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第2章 ある村にて3

 「で、旦那? 朝っぱらから宿に来いって言うから何事かと思って来てみれば……。これはどういうことですかい?」

 店主は頭をポリポリと掻きながら、腰に毛布を巻き付けた少年を見下ろした。その表情に、力のなくぎこちない笑みを浮かぶ。説明を求めるように、エノクを見上げる。彼の足元には少年を警戒するように隠れるノアの姿がある。

 「昨日拾った。彼の服も買いたい」

 「拾ったってあんたねぇ。誘拐とかじゃないんだよな?」

 「違います!」と反論したのは少年の方である。彼は毛布が外れないように手で握りしめながら立ち上がる。

 「その人は俺を助けてくれたんです」

 「助けた? まさかあんた――!?」

 店主はそれ以上言葉を繋げなかった。その代わりにやれやれと肩をくるくる回し出す。

 「そういうわけならいいやつ選んでやらないとな。ちょっとこっちの部屋借りますよ。坊主、こっち来い」

 「は、はい!」

 店から持ってきたらしい大荷物と一緒に二人が隣の部屋に消えた後、ノアがちょんちょんとエノクの袖を引っ張った。

 「あの子は何ですか?」

 ノアは先ほど起きたばかりだった。エノクが寝ていると思って寝ぼけ眼のまま近づいたベッドに、見知らぬ少年が寝ていたものだから、びっくりして悲鳴を上げたのが数分前の出来事。エノクが店主を店から引っ張ってきたのとほぼ同時。それ以来、まるで未知の生物を見るように目つきで彼を観察していた。

 「誰かはわからない」そっけない返事にノアは不満そうに眉を顰める。ただ。

 「貴様と同じだ」

 「同じ?」こてんと首を傾げる。

 「だから拾った」

 私と同じ。ノアが反芻する。あっ、と口を両手で押さえた。どこか申し訳なさそうに視線が泳ぐ。

 「そうなんですね……」

 不安げな瞳でドアを見つめる。どちらともなく黙っていると、ややあってドアが開かれた。剽軽なお兄さんの登場。

 「いやー。俺ってばいい仕事するわ。見てくだせえ旦那に嬢ちゃん!」

 陽気な掛け声に気押されたように、モジモジとしながら少年が部屋から出てくる。生成りのシャツの上のベストとグロップドパンツ、そしてブーツは同じ燻んだ緑色で合わせている。上から淡いベージュのロングコートを羽織っており、どことなくノアの服と雰囲気が似ている。「いやー。いい仕事したよ」と、店主は腕で額の汗を拭うフリをしながら満足気。

 「あ、あの、どうでしょうか」

 少年は忙しなく服の袖やらズボンのポケットやらをいじりながらエノクを見た。長いこと裸だったものだから、落ち着かないのかもしれない。

 「ああ。機能性に優れてると思う」

 「でしょ? 旦那が昨日ブツブツ言ってたこと、早速取り入れたんですよ!」

 などと店主が胸を張っている横を、小さな影が通り抜ける。ノアは少年を見上げる距離まで近づくと、顎を上下させ、オズおずと自分の服を引っ張って見せた。

 「あ、あなたの格好、わたしと似てる、です」

 緊張から辿々しい。店主が背後でパチンと指を鳴らした。

 「よく気づいたな嬢ちゃん。そそ。コートや細かい刺繍なんかは嬢ちゃんの服と同じなんだ。対のデザインってやつ? 髪色も似てるし、こうして並ぶと兄妹みたいだな」

 「兄妹……?」

 困惑したような表情を浮かべ、少年を見上げる。じっと見つめれば、少年の方も曖昧に微笑み返した。ノアの金色の瞳がガラスのように光る。

 「で、でしたら一緒に遊んでくれませんか?」

 小さな掌に汗を握りながら尋ねた。

 兄妹と称されたことで親近感でも湧いたのだろう、先ほどまでの警戒の一部を解いて、交流を試みていた。

 「それは、その――」反応に困りながら、申し訳なさそうにエノクを見やる。

 「宿の中だったら構わない」

 「わかりました。それじゃあ行こうか。えーっと……」

 「ノアです」

 「ノアちゃんだね。あ、この服のお礼は後で必ず」そう言い残して、二人は部屋を出ていく。パタパタと忙しない足音が二人分響いてくる。

 「いいねぇ。でも旦那、あの子も連れて行くんですかい?」

 「それは、彼次第だ」そう言いながら、財布から適当な枚数の札を引っ張り出して店主の肩を叩く。店主は札束に目を丸くした。

 「ま、待ってください。こりゃいくら何でも多すぎだ」

 「いい。どうせ私には使い道がない。貴様ならば上手く役立てるだろう」

 「旦那」感極まった様子で札束を両手で握りしめる。

 「クゥー! 胸に沁みるぜその思い。これ、ありがたく頂戴します。こうなったら善は急げだ。さっさと馬車捕まえて、いい布探しの旅に出るしかねえ。早く旅支度だ! 数日分の水と食糧を持っていかねえとな!」

 「あ、そうだ!」店主が振り返る。「俺はバトンって言うんだ。以後お見知り置きを!」千切れんばかりにブンブン腕を振って、犬よろしく部屋を飛び出した。

 静かになった部屋の中央で、エノクは床に横たわる。瞼を閉じればすぐに眠気はやってくる。階下から聞こえてくる二人分の子どもの声が、耳に心地よい子守唄の代わりとなって、その眠りを後押しした。

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