲物の家の前に車を止めて中(それは驚く程の大きな新築の家(どうやら“輸入住宅”のようだ)、数年前に死んだおれの親父が残してくれた築数十年のぼろ家とは大違いだ)を覗き込み程、おれは度胸もなければ馬鹿でもない。
おれは×淵○氏の家の近くで車をほんの一瞬減速し、当たりを見回した。インターネットで調べたとおり、×淵○氏の家以外にあたりに家はなかった。
それに×淵○氏の家の様子を観察するのに打ってつけの場所として、道路の先百メートルに小山があり神社があるのに気づいた。
おれは念のため車を木陰に隠し、石段を数十段登り神社境内から×淵○氏の家の様子を伺った。
×淵○氏宅は、おれの車が走ってきた国道○○号線から少し入った新興住宅街に、たった一軒ぽつりと建っていた。そのため、×淵○氏宅前の道路には車の通りが全くない。
道路の利用者は×淵○氏本人だけだろう・・・。ますます“殺人”には好都合だ。
家の敷地は道路より二メートルは高い上に、背の高い生垣で囲まれている。もし、私が×淵○氏を絞殺している時に誰かが道路を通りかかったとしても現場を見られる恐れはない。
注意するとしたら、おれがいるこの場所だけだろう。
まるで仕組んだように新築の家から老人が出てきた。明らかに×淵○氏だった。
×淵○氏は小柄な老人で、その上わずかに左足を引きずっていた。
おれ自身は身長がやっと百六十ある程度で、もし×淵○氏が身長百八十あり横も大きかったらどうしようか心中悩んでいたのだが、おれが体力的に獲物に負けていないことが分かってホッとし思わず苦笑いした。
老人は庭の花に水をやり、雑草を取り始めた。
車庫に軽自動車が止まっているのが見えた。その車庫には車一台分のスペースしかなく、他に車を止められそうな場所もなかった。
と、言うことは×淵○氏は独り暮らしか、精々年老いた妻と二人暮らしだろうとおれは推測した。
だが、勝手な思い込みは命取りになりかねない。×淵○氏に関する情報を得なければならない。それも慎重に!
不用意にあたりの住民にあたって、目撃者をつくってならない・・・。
では、どうする?
上手くいく時は、(滅多にないが)全てが上手くいくものだ。
尤もおれは善行を×淵○氏に施そうとしている訳ではない。別段恨みがある訳でもない×淵○氏を殺そうというのだ。
もし、家がどうしても分からないとか、大勢の家族に囲まれていて襲えるチャンスがなさそうだとか、若くて体もおれより大きいとかであったなら、おれは“殺人”を諦めていたかも知れない。
おれの人生は小学校の夏休みの宿題の頃から、“計画倒れ”の人生だったのだが、今回の“殺人”計画は全て順調に進んだ・・・・
おれは近所で目の悪そうな老婆が独り店番をしているタバコ屋を見つけたのだ・・・。
殺人を犯し逃げ切るためには、目撃者をださない事だ。
そのためには、この老婆は打って付けだった・・・。




